ジョーカーは笑う
「解いてほしい謎?」
僕は雨上の言葉を聞き返した。
「そうだ。お前、そういうの得意だろ?」
「君が僕の何を知ってるのかな」
いや、突き放しているわけじゃない。僕と彼は本当に初対面なのだ。
「でも、あの桜庭先輩の相方なんだろ?」
「そうだけど」
「なら大丈夫だ」
「は?」
意味がわからない。
先輩の相方だから何だというのだろう。
「解いてほしい謎っていうのは、桜庭先輩に関することだからな」
「ここではって──どういうこと?」
私は凪霞クンの言葉を聞き返した。まるで彼が───何人もいるかのような言い方に。
「あれ?知りませんでした?」
彼は笑っていた。
「秤、俺のことを虚言癖とか言うんですよ。傷つきましたね、さすがの俺も」
嘘だ。凪霞クンの表情を見ればその真偽くらい分かる。
彼は心の底から朗らかに笑っているのだから。
「でも俺に言わせれば、秤のほうがよっぽど嘘つきですよ。だってあいつ───合理主義者ですから」
「?」
疑問符が浮かぶ。
合理主義者。
それは嘘つきを、虚言を表す言葉だっただろうか。
「合理主義者………」
「まあ秤のことを嘘つきって呼ぶには語弊がありますね。──確かに秤は嘘つきじゃない。ただし、正直者でもないですけどね」
確かに彼は嘘つきではないにしろ、正直者でもないだろう。
彼は一度、私に嘘をついている。
例えそれがこの凪霞クン、もしくは千景ちゃんの為だったにしろ、朽葉クンは重要度を天秤にかけて、私に嘘をついたのだろう。
人の為と書いて、偽。
それについて文句を言うつもりはない。
もし私が朽葉クンと同じ立場なら、私も迷わず嘘をついただろう。
陰謀に隠蔽。それらの言葉が主に指す、世界を左右するような出来事に比べれば──比べることすら馬鹿らしくなるほど──スケールの小さな秘密だとしても。否、それは──だからこそなのかもしれない。
けれど、それはほんの少しだけ、寂しくもある。
淋しいとまでは言わないけれど。それでも本当に一抹の寂しさを感じたことは否めない。
「ハハッ。すみません。変な話しちゃいましたね。じゃあ俺はそろそろお暇します。秤はまだ帰ってこないみたいだし」
「待って───」
気づくと私は彼の裾を掴んでいた。
「ラブコメのワンシーンみたいですね。不覚にもドキドキしちゃうかも」
「見方によっては最低な嘘だよ、それ」
嘘だとわかっているからいいのだが。私が千景ちゃんの立場ならかなり機嫌を悪くするだろう。
「答えてくれないかな。どうして朽葉クンが嘘つきなのか。どうして彼を人格破綻者と言ったのか」
「もしかして、怒られてます?」
肩をすくめて笑う彼。私は静かに首を振る。
「違うよ。ただ、知りたいの」
朽葉クンを───知りたい。
唐突に、自分すら予期していなかったそんな思いが湧き上がった。
普段の知的好奇心とは違った何か。名前をつけたくないと思えてしまう感情。
凪霞クン。彼は私よりずっと、朽葉クンを知っている。だから、私は凪霞クンを引き止めた。彼の口から教えてもらうことに賭けて。
「俺は秤とは3歳の時からの付き合いですけれど、昔はもっと素直な男の子だったんですけどね」
「………」
それはそうかも知れないけれど、誰に言われてもキミにだけは言われたくないだろう。今は素直じゃないなんて。
「ハハッ。俺のどこが素直じゃないって言うんです?」
「少なくとも素直な人はそんなこと言わないよ…。自分が素直だなんて。──ジョークでしょ?」
「冗句ですよ。まあそれはともかく、アイツがおかしいのは生まれつきじゃないってことですよ」
おかしい────か。
確かに彼を無個性だとは言わないけれど、それでもこの凪霞クンほどには強烈な人間ではないと思う。勿論いい意味でだけれど。
「彼のどこがおかしいって?」
「え?あぁ────ホントに知らないんだ……」
でもそれならなあ……
意味深長に呟いて頭を掻く。
「それなら、俺の方から勝手に話すのも気がひけるんですよね。もし秤が知られたくないことだったら」
なるほど。
少なくとも一つだけ、わかったことがある。
凪霞クンは嘘つきかも知れない。
けれど少なくとも、口は固いようだ。
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