表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/52

自販機と仮説と注射針

ようやく、推理が始まります

 僕、朽葉秤(くちばはかり)は額を抑える。

 僕が腰掛けているのは図書室の木製の椅子だ。劣化してはいるが、丁寧に手入れがしてあるのだろう。座り心地は悪くない。


「勝負内容は理解してくれた?」


 茶目っ気のある笑みを浮かべて僕に話しかけたこの人は僕の図書委員としての相方である桜庭奏(さくらばかなで)先輩。長すぎない艶のある黒髪に透き通るような白い肌。悪戯っぽい笑みを秘めた目に、それと相反するような落ち着いた雰囲気を併せ持っている。


 まあ、一般論から言って美人と言っていいだろう。


「私とキミ、どちらが先にこの未完の小説〈図書室の殺人〉の真相を暴けるか。暇つぶしには丁度いいゲームでしょ?」


 どうやら先輩によると、この学校の放課後の図書室利用率は決して高くないらしい。先輩いわく「この学校は識字率が低いんだよ」とのことらしい。


 つまり当番である僕たちは暇を持て余すことになるらしい。


「負けたペナルティは下僕になることでいいっけ?」

「ダメに決まってるでしょうが」


 いきなり何を言い出すんだこの人は。


「えー、だってペナルティあったほうが盛り上がるでしょ?」

「ペナルティならお一人でどうぞ」

「はー、つれない後輩くんだねえ。そんなに先輩を虐めて楽しいかい」

「はあ…わかりましたよ」


 僕はため息をついて窓の外にある自販機の方を指さした。


「負けたほうが、好きな飲み物を一本奢るってことでいいですか?」


 ようやく先輩は承諾してくれた。僕はほっと胸を撫で下ろす。


「じゃあ私が勝ったら新作ハーゲンね」

「話聞いてました?」


 えー冗談だよう、とか何とか言っている先輩は置いて思考をスタートする。この人に負けたら何を奢らせられるかわかったもんじゃない。


「っていうかそもそも答え合わせはどうするんですか?」


 真相はわからないのだ。ならどれだけそれに近い仮説を思いついてもそれが真相かどうかも分からないではないか。


「答えがわかったら教えて。相手がもう一方の仮説に矛盾がないと認めたら勝ちと認められる。これが勝利条件」


 先程とは打って変わって真面目な口調だった。先輩も思考をスタートさせているのだろうか。


「僕、一個仮説が浮かびました」


「早いね。聞かせてみて」


「前提として、密室は破られません」

「どうしてそう思うの?」

「一つは、密室の難しさです。どうせ窓は施錠されてるんですよね」


 作中の舞台となっている図書室のことだ。


「扉の前には犯人ではない人がいて、その近くの窓は施錠されている。──先輩が描いてくれたあの図は作中に提示された図ですよね?」

「そうだよ」

「ということはあの図以外の侵入経路は存在しないということです。ドアの前には人がいるのでそこからの侵入はありえない。では窓はどうか?あの図を見ればわかりますが窓はドアに近いですよね?それに窓から侵入すればドアの前の人に丸見えです。不可能ではないですが犯人のリスクとリターンを天秤にかけるとリスクの方が高いですから」

「殺し方も毒殺だしね」

「それも理由の1つです。別に密室を破る必要がない方法を選んだのは密室を破りたくないからでしょうね」


「実は事前に被害者のペットボトルには毒が入れられていた」

「言ったと思うけど被害者は死ぬ直前までペットボトルを開けなかったんだよ?そんな状態でどうやって毒を入れるの?」


 やはり反論してくるか。でも僕はこれに対する答えなら持っている。


「注射針で毒を混入します」

「なるほど、例えば被害者が目を離してる隙に注射針で穴を空けて毒を入れるわけか」


 目を瞑って少しの間黙考してから先輩は笑った。


「無理だと思うよ」


 ばっさりと切って捨てられましたよ。なんてこった。


「どうしてですか?」

「うーん……」そして先輩は曖昧な笑みを浮かべた。


「私も頭の中で軽く再現してみただけだから確信はないんだけど、難しいんじゃない?」


 やっぱりそうか。僕も内心では懐疑的だったから特にショックも受けない。


「理由はいくつがあるけどまず1つ目。

ペットボトルに穴を空けるのは案外難しいこと」


「そうなんですか?」


「頭の中の再現だけなんだけど小学生のときに図工で身の回りのものを使った工作とかしなかった?」

「よく覚えてません。昔のこと過ぎて」


 僕にとっての小学生の記憶なんてのは、雪が積もる校庭をワクワクしながら眺めていたものだったり、蝉の声がうるさい神社でのお祭りのことだったり、特別な何かくらいしかない。

 授業風景なんてとっくの昔に風化してしまったのだ。


「ペットボトルって案外硬いんだよ。フフッ、懐かしいな。昔はあれでよく手を切ったの」


 恐るべし。ペットボトルは人の手を切ってしまうのか。


「2つ目、っていうかそもそもこの推理には致命的な穴があるんだよ」

「致命的な…穴?」


 先輩は頷いた。


「忘れたのかな。このペットボトルの中身」


 その瞬間、僕の脳裏に稲妻が走った。


「あっ────」

「気がついたみたいだね。そう。このペットボトルの中身はコーラ。すなわち炭酸飲食。未開封の炭酸飲料に穴を空けたらどうなるか」

「音が…………」

「そう。おなじみのプシュって音がね。それだけで済むといいけど、もしかすると中身が溢れ出るかもしれないよね」


 僕は驚嘆を隠せなかった。

──この先輩、とてつもなく頭がキレる………

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 穴を空ける!いいと思いましたが反論聞いてたしかにって思いました!Σ( ˙꒳˙ ) ペットボトルの蓋に熱した鉄を当てて穴を開けてっていうのでジョウロ作ったの思い出します。あれなら音は最小限…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ