隣の先輩
余談
秤は身長が高くないです。
奏は身長が高いです。
図書室にはいくつか文句がある。
一つは検索システムが多くないということであり、おかげで読みたい本の場所を訊きに図書委員のもとを訪れる人が多いことだ。つまり仕事が多い。
もう一つはカウンターが少し狭いということだ。狭い、と言っても椅子を2つ並べられるくらいのスペースはある。しかし、椅子に座って距離を取れるほどのスペースはない。つまり何が言いたいかというと…
「ちょっと狭くありません?」
僕は、僕が持参したハードカバーを盾にするように持ち替えた。
「そぉ?」
狭いというか、近い。ちょっと油断すると肩とか髪が僕に触れてしまう。そのたびになんというか甘い香りが鼻腔をくすぐる。
隣に座っているのは僕の先輩、桜庭奏さん。控えめにいって高身長の美人。肩まで届く艷やかな黒髪と悪戯っぽい光を宿した大きな双眸が特徴的な僕の相方。その瞳に見つめられると、なぜだか妙に落ち着かない。
「そういえば、可笑しかったよ。さっきの朽葉クン」
「そんなにですか?」
「うん。だって私の顔を見るなりギョッとして周りをキョロキョロしだすんだもん」
さっきは確かにヘマをしてしまった。いきなりの登場だったからつい、横目で書棚の場所を確認してしまったのだ。
「でも不思議だなあ。どうして周りをキョロキョロしたんだろう?」
「さぁ…突然の来訪だったからじゃないですか?」
来訪じゃない。『襲来』と言いたいのを我慢する。どちらにしても苦しい言い訳だが。
「何か気になるものでもあったのかなあ?」
先輩は周りをグルッと見渡した。この学校では珍しく、今日は割と多くの生徒が利用していた。
割と多くとは何人くらいか?
15?20?いいや答えは7人だ。よく言われるのだがこの学校の読書家人口割合は高くない。
「でも少なくとも生徒ではないよね。だって私が来たとき、生徒は居なかったから」
「そうでしたっけ?」
まずい。嫌な方向に話が進んでいる。このままだと先輩が謎を解いてしまう。
嫌な汗が出てきた。これは俗に言う冷や汗と言うやつだろう。
「朽葉クン大丈夫?顔色が悪いよ」
顔に出ていたのだろうか。焦ってはいけないと思うほど、内心の焦燥は加速する。
「どうしたの。キミ、さっきから挙動が不審だね。何かあった?」
やばい。話を逸らさなければ。
「そういえば、ずっと気になってたことがあるんですけど」
「何かな?」
「ミッチーの服ってなんで変わるんですか?」
図書室の公認マスコット、ミッチーマウス。その衣装はなぜか定期的に変化する。ちなみに今はタキシードで前回は浴衣だった。図書委員の誰かが作っていると聞いたが…
「あれ、話してなかったっけ?」
「図書委員の誰かが作ってるってことしか聞いてないです」
「まあ別に大した理由じゃないよ。始めたのは去年だったかな。一年生の一人が提案したんだよ。ミッチーの服をたまには変えたらどうかって」
「前からミッチーはいたんですか?」
「いたよ。結構前からいるらしい。服は幼児用とかペット用とかの小さな衣装を改造して作ってるって言ってたかな」
ふと、先輩は目を伏せた。長いまつげが下へ向けられる。どうしたのだろうか。僕は先輩の顔を覗き込んだ。
「どうかしましたか?」
「ううん、なんでもない。──前から思ってたけど朽葉クンって背低いよね」
「うわぉ。なんて唐突な暴言なんでしょう。ただいま絶賛困惑中ですよ」
確かに僕は男子の中では低いほうだ。しかし、なぜ今その話なのだろうか。まあ話をそらせれば問題ないのだが。
「170cmない男子って人権ないんじゃなかったっけ?」
「なんて暴論だ。近代国家と人権思想に対する反逆ですか?」
「背の低い男子ってモテなさそうだよね。朽葉クンって彼女いないでしょ」
「酷い偏見ですね。背が低くてもモテるやつはモテますよ」
確かに僕はいませんけど。年齢イコール彼女いない歴ですけど。
「やっぱりねぇ。彼女いないよねぇ」
僕はまだなんの返答もしてないですけどねぇ。
「先輩は彼氏いそうですね」
「気になっちゃう?」
「いえ全く」
先輩が誰と付き合おうと、それを知ったところで何も変わらない。なら、興味がないと言い張っていいだろう。
「全く、かぁ〜。連れないなぁ」
「知っても仕方のないことなので。そういえば先輩って恋人同士はタメ口で話すべきだと思いますか?」
「え…っ?」
あ、先輩が目を丸くしている。
「この前、友人とこの話したんですよ。そいつは『そりゃあそうだろう』とか言ってたんですけど。僕は一概にそうとは言えない気がして」
「あぁ、そういうこと」
軽くため息をついている。よくわからないが勘違いだったのだろうか。
「まあ私は別にタメ口でも敬語でもいいけどな。あ、もちろん私自身はタメ口で話すけどね」
「そうなんですか」
朽葉クンは?と聞き返された。
「相手によりますね。しっくりくる方です」
僕は例の本のある書庫を盗み見る。
まだ、気づいていない──
退屈だったらすみません!
今回は伏線に割かせてください
次回から本格的に動きます