凪霞慧悟の述懐
俺───凪霞慧悟には朽葉秤という友人がいる。
この男は失礼な奴で、俺のことを常に嘘吐き呼ばわりしてくる。まあこれは、いつもジョークと冗句をこねくり回している俺の方にも原因があるのかもしれないけれど。
さて、それはさておき今は俺の幼馴染であり友人にして相棒とも言うべきゴールデンコンビの片割れ、朽葉秤の話をしたいと思う。
奴との出会いについて語ろうかと洒落込もうとも思ったが、そもそも俺自身が遠い昔のこと過ぎてそんな事を覚えていないのでどうしようもない。
とはいえ俺の並外れた想像力を駆使するに、それはおそらくこんな具合だったのではないかと推測できる。
その時────
凪霞慧悟は一人浜辺に立ち、遥か彼方の久遠の渚を見つめていた。
「お隣、構いませんか」
いつの間にかそこには、背の低く死んだ魚のような目をした少年が立っていた。
刹那───
瞬間的に凪霞はその鋼鉄のような裏拳を少年に叩きつけていた。
捉えることすら、知覚することすら許さない圧倒的な速度。
吹き飛ばされた少年は、ただ畏怖と憧憬の眼差しで凪霞を見つめていた。
「俺の後ろに立つんじゃねえ」
凪霞はそう言い放つ。体温を感じさせない、どこまでも冷厳な声で。
吹き飛ばされた少年は何を思ったか、地面に額を擦り付けんばかりの勢いで居住いを正すと、その場に平伏した。
「貴方のお噂は常々伺っておりました!伝説の殺し屋、凪霞慧悟殿!どうかこの私、不肖朽葉秤を弟子に加えていただけないでしょうか!」
………………みたいなね。どうやら俺は裏社会では一目置かれる存在らしい。文字通りの冗句だけれど。
まあ出会いなんてのはどうだって良い。割と本人たちの思い込みでどうとでも解釈できる程度のものだから。世のリア充が口を揃えて運命の出会いだとか言うくらいだから、出会いなんてのはそれほど安っぽいものだってことだろう。
いや別に運命の出会いを否定しているわけではないので、安心して下さい。きっとそこのアナタにもいつかありますよ。待てば海路の日和あり。その晴天は台風の目かもしれないけれど。
まあ出会いこそ覚えてないとはいえ、10年来の相棒ともなればお互いに印象深い思い出が積み重なっていくものだ。まあ俺が覚えているからといって秤のほうが覚えてるかどうか甚だ疑問だけどな。
あ、俺の言うことは殆ど冗長文句──即ち冗句だからこの話は読み飛ばしても特に差し支えはないかもしれない。基本的にこんな調子でダラダラと続けていくだけの予定だし。
さて、折角だから朽葉秤の人間性でも語ろうか。幼き日の秤の、可愛げのあるエピソードの1つを。
ある日秤は俺に、練習に付き合ってくれと言った。
俺は快諾した。いろいろ渋った気はするが、まあ気の所為だろう。この思い出でマックシェイクが連想されるのも、きっと気の所為だろう。
まあ過程はともかく、俺は承諾したわけだ。快諾ではないにせよ少なくとも承諾は。親切な人間だと褒めてほしいくらいだ。
そして俺はその「練習」とやらのために秤の家にお邪魔した。どうも俺は秤の家の空気感が好きなのでついつい長居してしまうのだが、それはこの際どうだって良い。
俺が朽葉家を好こうが嫌おうが愛そうが憎もうがどうだっていいことだ。些末なことだ、そんなものは。
朽葉は自室で俺に座布団を渡してくれた。普段は、そんな親切心も客人をもてなす礼儀も心得ていない秤のことなので、俺はこのとき驚きを隠せなかった。冗句だが。
秤は俺の前に座ると、俺の目を正面から見つめた。
まさか俺に気があったらどうしよう(ちょっと不謹慎だったらごめんなさい)と思っていたその時だった。
朽葉はぎこちなく───その口角を上げてみせた。
そして、途方もなく歪に───その頬を歪めてみせる。
「どうだ?」
「素敵な笑顔だ」
俺は冗長的に言葉を紡いだ。
意味なんてないジョークと冗句を。
あれを笑顔だと思ったのは。
あれを笑顔だと見做したのは。
あれを笑顔だと思えるのは。
あれを笑顔だと見做せるのは。
世界広しといえど───俺だけかもしれない。
醜悪。劣悪。歪曲。歪形。
歪な─────歪。
きっと秤の家族でさえ、そう表現するに違いない。
俺以外の全ての人は。
きっと、この「笑顔」が孕んだ痛みに気付かない。
似た者同士の俺以外は。
そして理解する。そして納得する。
秤が俺に頼んだ「練習」。その意味に。
「笑顔の練習」。
「上手く笑うための」「練習」。
もっと言うなら。
笑ってると思ってもらうための方法。
だから秤は俺に頼んだのか。
嘘を吐くことに関しては天賦の才を持つと豪語していた、この俺に。
上手く周りを騙すための方法を教えてもらうために。
壊れてるよな。常人なら吐き気を催すほどに。
俺が本気でその「笑顔」が「素敵」だと嘘を吐こうと思ったほどに。
だから俺は言った。
そんな秤に。
そんな人格破綻者に。
恥を忍んで痒みに耐えて。
「いつか、本当にお前の笑顔を素敵だと思う人が、できたら良いな」
相当に恥ずかしい台詞だけどな。
お陰で俺は嬉しかった。お前が俺に頼んだことが。
その「誰か」のための頼み事が。
────「僕と先輩以外は、脱落させるか上がらせるか、取り敢えずゲームから弾いてくれ」




