合致
「君もわかったようだね」
僕があげた得心の声を聞いたのだろう。
「大体は。先輩こそ納得してるみたいですね」
「フフッ。お互い、同じ結論だといいね」
この勝負はどちらも正解を提示できない。
だから、矛盾のない仮説を思いついたほうが勝ちとなる。
「答え合わせといこっか。朽葉クン?」
「望むところです」
この先輩は頭がキレる。僕も同じ結論に達したなら、恐らくそれは正解なのだろう。
「まず毒を混入する経路を確認しようか」
「僕よりかは先輩の発想に近いですよね」
先輩は近くの書棚から適当な本を一冊とりだした。
「そうだね。残念ながら皮ふから染み込む毒ではなかったけど」
「毒は本の表紙ではなく、ページに塗ってあったんですよね」
先輩は頷いてくれた。良かった。間違ってなかった。
「そう。そしてこれは冬にしかできないトリックだよね。なぜなら──」
そう。これは冬にしかできないトリック。そして極めて個人差のあるトリックだ。
「指が乾燥してページを捲りにくくなった被害者に指を舐めさせることで毒を仕込んだんだから」
良かった。またもや僕の仮説は正解だ。
「冬って乾燥するからページが捲りづらいし。あんまり行儀が良くないけど、やっちゃう人結構いるよね」
「うちの父とかもしてました」
まあ、自分のならともかく借り物の本でしてほしくない。
「んで、毒の塗ってあるページを捲って指に毒をつけた被害者はまんまと毒を自分の手で口に運び、死亡」
「マナーって大切ですよね」
「さて朽葉クン。今度は君の番だよ。図書室を密室たらしめた例の人物。──仮にAとしようか。Aはなぜ図書室の扉の前で待っていたのか」
先輩が僕の目を直視する。緊張してきた。あまり自信がないけれど。
「本当は殺されるのはAだったんじゃないですか?」
「どうしてそう思ったの?」
意地が悪い。先輩もわかってるはずなのに。それでもわざわざ僕に聞いてくるんだ。
「コーラがあるから、ですかね」
「どういうこと?」
「買いたてのコーラが近くにあるならその表面に水滴とか付いてるはずです。手が乾燥しているなら指を舐めるよりその水滴で湿らせた方がいい」
「それでAが狙われてたってことになるのかな?」
「予想ですけど」
僕は額に滲んだ汗を拭う。問い詰められると自信がなくなってきて困る。
「手元に水滴があるなら、指を舐める必要はない。ならなぜ指を舐めたのか?可能性は大きく分けて2つあります。
1つ目は単にそれが癖だったから。ですがこれはミステリとして面白くない。
さらにAの存在まで考慮すると2つの可能性を天秤にかけたとき、もう一つの可能性の方が真実味が高い」
「もう一つの可能性っていうのは?」
「被害者はAが狙われていると知っていた。だからAの安全を確かめるために色々確認していた、ということです」
「つまり被害者はAが指を舐める癖があると知っていた。だからそんな殺害方法を予想して確かめてみた。それで死んでしまった、そういうこと?」
「ええ。Aは被害者に『自分が安全を確かめるまで入ってくるな』とかなんとか言われたんじゃないですか?」
これが僕が立てた仮説だ。一応、矛盾は見当たらないはず。これが結末である可能性は他と天秤にかけても高かった。
……けれど、不安なのは先輩の反応だ。もしかすると先輩ならこれを上回る仮説を提示するかもしれない。
──先輩は、にっこりと微笑んだ。
「良かったぁ」
「え?」
「私の立てた仮説と一緒だったよ。多分、これが正解だと思う」
「え…と、じゃあ──」
「奢りは朽葉クンね」
は?
僕の表情筋は凍りついた。
「ちょっと待ってくださいよ。せめて引き分けじゃないですか?」
「いやいや。朽葉クンが最初に立てた仮説より私の方が近かったもーん。朽葉クンも認めてたじゃん」
「イヤイヤイヤイヤ!!結果は同じタイミングで同じ結論になりましたよね!?僕の勝ちとは言いませんけどせめて引き分けですよね…」
「後輩は先輩に奢るもんだよ」
「ワーオ。ひっどいカツアゲですね」
「仕方ないなぁ」
先輩はそう言ってバッグの中を物色しだした。
「はい、これあげる」
そうやって、一本のコーラを僕に押し付けた。
「え?」
「いや、え、じゃなくて。奢りだよ」
「毒殺ですか…」
「君も大概失礼だね。一応先輩だからね。ご褒美」
「最後の…晩餐……」
「失礼すぎるでしょ!?返せもう!」
なんか先輩が取り返そうとしてきた。僕はそれを死守した。
「ありがとうございます。縁起が悪いですけど」
「ほんと失礼な後輩だよ。でも……良かった」
「?」
先輩は僕の顔を指さした。先輩も失礼ですね。
「やっと、笑ったね」
「……!」
──あぁ、僕はこの先輩に負けたんだ。
完璧に悟った。あのゲームも、ペナルティも、コーラも、全て最初から仕組んでいたんだ。
緊張していた僕のために。気が重くなっていた僕のために。
「改めて、一年間よろしくね。朽葉クン」
「こちらこそ、一年間よろしくお願いします。
──桜庭先輩」
図書室当番の金曜日が少しだけ楽しみになるかもしれない、そう思った。
次回からは新事件です。お楽しみに