面影は真実に6
体も酷い状態だったが、それ以上に、顔は判別できないほどに痛めつけられていた。
そこまで一気に言い切って、ラディスはふうっと深いため息を吐いた。そして、「大丈夫か?」との問いかけに、ティアラは青ざめた顔を上げてなんとか頷き返す。
きっと一昨日の自分だったら泣き崩れていただろうが、昨日のペピでの出来事が希望となり心を照らしているため、気持ちを強く保てている。
それは本当にアルフレッド本人だったのかと疑問が浮かんだほどに。
「……あの日に関して話せるのはこれだけだ。王都に戻った後、一時昏睡状態に陥ってしまって、気がついたときにはもう葬儀も何もかも終わっていたからな」
兄の言葉で、葬儀に参列できず激しい後悔に襲われていたあの時の感情がざわりと蘇ってきた気がして、ティアラは居た堪れない気持ちになる。
とっさにテーブル上に置いておいた小袋を兄へと押しやった。
「辛い話をさせてしまってごめんなさい。これ、昨日のお土産です。甘い飴玉で気持ちを和ませて」
「飴玉?」
ラディスは自分の元へと小袋を引き寄せて中をのぞき見たあと、くくっと楽しそうに笑う。
「なんだ。美味しそうに食べていたから、土産にベリースローを選ぶと予想していたのに」
「……え?」
ティアラが目を大きくし数秒後、ラディスもハッと目を見開き、気まずそうに顔を逸らした。
「ほ、ほら。子供の頃、いつも美味そうに食べていただろう。それと……」
誤魔化すかのようにまだ何か言葉を並べようとするラディスを、ティアラはじろりと見やり、兄の口を閉ざさせた。
今のは過去の記憶を語ったのではなく、ベリースローを食べている光景を見ていたかのような言い方だった。
「昨日、お兄様もペピに行きましたか? 姿を見たような気がします」
騙されないという思いを込めてはっきり問いかけると、ラディスは落ち着きなく視線を彷徨わせた。
あまり見たことのない焦りようから自分が見たのは本人で間違いなかったとティアラは確信する。
「やっぱりいたのですね。お兄様はどんな用事があったのですか?」
「ティアラがひどく落ち込んでいる様子だったから心配で着いていってしまった」
「本当ですか?」
「やだな。他にどんな理由があるっていうんだ」
確かに出発前は気落ちしていが、心配だったからという理由を素直に受け止められなかった。
他に理由があるとしたら何かと考え、ティアラは弾かれたようにラディスに視線を戻した。
もしかしたら、心配で様子を見に来たのは妹ではなくて……。
ラディスとじっと見つめ合う。ドクドクと響く鼓動の音は自分だけでなく、兄からも伝わってきているかのような緊張感の中、ティアラは一番聞きたかったことを言葉に変える。
「実はもう一つ聞きたい事があります。昨日、ある人によく似た方と会いました」
ラディスが息をのんだ。それだけで、真実に一歩近づけた気持ちになり、ティアラは力強くもう一歩前へ踏み込む。
「私が心配で追いかけてくださっていたのなら、もちろん見ましたよね? 私が男性と踊っている姿を。知っているのなら、本当のことを教えてください。あの方は誰? もしかしたら……」
「アルフレッド様なのでは」と続けようとした瞬間、ラディスが機敏に顔をあげ、唇の前に人差し指をかざす。
思わず口を噤んで数秒後、廊下からなにやら男性の話し声が聞こえてきて、やや手荒に扉が開けられた。
室内に入ってきた姿に、ラディスはいち早く立ち上がり、胸に拳を当て敬礼する。
「ティアラ、お早う。会いたかったよ。……あぁなんだ、ラディスもいたのか」
にやりと笑って高圧的に告げてきた男性に対してティアラは顔を強張らせつつも、よろめきながら椅子を離れ、膝を折って挨拶する。
「ロナルド様、お久しぶりです。お、驚きました。こんな朝早くにお見えになるなんて。……どうしてこちらに?」
「誕生日のプレゼントを渡すために。一日遅れたのは、俺が直接出向いたことで許してほしい」
ロナルドは足を止めずにティアラの元まで進み出て、つま先から頭の天辺へと視線を上らせる。
まるで撫でられたかのような気持ち悪さを覚え、ティアラは体を小さく震わせた。
「社交場に出る気分にもなれないほど、いまだ落ち込んでいると聞いていたが、元気そうじゃないか」
ロナルドから非難めいた眼差しを送られ、ラディスはわずかに身を竦めた。
兄とロナルドの間で自分を巡ってなんらかのやりとりがあったのではと察し、ティアラは慌てて口を挟んだ。
「ロナルド様、誤解なさらないでください。それは本当のことです。今日はいつもより気分が良くてこうして兄と話をしていられましたけど、いつもは早々に部屋に戻っていますし」
ふんっと鼻を鳴らし、ロナルドは「そうか。わかった」と呟く。
しかし、言葉とは裏腹にラディスに対する視線は冷たいままで、その場が不穏な空気で満ちていく。
「おい。話があるのだが、まさかイヴォンヌはいないのか? 俺がやって来たというのに、顔も見せないなんて」
苛立ちを隠さぬままの問いかけに、ラディスは顔色一つ変えずに受け応える。
「父上は家のどこかにいるはずです。ティアラ、探しに行ってくれるか」
「はい! 今すぐ」
兄に従い身を翻したティアラを、「待て」とロナルドが呼び止めた。
「ティアラにも話がある」
「わ、私にもですか?」
「ああ。俺はティアラとイヴォンヌの三人で話がしたい。わかるな?」
そう言ってロナルドはラディスへと視線を戻し、じろりと睨みつけた。
「……承知いたしました」
ラディスは眉をわずかに動かすも、無表情で再び敬礼する。ほんの一瞬ティアラと視線を通わせてから、足早に食堂を後にした。
室内に残ったのはティアラとロナルド、そしてロナルドの侍従の三人。言い知れぬ不安がこみ上げてきて、ティアラは無意識に拳を握りしめた。
静かになった室内に、ロナルドの靴音が小さく響く。
ティアラはゆっくりと近づいてきた彼からそっと顔を逸らすも、顎を指先で持ち上げられ強引に視線が繋がる。
「ずっとティアラの顔が見たかったんだ。伝えたいこともあるというのに、なかなかここから出てくる様子がないから来てしまった。あぁ、やはりあなたは美しい」
「……私にはもったいないお言葉です」
言いながらティアラは身を引き、ロナルドから距離を置く。
血の気がひいた顔を俯かせ、ぎゅっと目を瞑り、「お父様、早く来てください」と心の中で強く願った。
「おい」との声に反応し、侍従がロナルドの元へとやってくる。
ロナルドは両手で差し出された小さな箱を手荒に掴み取り、そのままティアラに手渡そうとする。
「受け取れ、ティアラ」
ティアラは恐る恐る顔を上げ、不安と共に尋ねた。
「これは?」
「プレゼントだ」
相手は王子だ。喜んで受け取らねばいけないのはわかっているが、なかなかティアラは手をのばせない。
「ティアラ」と焦り気味に、なおかつ不機嫌に名を呼ばれる。びくりと肩を跳ねさせた後、やっとロナルドの手から箱を受け取る。
「ありがとうございます」
「開けてみろ」
「はい」と返事をして箱を開けて、ティアラは驚く。中に入っていたのは指輪だったからだ。
「……こ、これは」
繰り返したのは同じ言葉でも、声音はより低く重く響いた。
ティアラの様子に気付いていないのか、ロナルドは頬を上気させて饒舌に語り出す。
「俺は一ヶ月後に二十歳になる。自分の伴侶を得られる年になった。これからイヴォンヌに、俺が誕生日を迎えたらすぐにでもティアラをもらい受けたいと言おうと思っている」




