早暁にて
あの日のことは忘れない。
私────桜庭奏は、1年前のあの日、決定的な失敗をしたのだから。
決定的に徹底的に、いっそのこと喜劇的ですらあるほどに悲劇的な惨劇のように────失敗してしまったのだから。
「そんな顔をしないでくれよ、奏。俺まで悲しくなってしまうじゃないか。胎児よ胎児よ何故躍る────踊る気力くらいは残して置こうぜ」
はぐらかすような言葉。まるで私の失敗を無かったことにするような────残酷なほど優しい言葉。
「どうしてキミはそんな事が言えるの?」
口に出してから、意図せず責めるような口調になってしまったことを後悔する。
「あはっ」
そうだ。
アイツは─────このとき笑ったんだ。
どうしようもないほど明るい笑みで。
救いようもないほど蔭のない笑みで。
「面白い事を聞くじゃん。そうだな、強いて言うなら────」
そして言った。
冷酷なまでに─────
冷徹なまでに─────
冷厳なまでに─────
「惚れた弱みかな」
───────優しくて甘い言葉を。
「じゃあ、9で」
冴月が1枚のトランプを机に置く。
「そういえば先輩、あの噂のこと知ってますか?」
「え?ああ………もちろん知ってるよ。あの噂だよね。あの。いやあ、あれを聞いたときは私も驚いたよ。まさかあれがあれになるとは」
「なるほど知らないんですね」
と、慧悟があまり間を置かずトランプを置く。
「11─────何だよ秤、水臭いな。何か面白いことがあったら真っ先に俺に話してくれっていつも言ってるだろ?」
「初耳だ」
そう言い捨てて、僕は自分の手札を見つめる。
まあ改めて見るまでもないか。言うまでもなく僕の選択は決まっている。
「パスで」
仕方ない。仕様がない。なぜなら僕の手札には一桁のカードしかないのだから。
「それで?その『噂』って言うのは?──1」
先輩はそう言って、Aと書かれた札を置く。
「いや、大した話じゃあないんですが、何と言うか気になるというか……」
「早く言えよ。別に興味ないがもったいぶられるとイライラする」
ドスッ
龍宮さんの拳が飛んできた。この人そろそろコンプラでバンされるんじゃないかな。心配になってくる。
「なんだと…?」
急に龍宮さんの目が険しくなった。まるで殺戮を繰り返す暴君みたいだ。待てよ?まさか僕はまた心の声を漏らしてしまったのだろうか。
「そのまさかだ。………どうやって死にたい?」
「後生です。どうか命だけは…」
僕は言った。命乞いをした。隣で冴月が「こんぷら……?まさかコンクリートプランクトン……!?」とか意味わからないこと言っているけれどそんなものは無視だ。
何だよコンクリートプランクトン。食べにくそうだな。
「何で魚視点なんだお前」
龍宮さんが呆れたような目を向けてきた。心外だ。
「まるで噂みたいですね」
「?………どういうことだ?」
怪訝な顔をする龍宮さん。
「龍宮さん───龍宮さんのその理不尽さが、その噂によく似てるって話ですよ」
「なんだと?あたしのどこが理不尽だ」
「理不尽じゃないと思ってたんですか…」
そりゃすごい。大した自意識だ。
「朽葉クン。もうちょっと具体的に話してほしいな。結局のところその噂っていうのはどういうものなの?」
戯言の応酬に飽きたのだろうか。単刀直入に問うてくる。
「この学校の生徒の間でとあるサイトが出回ってるの知ってます?」
「サイト?」
「裏掲示板って言うんですかね。生徒限定で閲覧できるサイトらしいんですが」
先輩たちは知ってますか?
僕はそう訊いた。
「あいにく寡聞にして知らないな。少なくとも私は。わかばは?」
「いや初耳だ。一応確認しておく必要があるかもな。いちいち目くじらを立てるつもりはないが、いかがわしいものだと困るからな」
「生徒会長的に?」
「生徒会長としてもな」
よく分かった。
僕は笑う。
少なくとも二人はそのサイトを知らない。ならば、僕にも少しだけ勝ち目はあるだろう。




