再現
「そうだった……かもしれない」
龍宮さんは昔の記憶を思い起こすように言う。何しろ十年以上前の話だ。その動機なんて忘れてしまって当然なのかもしれない。
かくいう僕も、昔の記憶の殆どは忘却の彼方だ。
「どうしてそう思ったの?」
先輩が僕の顔を覗き込んで訊いてくる。か…顔が近い……
「えっとですね…」
僕は先程の仮定を軽く話す。
「それで、『りょーくん』が『暗い場所』のことも龍宮さんが川の増水を見物しに行くことも知ってたんなら、そもそも『りょーくん』に誘われてそれを思いついたっていうこともあり得るかな、と」
「なるほど。そもそも普通は知っていたなら止めるなり一緒に行くなりするはずだもんね」
そういうことだ。
「そういえば、かなりその場所は寒かった気がする。雨漏りがしていたのか水たまりができていて。あたしはガクガク震えていたかな。そんな中でりょーくんが助けに来てくれたんだ」
まあそれが初恋だとして、その時の思いをずっと抱き続けているわけではないだろう。今、ふと思い出した昔の記憶に想いを馳せているだけなのだろう。
「その後、あたしはあたしなりに傘の場所を探した。けど、それでも傘を見つけることはできなかった」
「具体的にはどのへんを探したんですか?」
「記憶から、あたしのいた場所は川の近くだろうからな。川の近くの建物でありそうなものを探したんだ」
でも、それらしい建物はなかった。
龍宮さんはそういった。
「あとは、そうだな。川の周辺も一通り探したが、それらしいものは見つからなかった」
そうか。ならこの場合、2つの可能性がある。
①誰か、例えば『りょーくん』が持っていって、それが偶然中野さんの手に渡った。
➁中野さんが見つけるまで傘はその場所にあり、偶然中野さんが見つけた。
「どっちだと思います?」
「確かにそういう考え方もできるね」
自分の考えを教えてくれない。
「ちなみに龍宮さん、誕生日はいつですか?」
「どうした急に」
龍宮さんは怪訝そうな反応をした。
「3月だが…」
あ─────そうか。そうだったんだ。どうしてこんな簡単なことが分からなかったんだろう。
「………ようやく─────天秤が傾いた」
「え何?どういうこと?」
困惑する先輩。今回は僕のほうが先に真実に辿り着いたようだ。
「龍宮さん、今でも『りょーくん』に会えますか?」
「?いや、その次の年から来なくなってな…」
「もしかして『りょーくん』は龍宮さんより1歳年上だったんじゃないですか?」
「!………なぜそれを……?」
そんな比較はしてこなかった。こんなに簡単なことなのに。
「どういうこと?」
「よく考えて下さい。どうして中野さんが今になって発見したのか」
「あ───」
どうやら先輩もわかったようだ。
「そっか。一年も前に引っ越してきた中野さんがなぜ今になってその傘を使ってみせたのか。確かにおかしかった」
そうなのだ。単に目立ちたいだけならあの傘でなくてもいい。そして、なぜ今なのか。
「最近でないと発見できない場所に傘があったから」
それは十年ぶりにの出来事。
その傘は文字通り十年ぶりに日の目を見た。
そんな場所にあったからだ。
十年以上前のあの日。幼き日の龍宮さんが迷い込んだ場所。
探してもないはずだ。
消えてなくなったんだから。
その日を堺に。
『りょーくん』のことをヒーローだとか揶揄った僕だけれど、これに関しては素直に認めよう。『りょーくん』はヒーローだ。
それだけのことをした。
女の子の命を救ったんだから。
本来濁流に呑まれるはずだった女の子の命を。
本来二度と会うはずのなかった女の子の命を。
「それは好きになっちゃうよね」
「揶揄るな」
それは本人たちでさえ知らないことだろう。自分たちがどこにいるかわからなかったのだから。
『りょーくん』でさえ、命を救った自覚はないのかもしれない。
「子供って怖いですよ。何をするか分からないですから」
「本当だよね」
僕と同じ結論に達したであろう先輩も同意してくれる。
「龍宮さん。貴女はきっと、川の両サイド──傾斜に生えた林の中にいたんですよ」
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