書棚から目が離せない
新章突入です。普通の謎解きとは毛色が違いますが、秤たちを見守ってやってください。
僕、朽葉秤は焦っていた。
「朽葉クン大丈夫?顔色が悪いよ」
桜庭奏先輩が僕の顔を覗き込んでくる。クラクラしそうになったが、僕にはそれよりも気にすべきことがあるのだ。
僕は図書室のカウンターから1つの書棚に視線を向ける。まだ、あの本はあの場所にある。
「どうしたの。キミ、さっきから挙動が不審だね。何かあった?」
僕は焦りが顔に出てしまうタイプなのだろうか。
なぜ僕がこんなに焦っているのか。
──話は少し遡る。
「ふぅ…。今日は一番乗りか」
僕は図書室のドアを開ける。金曜日の午後、なんてことのない日常風景。
「いつ見てもミッチーは元気そうだな」
図書室の公認マスコット、ミッチーマウス。極めて某アメリカ産のネズミに似た見た目なのだが、先輩曰く目の色が微妙に違うらしい。
実は彼の衣装は図書委員の手によって定期的に変更されており、最近はなぜかタキシードだ。
「さて、仕事の開始か」
図書委員の仕事はそれほど多くない。カウンターでの貸出の手続きと返却された本を書棚に戻すこと。そして貸出のときに使う図書カードの管理だ。これは本一冊ごとに一枚付属しており、本を借りるときにここに指名を記入しなければならない。
多くないがいかんせん長い。何しろ図書室を開けてる間、持続して仕事があるからだ。頑張らなければ終わらないが、頑張ったからと言って早く終わるわけではない。
奴が来たのは図書室を開いて直ぐだった。全く、先輩が先に来ていたらどうするつもりだったのか。
「秤!悪いけどこれを──」
そう言って奴は僕に一冊の単行本(大きいやつ)を押し付けてきた。
「これを守りきってくれ」
「国家機密を託すテンションで言うな。そんな死亡フラグに僕を巻き込むんじゃない」
「ある意味それくらい重要だ」
奴が渡してきたのは小説のようだった。
僕は適当にパラパラとめくりながら
「一体なんなんだこれは」
「これは──」
奴は急いでいるようだったが丁寧に解説をしてきた。
「とにかくこれを、その時が来るまでこの場所から動かさないでくれ」
そう言って奴はその単行本を書棚に置いた。恐らくもとの場所なのだろう。表紙が見えるように横にして置くスペースの空きがあったから。
「いいか、くれぐれも他の人にバレないようにな」
「頑張ってみるよ」
云うがやすし行うは難しとはまさにこのことだ。
なぜなら──
ガラガラっとドアが開けられ、背の高い女子高生が足を踏み入れた。僕は持っていた本を閉じて顔をあげる。
「久しぶり〜。今日は朽葉クンに先を越されたみたいだね」
「お久しぶりです。──桜庭先輩」
──僕の相方は、この先輩なのだから。
奴が言った『他の人にバレないように』とは当然ながら先輩にもバレてはいけないということだ。
先輩が入室した瞬間から熾烈なゲームが始まっていた。このルールは以下の通りだ。
勝利条件 一定時間誰にもあの本の謎に気付かせない。
敗北条件 例の本の謎に気付かれる。
備考:目的の本を開けば謎が提示される。
が、あの本に違和感を感じればその謎を解くなど先輩には造作もないだろう。
つまり僕ができる最良の行動は──
「いえ、僕もさっき来たばかりですよ」
───あの本の違和感にすら気づかせない。
さぁ、始めましょうか。頭脳戦を。
秤って、先輩以外にはタメなんですねぇ…