放火のホワイダニット
「わかったのか?犯人が放火した理由が」
「────ああ」
僕は頷く。割とはっきりと。
「まず整理しておこう。
今わかっている条件は以下の通りだ」
僕はノートとペンを取り出すと、芯を出して走らせた。
ノートの余白に、要点だけを書き出していく。
あの数学者(仮)フェルマーのように、その証明を書くには余白では狭すぎるから。
「できた」
要点
①犯人は本のページに塗った毒で被害者を殺害した。
➁犯人の行ったトリックは探偵曰く、冬に関係するもの。
③先輩はそれを、『驚天動地のトリック』と呼んだ。
➃犯人は科学的な方法で放火を行った。
⑤犯人は明確な意思をもって放火を行った。
➅火元は被害者の遺体だった。
「当たり前のことが並んでるだけじゃないか?」
「これが表してるんだ────放火の理由を」
僕は再びペンを取って①の文章に下線を引いた。
「推理からこれを割り出すのは難しい。けれど現実世界でこれをやったらほぼ確でバレる。それも初手の初手、事件発生の段階で。なぜだか分かるか?」
「ん?どういうことだ?」
まだ要領を得ない風な雨上。なぜだろうかと疑問に思う。普通、ここまで話したらわかるのではないだろうか。
「あ、そうか」
順序が違うんだ。僕と彼とでは。この事件への関わり方の順序が。
僕は最初に、放火要素をカットされた状態での謎に挑んだ。
けれど雨上は違う。雨上は最初から放火ありきの謎に挑んでいたんだ」
「あのな、普通は被害者の遺体の直ぐ側に本が落ちてたら真っ先にそれを調べるよな」
話していて恥ずかしくなる。あのときの僕は、こんなことを見逃して出した推理を、偉そうに語っていたのだから。
「いや、でもそれは」
「そうだ。できないんだ。───その本は燃えてしまったからな」
これが犯人が放火をした理由。
すなわちあの二択の前者────証拠隠滅。
さっきの要点に書き加えておく。
⑦放火の理由は証拠隠滅。
「さて───と。大分、解析が進んできたな」
最初は手探りだったこのトリックの正体。
その解体であり───解剖が。
「じゃあ最後は──────力技でゴリ押すか」
軽く頬を歪めてみせる。
僕の思考法を知らない雨上は怪訝な顔。
まあいいや。別に公開するほど大したものでないし。
「この事件の要素は7つ。
本、毒、死体、犯人ではないAさん、窓、ドア、コーラ。
───この中に必ず、放火の伏線が存在する」
今挙げた7つ要素にはちゃんと根拠がある。それらは全て、あのとき渡された地図に書いてあったもの。それと先輩が僕に示してくれたものだ。
それはつまり、重要なものだということを示している。
「一気に────7つの可能性を検討する」
7つの天秤。7つの計測。
どれか一つに傾いたものが────きっと正解だ。
ノートをめくる。もう余白なんかじゃ足りない。
何もかも思考の埒外においてひたすらペンを走らせる。
7つのパターン。7つの可能性。
蓋然性の天秤に。可能性の天秤に。
すべてを同時に秤に乗せる。
❶本で放火した場合。
❷毒で放火した場合。
❸死体で放火した場合。
❹犯人ではないAさんを使って放火した場合。
❺窓を使って放火した場合。
❻ドアを使って放火した場合。
❼コーラを使って放火した場合。
「それは、朽葉クンが相手によって態度を変える人間だってこと?」
私は凪霞クンの話を聞いてそう尋ねた。それならば多かれ少なかれしている人は多いだろう。別に人格破綻者と呼ばれる程のことではない気がする。
しかし、彼は首を振る。
「違います」
「どういうこと?」
「………」
彼が挟んだその逡巡は、言葉をさがしているように見えた。より朽葉クンに適するような。より朽葉クンを表せるような。
「あいつの場合は───ただ合理的なだけですよ。ひたすらに適正で適当な人間なだけ」
「どういうこと?」
さっきと同じ台詞だ。けれどさっきのそれとは響きが、声がまるで違う。
「あいつは──方程式を解くように感情を動かしてるんです。あいつ風に言うなら、適正な方を秤で量って」




