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面影は真実に8

 ラディスに聞けぬなら、あの仮面の男性を自分で探し出せば良い。

 昨日の今日だ。ペピに行けば、もしかしたらあの仮面の男性にもう一度会えるかもしれない。

 今の自分はそれに賭ける他ないと、一番仲の良い白馬へと歩み寄る。


「お願い。私に力を貸して」


 そう話しかけて、ティアラは白馬を小屋から連れ出したのだった。

 ティアラの必死の思いを受け取るように、白馬は高速で野道を駆け抜けていく。

 白馬の勢いは衰えることなく、昨日よりも短時間でペピへと入ることができた。白馬を馬用の休息所に預け、ティアラは町を賢明に歩き回った。

 特に一緒に踊った空き地は付近は念入りに探したが、それらしき人影を見つけることはできなかった。


 けれど諦めることはできない。


 動き出す切っ掛けを作ったのはロナルドからの結婚の申し込みと、それを破談にしたいという強い気持ちからだったが、探し回るうちに段々と、純粋にアルフレッドに会いたいという思いが胸をいっぱいにしていった。

 会って言葉を交わしたい。たくさんお喋りがしたい。温かいその手に触れて、本当に生きているのだと感じさせてほしい。

 ジャリっと靴が砂を噛んだ。ティアラは周りの光景を見てハッとする。

 うろうろと彷徨ううちに、いつのまにか雰囲気の暗い寂れた場所に入り込んでしまっていた。

 今にでも崩れ落ちそうな小屋。小屋の前には虚な顔で地面に座り込む身汚い男。

 ペピにこのような一角があったのかと、荒んだ空気にティアラは微かに身を震わせる。

 こんな所にアルフレッドがいるはずない。すぐさまそう判断しティアラは身を翻したが、先ほどまでは誰もいなかった場所に男がひとり立っているのに気がついた。

 嫌な予感がしてわずかに足を止めるも、だからと言ってここに留まるのも怖い。平然を装いながら足を前へと動かした。


「お嬢さん、こんな所にどんなご用で?」


 男の前に差し掛かった時、冷やかすように声がかけられた。

 ひやりとしたのは押し隠し、ティアラは知らぬふりで通り過ぎたのだが、違う男ふたりが目の前に現れ行く手を遮られ、一気に動揺が広がる。

 足止めをくらい咄嗟に踵を返したが、後ろにはいつの間にか、声をかけて来た男の姿があった。


「退いてください。大声を出しますよ」


 ティアラが冷たい声で言い放つと、男たちはそれぞれに下卑た笑みを浮かべる。


「叫び声が聞こえた所で誰も助けに来やしない。ここは俺たちみたいなゴロツキの溜まり場だからな」

「いやー。可愛らしい顔してるね。服も上等だ。……久しぶりにこれは高値で売れる」


 相手がどんな輩か分かり、ティアラはぞくりと背筋を震わせる。

 男たちから逃げなくてはと弾かれたように走り出したが、すぐに荒々しい手に捕らえられた。

 そのままうつ伏せで地面に押し倒され、抵抗虚しく後ろ手に縛り上げられる。


「やめて! 誰かっ、誰か助けて!」


 声を張りげたティアラの口が薄汚れた布で覆われる。

 視界に入ってきた男の手には大きな麻の袋。広げた袋の口をティアラに向ける。

 ティアラの目から恐怖と絶望の涙がこぼれ落ちたその時、確かに目の前にいた男が一瞬で横へと吹き飛ばされた。


「おい、なんだお前は。邪魔するな!」


 ティアラの上に跨って抑え込んでいた男が誰かに怒鳴りつける。

 しかし続けてティアラの耳に聞こえたのは「うぐっ」と吐き出された呻き声。男の重みからも解放される。

 必死に身を捩って視界に捉えた後ろ姿に、ティアラはドキリと鼓動を高鳴らせた。

 そして、肩越しに振り返り見せたその顔に胸が震える。


「大丈夫か?」


 ずっと聞きたかった優しい声にティアラは涙をこぼしながら、こくこくと頷き返す。

 纏っているのは町民たちが好んで身につける簡易な衣だが、綺麗な顔立ち、すらりと細長い体つき、彼から放たれる凛とした空気も、全てティアラは知っている。


 アルフレッドは生きていた。


 しかし舞い上がったのも一瞬だけ、ならず者たちが三人まとめて彼に襲いかかってきたからだ。

 人数で圧倒され、辛うじて攻撃を交わすので精一杯のアルフレッドをはらはらと見つめながら、ティアラは縄を解こうと必死になる。


「アラン!」


 突然、その場に一組の男女が走り込んできて、ふたりはアルフレッドに加勢する。息の合った動きで立ち回り、状況は劣勢から優勢へとかわっていく。

 ホッとするも、ティアラの動揺は治らない。味方だろう彼らがアルフレッドを「アラン」と呼んだからだ。


「早くその子をここから連れ出した方がいい」


 体格の良い味方の男性が、ならず者の突きを受け流しながらアルフレッドへと声をかけた。

 アルフレッドは「ああ」と呟くと同時にティアラの元へ駆け寄り、傍に膝をつく。そのままティアラを肩へと担ぎ上げて、飛ぶようにこの場から離れた。

 右へ左へと駆け抜け、やっとどこかの店先でティアラは肩から降ろされた。

 すぐにアルフレッドの手によって、口元を覆っていた布と手首を縛っていた紐が解かれる。

 大きく息をつきながら、ティアラは周りを見回す。立っていたのは人通りの多い宿屋の店先だった。


「とりあえず中へ」


 アルフレッドに手を掴み取られたが、ティアラは動かない。不思議そうなアルフレッドの顔を見つめ返した。


「アラン?」


 どうして違う名前で呼ばれているのか。そんな気持ちを込めて問いかけると、アルフレッドがくしゃりと前髪をかきあげる。


「今の俺はアルフレッドじゃない。アランだ」


 ガツリと殴られたような衝撃を心に受け、ティアラはわずかに表情を歪めた。


「それは、アルフレッドの名を捨てたということ?」

「アルフレッドとしての俺は死んだことになっているからな」

「……私の知っているあなたには戻らず、これからはアランとして生きていくつもりですか?」


 その問いにアルフレッドは答えなかった。

 しかし、真剣な表情が「そうだ」と告げているような気がして、重苦しさで潰れそうになる胸をティアラは抑えた。


「アラン! お願いですから無茶なことはしないでください!」


 泣きそうな声音と共に駆け寄ってきた女性が、ティアラの見ている前でアルフレッドの胸元へと飛び込んでいく。


「す、すまない」


「もう!」と膨れっ面をしてから、女性はティアラへと顔を向ける。ティアラも彼女が先ほど助けに入ってくれた女性だとすぐに気がつく。


「危ない所でしたね、大丈夫でしたか? あの辺りは地元の人々も近寄らないほど物騒な場所となっていて。これからは近づかない方が賢明です」


 言い終えると同時に、女性はティアラの手を掴んで離さないアルフレッドをじろりと見た。


「アラン、そろそろ離してあげたら?」


 不機嫌をはらんだ声でそう言われ、咄嗟に手を引いたのはティアラだった。

 そして、彼の腕に添えられたまま女性の手へと自然に目が向き、ゆっくりと一歩後ずさる。


「助けていただき、ありがとうございました。なにか御礼を」

「良いの気にしないで。彼も私たちもそんなつもりで助けたわけじゃないから」


 親しげな様子にティアラの胸がちくりと痛み、また一歩足が下がった。

「わかりました」と呟き、もう一度だけ感謝の言葉と共に深く頭を下げてから、ティアラは逃げるように身を翻す。


「ティアラ!」


 しかし、数歩進んだ先で、アルフレッドに後ろから手を掴み取られた。

 こんな時でも名前を呼んでもらえたことがどうしようもなく嬉しくて、泣きそうになる。


「ボルメはどこにいる? 合流するまで傍にいるよ」


 心配そうにアルフレッドに顔を覗き込まれ、ティアラはそっと視線を逸らす。

 視界にこちらの様子をじっとうかがう女性の姿を捉えてしまい、胸が痛みを発した。


「ううん。ひとりで、黙って出て来たの。だからここまでで平気」

「ひとりで? 付き人をつけずに出歩くなんて危ないだろ」

「わかってます! でも、そうまでしても確かめずにはいられなかったんです!」


 アルフレッドに強く注意され、思わずティアラも大きく反論する。

 見つめ合ったまま互いの間に沈黙が落ちる中、ティアラは躊躇いがちに手を伸ばし、指先でなぞるようにそっとアルフレッドの頬に触れた。


「生きていてくれて本当に良かった。これからのアルフレッド様の人生が幸多きものなりますように」


 ゆっくりと離した手をぎゅっと握りしめ、震える唇で最後の言葉を紡ぐ。


「どうかお元気で」


 ティアラはアルフレッドに背を向ける。溢れる涙を堪えきれないままに、ただ前だけを見て歩き続けた。




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