未来を切り開く覚悟4
ラディスが騎乗した体勢のまま剣を抜き、じりじり近づいてくる男たちへ向かっていく。
そこでボルメと御者の顔が頭に浮かび、やっとティアラもこのままでは危ない、逃げなくてはという考えに至る。
馬車を降りようと動き出した所で、「うわわああっ!」と情けない悲鳴が二ヶ所からあがる。
それは新米騎士団員ふたりのもので、どちらも慌てふためきながらこの場を離れていく。
「ちょっと待って!」
置き去りにされたことに思わず叫ぶも、すぐに父の言葉を思い出し、本当に当てにならなかったと泣きそうになる。
がちゃりと乱暴に戸が開かれ、咄嗟にティアラは身構えた。しかし、するりと馬車の中へ入り込んできた姿に唖然とする。
「……アレフレッド様?」
頭部はターバン状に布を巻きつけ、口元も同じようにヒラヒラと軽やかな布で隠している。目元しか見えないが、ティアラにはそれだけで相手が誰であるかを十分に判断できた。
「ど、どうして。……これは、いったい」
状況が飲み込めず混乱するティアラの足元にアレフレッドは片膝をつき、ピンを外し覆いを取り払って露わにした口元に笑みを浮かべた。
「攫いにきた」
まさかの言葉に驚きを隠せないティアラの手をやや強引にアレフレッドは掴み、そのまま馬車から降り立つ。
ティアラは周囲を見回し、つい数秒前まで自分が窓越しにみていた光景は夢だったのかと疑うほど唖然とする。
剣を交えていたラディスとならず者の男たちはすでに刃を収め、なぜか笑みを浮かべて話をしている。
男たちそれぞれの目には力があり、ペピで自分を攫おうとしていたあの男たちのような野蛮さは微塵も感じられない。
状況が飲み込めず驚き固まっているのはティアラと御者とボルメの三人だけ。
ボルメはティアラの姿に気付くとすぐに御者台から降りて、「お嬢様!」と慌てて駆け寄ってきた。
「……アレフレッド様、どういうことですか?」
しかし発せられたティアラのひと言に急停止し、傍らに立つアレフレッドをじっと見つめる。数秒後、アレフレッド王子本人だと分かり目を大きく見開き、勢いよく頭を下げた。
そんなボルメと御者へと順番に視線を移動させ、アレフレッドは微笑む。
「ふたりともすまない。何も聞かずに、今は手を貸して欲しい」
「もっ、もちろんでございます!」
ボルメはより深く頭を下げ、御者も転げ落ちるように台から降り、その場で平伏する。
「ありがとう。あとは頼むぞ」
「承知いたしました」
アレフレッドはラディスに命ずると、ティアラの手を引いて走り出した。
道から外れ、木立の中を一気に進んでいく。駆けているのは自分たちだけでなく、ならず者の格好をした男たちも一緒だ。
「アレフレッド様、どこにいくのですか?」
息も絶え絶えにティアラが問いかけると、アレフレッドは余裕たっぷりの顔で肩越しに振り返る。
「どこまでも」
きゅっと繋いだ手に力が込められる。まるで「どこまでも一緒に」と言われた気持ちにティアラはさせられ、頬が熱くなった。
胸の高鳴りと沸き上がる嬉しさを誤魔化すように、ティアラは「アレフレッド様!」と大きく呼びかけた。
獣道を進むうちに、少しだけ開けた場所にたどり着く。
大きな岩や地面に座り込んで、数頭の馬を待機させていた男女三人が、雪崩れ込んできた人々に気がつき、ハッと顔を上げた。
三人の中のひとりの姿に視線を止めて、ティアラは息苦しさが増したような気持ちになる。ペピでアレフレッドの傍にいたあの女性だったからだ。
一緒に駆けてきていた男性のうちのひとりが、静かにそばに歩み寄ってきた。アレフレッドからわずかに遅れてティアラの足も止まる。
「これからどうするおつもりで?」
「俺はティアラと話をする。お前たちもしばらく身を潜めていてくれ」
「わかりました」
そう言って、音もなく身を引いた男性の顔も、彼女同様に覚えている。ペピで助けてくれたもうひとりだ。
馬車を襲撃した……ように見せかけた男たちはすべて、アレフレッドの仲間だと思って間違いないだろう。
「ティアラ、こっちだ」
戸惑いは治らず周りをきょろきょろしつつも、アレフレッドに手を引かれるままにティアラは再び歩き出す。
いくつもの馬の横を通り過ぎ、アレフレッドは掴んでいたティアラの手を離した。
そのまま彼が向き合ったのは一頭の真っ白な馬で、慣れた様子で白馬に跨る。
綺麗で優しい目をした白馬をティアラがそっと撫でた時、少し離れた場所から苛立った声が発せられた。
「本当に連れて来るなんて信じられない。アランは何を考えているのよ」
攻撃的な台詞にびくりと体を強張らせて恐る恐る顔を向けると、ほんの一瞬、あの女性と目があった。
腕を組んで不機嫌な様子そのものの姿から、文句はあの女性のものだとすぐに判断がついた。
彼女の傍には先ほどアレフレッドに問いかけた男性がいて、「とりあえず落ち着け」と苦笑いで諭している。
「ティアラ」
呼びかけられ、顔を向けたティアラの目の前へと、アレフレッドが馬上から手を差し出して来る。
考えるよりも先に動いた手は、心に一気に広がった不安によって押しとどめられた。振り返らずとも、ティアラは後ろが気になって仕方がない。
俯くと同時に頭にそっと手が乗せられた。
ハッとし視線を昇らせると、アレフレッドとしっかり視線がつながる。優しく触れてきた指先に、ティアラの鼓動が大きく跳ねた。
「忘れたか?」
そのひと言で蘇るのは、彼の誕生日パーティで見つめ合い踊ったあの瞬間。
周囲からの視線が気になると言ったティアラにアレフレッドは「俺だけを見ていろ」と言った。
ただ純粋に彼へ恋心を寄せていたあの頃の自分の気持ちまでをも思い出し、胸が熱くなっていく。
気がつけば、ティアラはアレフレッドの手へと自分の手を重ね置いていた。
アレフレッドの力を借りて、馬の背に跨る。手綱を掴むアレフレッドの両腕の間にティアラがしっかりと収まったところで、アレフレッドは馬の腹を軽く蹴った。
はやし立てるように次々と甲高い口笛が吹かれる中、不満を訴えるように響いた「アラン!」という声もしっかりと耳で拾い、ティアラは体を小さくさせる。
白馬はあっという間にその場を離れ、岩や木の根などの足場の悪さを物ともせずに、木立の間を突き進んでいく。
「……アレフレッド様、兄から聞きました。お体の具合は?」
「あぁ。もう大丈夫だ」
「良かった、安心しました」
ホッとすると、別の疑問も沸き上がってくる。ティアラは我慢できずに口を開いた。
「先ほどのみなさんは、アレフレッド様の仲間ですよね。それにあの女性は……。私を連れ出したら余計怒らせてしまうのでは」
「ティアラの想像通り、あいつらはみんな俺の大切な仲間だ。最初に行動を共にしてくれたのは、ぺピで顔を合わせたあの二人。出会ったのは三年前。襲撃にあって逃げ込んだ村で、彼女は俺の怪我をみてくれた医者の助手をしていた」
「そうですか。綺麗な方ですね」
ぶっきら棒にティアラが感想を述べた途端、アレフレッドが手綱を引っ張った。白馬を止めて、腕の中に居るティアラへと真剣な眼差しを向ける。
「これだけははっきり言っておく。俺にとって彼女は仲間で、特別な感情は抱いてない。ティアラが思っているような関係じゃない。……それに、彼女には前々からしっかり伝えてある。俺には想いを寄せる女性がいると」
アレフレッドに後ろから抱きしめられたまま訴えかけられ、ティアラは気まずさと恥ずかしさから顔を俯かせた。
「わかりました」と小さく呟くと、アレフレッドは少しだけ表情を和らげた。




