驚天動地のトリック
『図書室の殺人』は、未完で終わっている。
僕───朽葉秤はあの日、その結末を推理した。
それは推理というよりこじつけに近い予想だったけれど。それでも辻褄は合っていたはずで。それでも矛盾はなかったはずで。僕はそれがきっと作者が描こうとした『真相』なのだと思っていた。
端的には言うと─────自惚れていた。
『この謎は、驚天動地の、トリックだ』
彼女───桜庭先輩はそう言ったらしい。
僕よりずっと前にこの謎に出会っていたであろう先輩が。
僕よりずっと前にこの謎を解いていたはずの先輩が。
僕と一緒に推理を進めていたはずの先輩が。
そう────言ったのだ。
「あの謎は、驚天動地なんてものじゃない」
もっとずっとチープで、子供騙しの誤魔化しに過ぎない。
「ちなみに、朽葉が立てた仮説ってのはどんなものだったんだ?」
「聞きたいか?」
「参考までに、な」
雨上が求めるので、僕は話してやった。間違っていると分かった仮説を話すのは、ほんの少しだけ屈辱だったけれど。
「本のページに毒を塗っておく、か。矛盾はないと思うがな」
「だけどそれを驚天動地とは言わないだろう?」
「まあな」
正直な奴だ。
「ところで、雨上は『図書室の殺人』を最後まで読んだんだよな?」
「あぁ」
「僕の記憶にある要点をこれから挙げていくから、足りない部分があったら言ってくれ」
そう断ってから、僕は記憶を探り始める。
「①被害者は毒で殺された。
➁現場は図書室で、これはこの学校の図書室とほとんど同じ構造である。
③図書室の唯一の出入り口と言っていいドアのすぐ外には、犯人と共犯関係にない──つまり善意の第三者がいるので、そのドアからの侵入は不可能。
④被害者はコーラを買っていた。
⑤犯人が使用したのは『季節に関係あるトリック』
──こんなもので十分かな」
僕の記憶にある限りでは、これが全ての要素だったと思う。
しかし、雨上は首を振った。
「一つだけ、足りないことがある」
「足りないこと?」
「あぁ。確か朽葉は本文を読んでないんだよな?なら桜庭先輩はどうしてこれを話さなかったんだろう?」
雨上は首を捻っている。親切じゃないな。それとも人に説明する気がないのだろうか。
「足りないこと────っていうのは?」
僕は雨上の返答を聞いて、驚くことになる。なぜならそれはこの『事件』の概要を根本から覆すものだったから。
冗談ではなく、これを伝えられていなかったことが驚天動地の事実だと思ってしまうほどに。
「物語序盤は被害者が誰なのかを探ることから始まるんだ。なぜって?劇中では───犯人が図書室に放火するからだ」
「6月に何があったのか、話してもらえるかな?」
凪霞クンの顔を覗き込む。
「いや、正確には6月じゃないんですよ。俺が勝手に推測してるだけで」
そんなふうに言って、凪霞クンは窓に寄りかかった。
「危ないよ」
「流石に落ちたりはしないですよ。ちょうど風が心地よくてね。一句詠めそうだ。」
「詩的だね。そして貴族みたいに私的だ。ジョークでしょ?」
「冗句ですよ」
凪霞クンはまだ、朽葉クンがどう変わったのかすら、話してくれない。
「それでもあれはきっと6月だと思いますよ。忘却の彼方に浮かぶ遠い昔の思い出ですけれど。まあそれでも、偶に雨がふるだけの蒸し暑い頃だったと思います」
「茹だるい季節だね」
「そうですか?俺は割と好きな季節ですけど」
それはそうだろう。
「まあ何かあったんでしょうね。あいつ、数カ月間この街を離れた事があって、戻ってきたら別人になってました」
三つ子の魂百まで。
つまり人間の人格や性格は幼い時期に形作られる。
幼い頃の数カ月間。その時期にあった何かが、今の朽葉クンの人格形成に深く関わってきているのは、想像に難くない。
「再開したのは8月ですよ。夏真っ盛りの季節だった。ちょうど夏祭りの時でしたね。5ヶ月ぶりの再開でしたから驚いたのを覚えています」
「だから朽葉クンが変わったのが6月だと?」
「はい」
大体の中央値か。
「まあ何かあったんでしょうね。ジョークにしても笑えない何かが」
改めて───当然のことを思い知る。
私は───朽葉クンのことを何も知らないのだと。
けれど、知った気になっていた。
たった数回、一緒に仕事をしただけで。
たった数回、一緒に謎を解いただけで。ん?もしかして一緒に謎を解いたのって一回しかない?
「キミから見た彼は───朽葉秤は、どんな人なの?
───教えて」
私は知りたかった。
朽葉秤の性格を。
私は識りたかった。
朽葉秤の人格を。
そして───凪霞慧悟は知っている。識っている。
朽葉秤の────人生を。人性を。
「人格破綻者───君らがそう呼び合う理由について」
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