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真実の恋は一途に瞬く  作者: 真崎 奈南
三章、

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19/34

未来を切り開く覚悟3

 生きていると気づかれないよう目立たず静かに暮らしたいアレフレッドに疎まれでもしたら、それこそ立ち直れない。

 やっとティアラは顔を上げ、ラディスに微笑みかける。


「アランとして生まれ変わってやっと平穏を手に入れたかもしれないのに、私が近づいてそれを壊してしまったらと思うと怖いのです」


 それだけでない。逃げ出したことへのロナルドの怒りの矛先がラディスとイヴォンヌに向けられるのもティアラは怖いのだ。


「心配いりません。ペピでのことは誰にも言いませんから。絶対に」


 そっと人差し指を唇に押し当てて微笑み、それきりティアラは黙り込んだ。

 ラディスも何か言いたげに口元を動かすも、虚げに前を見つめるティアラから視線を逸らす。

 靴と蹄の音だけが鳴り響く中で、ふたりは静かに歩き続けた。




 出発の時はすぐにやってくる。

 翌朝、ティアラの出発に向けて使用人たちの慌ただしい動きがある中、ティアラは両親と兄の四人で朝食を食べ終え、身支度を整えた後、ひとり庭を歩いていた。

 そっと腹部を撫でながら、「お腹いっぱい」と苦笑いを浮かべる。

 最後になるかもしれないと料理長が昨晩の夕食に続き朝食も腕を振るい、たくさんの料理がテーブルに並べられたのだ。

 その心遣いを嬉しく思うと同時に、生まれ育ったこの家を出るという実感も沸いてきて、寂しさが募り出す。

 何も考えずただ歩いていたためか、やはり自然と足が向かったのは温室だった。

 かちゃりと扉を押し開け、小さくため息をつく。

 数日前まで花や植物で溢れかえっていたこの部屋は、今はテーブルと椅子と本棚のみそのまま置かれている。寒々しさすら覚えるほどがらんとしていた。

 まるで自分の心のようで見ていられなくなり、ティアラは早々に身を翻した。

 逃げるように戻って来たが、玄関の前に馬車が停まっているのを目にして、寂しさがさらに膨らむ。

 しかし、ちょうど両親と兄が屋敷から出てきたため、沈んでいた表情に無理やり笑顔を貼り付け、彼らに向かって駆け出した。


「もう出発しますか?」


 走り寄って来たティアラに気付いた三人も、切なさを隠しきれぬままに微笑みを浮かべる。


「あぁ。準備はできた。ティアラは?」


 兄に問い返され、ティアラは頷き返す。

 ラディスは護衛として共にやって来た若い騎士団員ふたりへ合図を送り、団員と共に待機していた愛馬に飛び乗る。

 ラディスに続いてぎこちなさの残る動作でそれぞれ馬に跨ったふたりを見つめながら、ティアラは両親の前へ進んでいく。


「護衛なんて必要ありませんのに。しかも三人も」

「ロナルド王子の意向だ。ありがたく甘えておきなさい。……しかし、他ふたりは騎士団に入ったばかりらしい。彼らにとっては実地訓練なようなもので、護衛はラディスひとりだと思っていた方がいい」


 確かにふたりの藍色の制服は真新しい。

 自分に三人も必要ないと恐縮するも、これが訓練を兼ねているというのなら、逆に気が楽になる。

「なるほど」と呟いてから、ティアラは改まった様子で両親と向き合う。「すぐに後を追う」という父のひと言に、「はい」とティアラは返事をする。

 続けて、「私もすぐにでも王都へ会いに行きますね」と涙を流す母とティアラは抱き合い、「お待ちしています」と目に涙を浮かべた。

 イヴォンヌも共に王都に赴く予定だが、早急に目を通さなければいけない書類が残っているらしく、それを片付けてからティアラたちと合流することになっている。

 王立の騎士団員であるラディスも、頻繁に王の元に呼ばれるイヴォンヌも、これからも幾度となくティアラとは顔を合わせるだろう。

 しかし、母クラリサは違う。城内に入る許可から必要で、それには時間もかかるため気軽に会うことはできない。

 離れがたさを必死に押し殺し、両親から距離を置くようにティアラは一歩後退する。


「行って参ります」


 それだけ言って身を翻したティアラの隣にボルメが並ぶ。視線を通わせ、そして母の泣き声を背中で受けながら馬車へと進む。

 馬車はイヴォンヌ家の物で、戸を開けてくれた御者もこれまでティアラをいろんな場所まで運んでくれたいつもの使用人だった。

「王都まで送らせていただきます」と頭を下げられ、声音から「これで最後」という感情も伝わる。ティアラは寂しさと共に「よろしくお願いします」と微笑んだ。

 馬車に乗り込み、座席に座る。独りになった途端、深いため息がこぼれ落ちた。


「お嬢様、道中お暇でしたら、本でもお読みください。何冊か選んで持ってきました」


 戸口から顔を覗かせたボルメから緑色の包みを差し出され、「ありがとう」とティアラはそれを受け取った。

 ボルメが離れ、戸がガチャリと閉じられる。程なくして馬車がゆっくりと動き出し、ティアラは窓に身を寄せた。

 泣いている母とその傍らに立つ父、どちらも力なく手を振っている。両親の姿を涙で滲ませながら、ティアラも手を振り返した。

 屋敷から出たところで、左側の窓の向こうにラディスが、右側には新米騎士団員の片割れがついた。

 窓越しにラディスから心配そうな視線を向けられ、ティアラは弱々しく笑い返す。

 心は沈みきっている。ロナルドの花嫁として迎え入れられたあと、しばらくは城と塔を連ね建っている居住域内の一室で生活を送ることになっていて、上手くやっていけるのか不安で堪らない。

 ボルメが一緒なのが本当に救いだと思いを巡らせながら、傍らに置いておいた先ほど彼女に手渡された包みへと手を伸ばした。

 包みの中にあった本は三冊で、その中の一冊にティアラはまさかと息をのむ。震える手で表紙を開くと、ティールの押し花がふたつ、姿を現した。


「……ボルメ」


 驚きよりも、ホッとしているのを感じながら、御者の横に座っているだろう彼女の名をぽつりと口にする。

 実は、アズミルから失意と共に戻り、父にロナルドの元へ嫁ぐと言ったあの夜、自室に戻り大泣きした後、ティールの押し花をこの本ごとゴミ箱に捨てたのだ。

 アレフレッドへの全ての想いを断ち切るための行動だったが、翌日、空になったゴミ箱を見てひどく後悔し、それでも、これで良かったんだと必死に自分に言い聞かせたのだ。

 ボルメはティアラがティールを押し花にしていたのはもちろん、この本に挟んでいるのも知っている。

 ティアラにとって大切なものだと分かっていたから、こっそりゴミ箱から抜きとったのだろう。


「ありがとう。もう手放したりなんてしないわ」


 ティールの花に触れてティアラは呟く。唯一手元に残ったティールに胸を熱くさせながら、ティアラは固く心に誓った。



 王都まで二日かかる。途中の町、ストゥムで一泊するため、今日の目的地はそことなる。

 からからと響く車輪の音に耳を傾けながらぼんやり窓の外に目を向けたり、ボルメが選んでくれた本を読んだりと、ティアラは気乗りしないまま時間が過ぎるのを待った。

 馬車は木立の中の一本道を進んでいく。変わり映えしなくなった景色が眠気を誘う。

 もういっそ眠ってしまおうと目を閉じたその時、甲高く馬がいななき、がたりと大きな揺れを伴って馬車が停止した。

 何事かと外を見て、ティアラは体を強張らせる。見るからにならず者だと分かる男たちに取り囲まれていたのだ。

 こんな状況に陥るなどと思ってもいなかったティアラは、ただただ動揺するばかりで、次にとるべき行動が頭に浮かばない。


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