小道具
「まず最初の可能性───本を使って放火した場合。これはどんなことが考えられる?」
僕は雨上に訊いた。
「本を使って防火?そんなことができるのか?」
「オーケー。自分で考える」
酷いな。
雨上はそんなふうに肩をすくめた。
「そもそもそれって悪魔の証明じゃないか?」
「だから困ってる」
悪魔の証明。もっと正確には否定的証明。
例えば、白いカラスの存在証明は白いカラスを一匹連れてくれば良いけれど、白いカラスの不在証明は世界中のカラスを調べなければいけない。
つまるところ否定的な証明はすべての可能性を排除しなければならないので、救いようもないほど面倒だというだけの話だ。
「まあ他と比べると可能性は低いだろうけどね」
「?どうしてそう思う?」
僕は羅列した可能性の中の一つを指さした。
「これだけぶっちぎりで怪しいだろ」
胸の内で呟きながら。
天秤が傾いた─────と。
「秤で─────量って…………」
声に出してつぶやく。独りごつ。
彼の───凪霞慧悟クンの言葉を。
彼の、幼馴染の言葉を。
「…『天秤が傾いた』。あいつ、いっつもそんな事言うでしょ?」
何度も聞いたその言葉。
それを、ずっと身近で聞いてきた彼。
その口から漏れるその言葉は、徹底的に決定的に────朽葉秤の人格を表現していた。
それこそ、すがりつきたくなるほどに、どうしようもなく正確に、正鵠を射ていた。
「別に心がないわけじゃない。感情がないわけじゃない。けれども秤はその自我が、どうしようもなく希薄なだけ。
それでも───秤は普通を求めてる。だから常に量ってるんです」
ああ。
きっとそれが───朽葉秤の真実なんだろう。
彼の穏やかな笑みの。彼の怜悧な頭脳の。彼の小気味良い言葉選びの─────それらの、真実。
まるで───方程式を解くように。
まるで───唯一解を導くように。
彼は────朽葉クンは、正しいと思える判断をするのだろうか。
自分の感情を捨て置いて。
自分の意思を打ち捨てて。
秤で量って測って計って経って諮って図らない───そんな合理的な判断を。
「これって────」
信じられない。
雨上の顔からはそんな思いが見て取れる。
「こんなものでどうやって放火したってんだよ」
「僕もにわかには信じられないのは同じだよ。けれど、これが一番可能性が高い。だって───これだけ登場の意味が不明だろ?」
そう。
僕が羅列した7つの選択肢。
その中で一つだけ、目的が不明なものがあった。
作者が、雨上の兄が、それを登場させた目的が。
❶の本は凶器。
❷の毒も凶器。
❸の死体で火をつけた可能性は否定済み。
❹のAさんは密室の構成要素。
❺は密室の構成要素。
❻は密室の構成要素。
7つの可能性の中で唯一、明らかに役に立っていないもの。登場させる必然性のないもの。
「❼────コーラ」
「そっか。じゃあ───朽葉クンが笑ったのも、本当に楽しんでたわけじゃないのかな」
だとしたら少しだけ寂しくて淋しい。
もう私の日常と化している朽葉クン。
彼とのやり取りを楽しんでいたのが。
私だけだったなんて。
だとしたら少しだけ残念だ。
朽葉クンとの時間は少しだけ、居心地のいいものになっていたのだから。
だから、ほんの少しだけ悲しくて哀しい。
悲哀とまでは言わないし、寂しいとまでも言わないけれど、それでもやはり、ほんの少しだけ残念だ。
その時だった────
「そんなことないですよ」
聞き慣れた声とともに、ドアが開けられたのは。
「僕は楽しいですよ。先輩と居るのが」
「────!」
そこには。
私の後輩にして相方───
朽葉秤が─────立っていた。
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