面影は真実に2
しかしすぐに、ティアラは自分の仮説に首を傾げた。その頃にはすでに両親が縁談の話をひっきりなしに持ってくるようになっていたからだ。
このままでは行き遅れてしまうと新しい縁を見つけさせたくて躍起になっているのに、わざわざアルフレッドを思い出させるようなことをするだろうか。
となると、次に思い浮かぶのは兄だった。アルフレッドと近い距離にいる兄ならば、誕生日に花を贈る話を聞いていたとしてもおかしくない。
妹を哀れに思っての行動なのか、はたまた友の果たせなかった思いを引き継いでのことなのか。
いずれにしても、ラディスが王都から帰ってこなかったらはっきりすると考えていたのだが、今年も兄はやってきた。
思い返すと、アルフレッドが亡くなったあの日から、ラディスは彼の名を一切口にしなくなった。
兄妹そろって立ち直れずにいるのかもしれないと小さく笑って、ティアラは気持ちを固める。
明日の朝またここにティールの花があったら、今年の誕生日は兄とアルフレッドの思い出話をしようと。
そして翌朝、大きな覚悟に胸を高鳴らせ、再びティアラは小走りで温室にやって来た。
しかし、扉の前に立ってがくりと肩を落とす。今年はティールの花が置かれていなかったからだ。
必死になって扉付近や、温室の周りまで探すがそれらしきものはなにも見つからない。
「お兄様ではなかったのかしら」
ラディスが単に贈るのをやめてしまっただけなのか、それとも、もともとラディスではなく他の誰かの仕業だったのか。
まるでアルフレッドとの繋がりが完全に途切れたかのような、どうしようもないほどの虚しさに襲われ、ティアラの目に涙が浮かんだ。
誰かの慰めだと分かっていても、自分がどれほどこの瞬間を楽しみにしていたかを痛感する。
ふらりと踵を返し、そのままとぼとぼと屋敷へと戻って行ったのだった。
ティアラは朝食もとらず、ぼんやりと自室の窓から外を眺めていた。
「おーい、開けてくれ」と廊下からラディスが声をかけてきたが、それに反応する気力もなかった。代わりにボルメが慌てて扉に駆け寄っていく。
ボルメに「ありがとう」と呟いてから、ラディスが両手にトレーを持った格好で室内に入ってくる。ティアラは兄が何を持ってきたかに気がついて、早々に顔を逸らした。
「食事を持ってきてやったぞ」
「要らないと言ったはずですけど」
「いいから、少しは食べろ」
テーブルの上にパンやフルーツが乗ったトレーを置いてから、ラディスはティアラのそばにやってくる。ちらりと兄の方を見るも、ティアラはやっぱり顔を逸らした。
「誕生日だってのに機嫌が悪いな。こういう時はやっぱり花を愛でるしかない。温室の前に俺からのプレゼントを置いておいた。喜べ」
ティアラはハッとし、ラディスの腕をぎゅっと掴んだ。突然の行動に戸惑いを隠せないでいる兄を、じっと見つめる。
「ティール?」
「……い、いや。それは父上から禁止令が出されたって聞いたぞ」
声を震わせての問いに、ラディスが面食らった顔で答える。焦れる気持ちを抑えて、ティアラはもう一度問いかける。
「ティールは下さらないの?」
「……だ、だから無理だと思ってキリオスの鉢植えを買ったのだが、内緒ででもティールにした方が良かったか?」
「い、いえ。ありがとうございます。お花をいただけてとっても嬉しいです」
ティアラはそっとラディスから手を離し、ゆったりとした足取りで本棚へ進んでいく。
しかし、内心ではひどく動揺していた。ティールをくれないのかと聞いた意味が、ラディスには伝わっていなかったからだ。
迷うことなく一冊の本を引き出し、ぱらりとパージをめくる。
そこに挟まっている二つの押し花に指先で触れ、唇を引き結ぶ。これは誕生日に置かれていたあのティールの花だ。
これらをくれたのは兄ではないかもしれない。さっきのやり取りを通じて、その思いが強くなった。だったらいったい誰がと想像を巡らした時、再び扉が叩かれた。
「あら珍しい。今日は部屋にいるのね。お邪魔するわよ」
やって来たのはモナだった。彼女はずんずんと部屋を進み、一直線にティアラの元にやってくる。ティアラは嫌な予感を覚え、慌てて本を棚に戻した。
「すみませんが、今日はティアラをお借りしますわ」
ラディスとボルメに宣言するなり、モナはむんずとティアラの腕を掴んだ。
「借りるって、まさかどこかに行くつもりなのか? こ、こんな朝早くに?」
焦り気味に駆け寄って来たラディスをモナはもう片方の手で押し返す。
「遊びに行くだけよ。夕食には間に合うように帰ってくるし、別に構わないでしょ?」
「い、いやでも」と口籠るも、ラディスが不満に思っているのは顔を見れば明白だった。それに対して「過保護ね」としかめっ面をしたあと、モナはティアラに笑いかける。
「楽しいところに連れて行ってあげるわ。きっと良い息抜きになるから」
「楽しいところって?」
「着いてのお楽しみよ!」
言い終えると同時に、モナはティアラを引っ張って部屋を出て行こうとする。ティアラは戸惑いつつも、されるままに歩いていく。
戸口で待機していたモナの侍女がさっと扉を開けたため、勢いを落とさず廊下へ飛び出した。
後ろから「お嬢様」と慌てふためくボルメの呼び声が聞こえ、ティアラは先へと進みながら肩越しに振り返る。
ボルメはモナの侍女に捕まって、なにか話しをしていた。そこに合流したラディスは困った様子で前髪をくしゃりとかきあげている。
ティアラは鼻歌交じりのモナと共に屋敷を出た。進む先には彼女が乗ってきた馬車があり、ティアラに不安が広がる。
「もしかして馬車に乗るの?」
これからいったいどこに行くつもりなのかと怖気づいたティアラの腕を、モナはぎゅっと掴む。
「今からぺピに行こうと思います。ああ、先ほど廊下で伯父様に会いまして、ティアラを連れ出す許可をいただいておりますから心配は不要ですわ」
ティアラは思わず「ペピ」と繰り返す。ペピは町の名で、アズミルから一時間あれば到着できるほどの距離にある。
名の知られた教会をはじめ、食べ物に衣類、工芸品などたくさんの店があり、それを目当てに各地から人が集まってくる。
いつ行っても賑やかな町なので、モナの言う通り確かに良い息抜きになるだろうが、今のティアラにとっては何をするにも気怠さが付き纏う。
パタパタと足音を響かせモナの侍女が駆け寄ってくる。
「お待たせいたしました」とのひと言にモナは微笑み、早速馬車に乗り込んだ。同時に「乗って」とティアラを促す。
気乗りはしない。しかしモナの様子から自分に拒否権がないのもティアラには分かった。諦めの気持ちで馬車に乗り込み、モナと向き合って座る。
扉を閉めると同時に馬車が動き出した。ウキウキと表情を輝かせているモナから窓の外へと視線を移動させると、すぐに「ねぇ!」と不満めいた声が飛んでくる。
「なにかあったの? 顔がものすごく辛気臭いわ」
「別になにもない」
「嘘つき」
モナは身を乗り出して、つんつんとティアラの頬を指で突っついた。
「なんでも話して」
優しく笑いかけられ胸がじわりと温かくなったのを感じ、ティアラは泣きそうになりながら短く息をつく。
「白状するわ。今朝、ティールの花がなかったの。それが自分でも驚くほど悲しくて」