表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/52

駆け引き

「ジャンケンねえ……」


 僕の頼みに、慧悟は皮肉げに笑いながら呟いた。

 帰り道。

 毛穴という毛穴から魂がドロドロと溶け出すような───気が滅入るような暑さの中。

 蝉の声が響く中。まるで世界が、夏色に塗りつぶされてしまったような───そんな錯覚すら描いてしまう夏の日のこと。

 空を見上げれば、気が遠くなるほど果てしない群青の空と、気を失うほど遥かなる純白の雲が広がっている。

 けれど、僕は下を向きながら慧悟に言った。自分の影に目を落としながら。


「何だよ、何かおかしいか?」


 少なくとも慧悟に比べれば、可笑しいことなど何もないはずだ。

 けれど慧悟は汗を額に光らせながらも、その皮肉げな笑みを引っ込めなかった。


「いや?ただ珍しいと思ってね。我関せずを旨として、いつだって冷めた目で周りを見てた秤が、そこまでマジになるなんて」

「人聞きの悪い言い方するなよ」


 僕は言った。

 聞き咎める、というほど強くは言えなかったけれど。

 なぜならそれは、間違っているとも言い切れないからだ。


「僕はただ、正しくあろうとしただけだ。それがいわゆる正義じゃないだけで」

「公正、か?まあいいや、あんまりムキになるなよ。測って計って量って諮って図って……天秤を見極めながら生きていたお前が、急にどうしたのかが気になるだけだ」


 僕は、朽葉秤は────熱くない。

 けれど慧悟が言ったように、さりとて冷めているわけでもない。

 熱くも冷たくも────暑くも寒くもない。

 どちらかと言うと、()めている。


「別に」

「そんなに奏先輩が気になるか?まあ確かに美人だけどな、ハハッ………」


 どこまでも────軽々しく空々しく、笑ってみせる慧悟。

 だからきっと、この笑顔は嘘だ。


「そんな理由じゃないよ」


 僕は言う。そんな理由なら少しはマシだっただろうか───そんな事を思いながら。

 蝉の声は鳴り響く。うんざりするほど聞き飽きた残響。

 その声に掻き消されないように、僕は言う。


「お前の知るいつもの僕と同じだよ。僕には僕の、合理的理由があるんだよ」


 少しだけ突き放すような言い方。

 そんな言い方を選んだわけではないけれど、改めようとも思わない自分がいる。

 僕は顔を上げない。その理由は、決して日差しが強かったからだけではないだろう。


 ハハッ。


 慧悟は笑う。何を思ったのか、本音のように見える笑みで笑う。


「……お前らしいな。それで?────俺に何を頼みたい?」

「頼みたいのはシンプルなことだよ」


 慧悟ヘ目を向ける。ほんの少しだけ見上げるようになってしまうのが屈辱的だが。


「先輩と軽い賭けをする予定なんだ」

「賭け?」

「内容自体は他愛ないことだけどね。何の変哲もない日常程度の」

「青春の1ページってか?笑えるねえ」

「ゲーム内容を聞いたらもっと笑えるぞ。なんと大富豪だ」


 面白すぎて笑いも出ねえよ。


 僕の言葉に、慧悟はそんなふうに返した。


「そこで、だ。その順番を決めるためにジャンケンをする」

「素晴らしい。古式ゆかしい決め方だな。やはり伝統文化は守るべきだ。」

「お前に協力してもらいたいのは、そこで僕に負けることだ」

「へえ………理由を聞こうか」


 案の定、慧悟はそう聞いてきた。

 僕は茹だるような暑さの中、用意してきた考えを語る。


「理論上、ジャンケンで勝つ確率は等しい。数学的に言うなら『同様に確からしい』ってやつだ」

「理系の秤らしいな。それで?」

「けれど、それはジャンケンで勝つ確率と負ける確率が等しいってことだ」

「そうだな」

「だったら─────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 一瞬、ほんの一瞬だけ────蝉の鳴き声が止んだかのような錯覚を受けた。

 まるで僕の言葉が、蝉の声を掻き消したような。


「どうやって?」

「簡単なことだよ────()()()()()()()()()()()()()()

「………ああ────()()()()


 慧悟はまた愉快げに笑う。

 どうやら分かったようだ。理解ったようだ。


「理解が速くて助かるよ」

「長い付き合いだからな。いい加減わかってくるさ。それにしても、ろくなこと考えないな。ジャンケンくらいまともにやれよ」


 通常、3人以上の人数の場合、あいこの確率は高くなる。その場にグーチョキパーの全てが揃えば、それがどんな人数差でもあいこになるからだ。

 ならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 例えば僕がグーを出す。慧悟がチョキを出す。

 別の誰かがパーを出せば、勝負はつかなくなる。

 この場合、決着がつくのはその場の全員がグーかチョキを出した場合。


 そして、その時点で────グーを出している僕は勝利する。


 僕が負ける可能性はゼロ。

 あいこの可能性がほとんどだ。

 そして僅かに───勝つ確率が存在する。

 つまり天秤は傾く────勝利を乗せた方向へ。

遅筆過ぎて遅れてました。申し訳ありません!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ちょっと脱線するのですが、実はほくろ、ジャンケンめっっっっちゃくちゃ弱いんですよね。だからどんな勝負をするにしてもジャンケンは負けるから〜なんて諦めたりしちゃうのですが、なるほど!!一人負…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ