林の中
「林の中?────ばかな…」
『ばかな』。そっと首を傾げる。その台詞はその『暗い場所』についてある程度検討がついていないと出ないものだ。しかしそもそも何も分からないから相談に来たのではなかったか。
「その場所は室内だった。天井があった。あれは絶対に屋外なんかじゃなかった」
ああ、そんなことか。けれどそれは大したことじゃない。
「河川敷って住んでる人たちいるじゃないですか」
「ん?あぁ、確かにいるな」
いきなり話が変わって怪訝な顔をしている。
「彼らの家に迷い込んだんじゃないですか?」
彼ら──河川敷とかに住んでいる人たちも、隣接している川が増水しているなら退避するだろう。なら、その『暗い場所』が無人だったのも頷ける。
「どうしてそう思った?」
「龍宮さんが川の周りにそれらしき建物はなかったと言ってたからです。龍宮さんが発見できなかった可能性と、そんなものが存在しない可能性。2つを天秤にかけたとき、後者の方が重かった。とはいえ『りょーくん』が登場してたり傘をなくしてたりする以上、幼き日の龍宮さんの妄想とは考えにくい。
───それにしては緻密過ぎますしね」
良かった。龍宮さんは怒っていない。会話の上で仕方なく龍宮さんを舐めるような発言をしたのでまた殺されるかと思ってヒヤヒヤしていた。
「なら、その『暗い場所』はあくまで龍宮さんが探したときには存在しなかったという可能性が出てきます。これは完全な推測なんですが、約十年前の増水で彼らの家は流されたか、そうでなくとも半壊してしまったのではないでしょうか。そんな憂き目にあった彼らは河川敷は危険だと知った。だから移り住んでしまい、龍宮さんが調べる頃には痕跡すら残っていなかったのだと思います」
一息に推測を話し終わる。心なしか疲れた。とはいえこれはまだ推理の取っ掛かりに過ぎない。こんなに話したのに本題はこれからだ。
「しかし私のいた場所は広かったぞ。偏見だが彼らの家がそこまで広いとは思えないんだが」
いや僕も実物を見たことがあるわけじゃないので憶測と偏見でものを言ってるんですけどね。
「多分それはその家々が長屋方式だったんじゃないですか?この表現で合ってるのかは自信ないですけど、要は家同士がくっついていて子供が通れる隙間とかはあった。だから広いと錯覚したのだと思います」
これも独断と偏見だ。しかし長屋方式にするほど彼らの連帯感が強かったなら、誰一人残らずどこかに移り住んだことも頷ける。
「さて本題に戻りましょうか。──なぜ中野さんが龍宮さんの傘を持っていたのか」
「それはさっき奏が言っていたじゃないか。誰かと待ち合わせをするために目立つ必要があったからだろ?」
そのとおりだ。さっきの先輩の推理も的を射ている。僕には思いつかなかった推理だ。
まあ僕としてはこれで推理を終いにしても良かったのだが。先輩が中途半端な解決を許してくれなかった。
「ごめんね。朽葉クンが言い方間違っちゃった。なぜ中野さんが龍宮さんの傘を持っていたのか。龍宮さんの傘を見つけたのはどこでなのか。いつなのか?5W1Hでの説明するよ」
よく通るソプラノ。聞きやすい、美しい旋律。
それは、真実を高らかに歌い上げるような───そんな推理だった。
「まずはwhat──これは言うまでもなく、傘をのこと。
次にwho──決まってるよね。中野さんのこと。
why──これは一応正解らしきものは出したけど、後で補足するね。
where──これはあの川の下流の方だと思う」
「なぜだ?そもそも私も下流の方はさんざん探したが」
そうなのだ。しかし、その時の龍宮さんは見つけることはできなかったのだ。絶対に。
「その傘は約十年前の増水で、木の上にでも乗っかったんじゃないかな。ううん、わかばが見に行ったときの増水から十年の間、ずっと一つの木の上に引っかかってたんだよ」
「…!────ばかな……!」
十年の間。木の上に。
小学生用の小さな傘が水位の増した川に押し上げられ、両サイドの傾斜に生えた木のどれかに引っかかった。
僕と先輩が出した結論はそんなものだ。
にわかには信じがたい出来事。しかし…
「ありえますよ。傘の向きにもよりますが、先輩の絵を見る限り、ここには無数の木が生えている。つまりそれ以上の数の枝がある。なら、水位さえ足りればそのうちのどれかに傘の柄の部分が引っかかることは十分にありえます」
「津波の地域だとそういうことも結構あるみたいだよ」
傘の柄が引っかかって十年間もそのままだったのだ。よっぽど運のいい引っかかり方をしたのだろう。そしてきっとその間は大きな災害も起きなかったのだろう。
「そして───when。中野さんはいつその傘を拾ったのか。そもそも木に引っかかった傘が落ちてきたのはいつなのか。そしてそれはなぜなのか。結論から言うよ」
それは端的な結論。ただの日付。しかしそこに込められた意味は受け取る人によって変化する。
「傘が落ちたのは1週間前の金曜日かその次の日。中野さんがそれを発見したのはその日から昨日までのいつか」
「なぜそんなことがわかる?」
「簡単だよ。増水で引っかかったものは同規模の増水でしか外れない。覚えてない?先週の金曜日に何があったか」
先週の金曜日。
それは僕が先輩を騙そうとした日。
それは先輩が初めて見る表情をした日。
それは僕が濡れて帰った日。
そしてそれは───約十年ぶりの大雨が降った日。
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