雨上蒼也。そして桜庭奏の述懐
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「あんた、確かB組の朽葉だったっけ?」
「そうだけど。そっちは雨上であってる?」
この人、どうして僕の名前を知ってるんだろう。先程の『リア充は死ね』発言にしろ、慧悟と同種の変人の予感がするんだけど。
身長は僕より少し高いくらい。なのでそこまで高くない。ちょっと癖の強めの髪質をお持ちのようだ。しかし髪の長さも相まって、遠くから見ると女子に見えるかもしれないほどの柔和な顔立ちをしている。
遠くから見ると男子に見えるほど凛々しい顔立ちの龍宮さんと並ぶとどう映るのか少し気になる。
「委員会の最中まで押しかけてきて何の用だ?」
なんというか愛想はいい方ではないな。
長居は無用。さっさと催促状を渡す。
「図書委員の仕事。これ催促状だから、できるだけ早めに返してくれ」
「あ、お前図書委員か。道理で見た顔だと思ったよ」
それはご丁寧にどうも。ちなみに僕は目にしたこともないけれど。
「邪魔して悪かった。早めに返してくれればいいよ。じゃあ──」
さっさと帰ろうと思った。
しかし僕の目論見は叶わなかった。
具体的に言うと腕を掴まれた。
「まあ待てよ。丁度、今その本を持ってるんだ」
だったら催促状が出るまでに返しに来い。
そう言いたくなるほどのふてぶてしさというか強引さだった。
「金曜日の図書委員ってことは桜庭先輩の相方だよな?なら聞きたいことがあるんだ」
そう言って風紀委員会の教室に引きずり込まれる。
僕はこのときまだ知らなかった。
風紀委員会。それは風紀粛清の名のもとに、リア充に鉄槌を下す組織なのだと言うことに───
私、桜庭奏は図書委員だ。
私の通う学校は図書室利用者数が著しく低い。いや借りてる人は居るのだが、それ以外の用途にあまり利用されないのだ。つまり何が言いたいかというと今図書室は私一人だ。
「面倒くさいから行かせちゃったけど、一人になると暇なんだよね」
もちろん暇つぶしの手段がないわけではない。それこそ読書には不自由しないし、現代の若者らしくソーシャル・ネットワーキング・サービスに精を出すのも悪くない。具体的にはインスタなりツイッターなりスマホゲームなり、暇を潰す手段はいくらでもある。
「朽葉クン、遅いなあ」
催促状を渡すだけにしては、ほんの少しだけ手間取っている気がする。何かあったのだろうか。そんなふうに思って、様子を聞くためにメッセージアプリを起動する。
表示される彼のアイコン。朽葉秤。字体を気取ることすらしない、簡潔な表記。
朽葉秤。背の低い後輩の男の子。からかい甲斐のある後輩くん。
でも彼はそれだけじゃない。
類稀なる推理力。
私には思いもつかないやり方で真実を導き出す。
いつもそうだ。
だから彼は、私の可愛い後輩くんであると同時に私の好敵手にもなり得る。
それはあいつ以来、いいや対等なそれは初めてかもしれない。
何にせよ、彼が私にとって刺激的な人間であることには変わらない。たとえ彼にそのつもりがなくても。
と、そんなことを考えていると
ガラガラッ
ドアが開かれる音がする。
朽葉クンが戻ってきたのだろうか。私はカウンターの自席からドアの方に顔を向ける。
「秤ー…って………いないのか」
入ってきたのは朽葉クンではなく懐かしい面子だった。
「あ、先輩。お久しぶりです。秤って居ます?」
「ううん、ごめんね。今はちょっと席を外してるの。久しぶりだね──────凪霞クン」
入ってきたのは、数週間前に図書室を訪れた、朽葉クンの幼なじみ──凪霞慧悟クンだった。
「居ないならしかないですね。急用ってわけじゃないし」
そう言って凪霞クンは一冊の本をカウンターに乗せた。
「返却です。──読んでませんけど」
それは数週間前に私の頭を散々悩ませた小説だった。
「わあ、なんだが懐かしい。私も読めなかったな。──〈常世の夜〉」
〈常世の夜〉
この本、正確にはこの本に書かれた暗号を巡る、私と朽葉クンのささやかな会話劇についてはあまり気分のいい終わり方ではなかった。まあだいぶ前のことだし別にいいと言えば別にいい。
できた先輩は過ぎ去ったことに執着しないのだ。
「答えなくていいけど、興味翻意できくね。──千景ちゃんとはどうなったの?」
「ハハッ。やっぱり気がついてましたか」
うーん。これがもし朽葉クンだったら「興味翻意?なんですかその裏切りを誘発しそうなイントネーション」とか的確な返しをしてくれるのにな。
まあ凪霞クンはどちらかというとボケる側だし仕方ないか。
「千景には告白してもらいましたが、残念ながら保留って形を取ってます。俺も色々あるので」
あれ?
朽葉クンから聞いた凪霞クン像からもっと軽薄な人だと思ってたのに。思っていたより誠実に対応している?
「まああの人格破綻者がいないなら仕方がないか。じゃ、さようなら」
「待って───」
気がつくと、私は彼を引き止めていた。
「朽葉クンが人格破綻者って、どういうこと?」




