お兄ちゃん
やはり僕がジョークを弄するのは無理があったみたいだ。僕の身近に慧悟がいるのでつい軽薄な冗談が口をついてしまったのだ。
「なかなか最低だね、キミ」
ジト目で見てくる先輩。
「……覚えてろ…」
まだ赤い顔でこちらを睨んでくる龍宮さん。こちらは本気の殺意をこめている。
「申し開きもございません……」
自動式謝罪人形と化す僕。いや、だって、まさか本当に当たるとは思わなかったんですもん。
「だって──」
「黙れ殺すぞ」
「すみません」
さっきからこの繰り返しだ。言い訳一つさせてもらえない。
「私もさっきのはオッカムのダイヤモンドカッターだったと思うよ」
オッカムのダイヤモンドカッター!?中世フランスの技術すげー。いやまあ言葉の綾だろうけども。
ちなみに元ネタであるオッカムの剃刀は無駄なものと言う意味だ。
「それで、その子のお名前は?」
ドスッ
殴られた。なんで……
「子供相手みたいな問いかけやめろ………ここが江戸城だったら平川門から叩き出してるぞ」
「誰が不浄な存在ですか」
平川門とは別名不浄門ともいい、城内の罪人や死者などを運び出すときに使われたらしい。
「その男の子──少年と呼ばせてくれ──は姉と一緒に夏休みだけ遊びに来ていた」
夏休みにどこか遠くに滞在した経験があまりないのだが、やはり楽しいものなのだろうか。少しだけ羨ましい気がしなくもない。
「親戚の家とかが近くにあったのかな」
「ああ。どうやら祖父母の家があったらしい。彼らの名前は男の子のほうが『りょーくん』だったと思う」
「可愛らしい呼び方ですね……」
ボカッ
また殴られた。なんで……?
「さっき言ったよな……子供相手みたいに言うなって……!」
次言ったら殺すぞ。そんな脅し(予告?)を僕にかけて、龍宮さんは話を戻す。
「音で覚えてたからな。字はわからないし名字も分からない。そうそう、姉の方は『みきちゃん』って呼んでたな」
『りょーくん』に『みきちゃん』ね。『涼くん』と『美樹ちゃん』だろうか。まあ当てはまる漢字は無数にあるし、そもそも『りょーくん』に関しては本名が『りょうすけ』だったりする場合もあるので分からないが。
「その『りょーくん』が例の暗い場所に関係があるんですか?」
龍宮さんは自分がどこだかわからない暗い場所から出るのに『りょーくん』が関係していると言った。なら『りょーくん』はその場所を知っていたのだろうか。もっというと、幼き日の龍宮さんが増水を見物しに行ったことも知っていたのだろうか。
「それはわからない。あたしがそこがどこだかわからずに困っていたら、突然、りょーくんが現れたんだ」
うわぉ。ヒーローだ。これは恋に落ちるわけだ。
「りょーくんはあたしの手を引いて明るいところまで連れて行ってくれたんだ」
……なんだろう。違うとわかってるんだけれど、どうしても何かの比喩というかポエムのように思えてならない。この感想だけは何があっても口に出さないようにしよう。冗談抜きで殺される……
とはいえ、これで幾つか可能性が絞れた。
①『りょーくん』はその『暗い場所』を知っていた。
➁『りょーくん』は『暗い場所』を知らなかった。
考えるまでもない。①の方に天秤は傾く。そもそも➁はおかしいだろう。どんな名探偵かヒーローだよ。
なら次の比較をしよう。
①『りょーくん』は幼き日の龍宮さんが川の増水を見物しに行くことを知っていた。
➁『りょーくん』は幼き日の龍宮さんが川の増水を見物しに行くことを知らなかった。
これも恐らく①だろう。もし➁だとすると『りょーくん』の動線は非現実的なものになる。
つまり、(りょーくんが龍宮さんを直に連れ戻したから)周囲の大人に黙って探しに行く→様々な状況から龍宮さんが川の増水を見物しに行ったと推理→その推理をもとに、見物に行って迷い込みそうな場所をその場で推理。→連れ戻す───のような若干無理のある行動を取らなければならない。なので①のほうが蓋然性が高いだろう。
こうなると、必然的に一つの仮説が浮かび上がる。
───「もしかして龍宮さん、『りょーくん』に誘われて見物に行ったんじゃないですか?」




