傘と坂
伏線パートでーす
「暗い場所、ですか」
なんだか響きからして不穏だ。ここで、2つの可能性を並べてみる。
①先輩が勝手に迷い込んだだけ。
➁誰かに連れ込まれた。
「どうやってその場所から出たんですか?」
「え?あぁ──」
どうやってだっけな。そんなふうに首をひねる龍宮さん。
まさか覚えてないとかないですよね?
「思い出せないな」
「結構重要なんだけどな……ここ」
まあ、特に危害を加えられた様子もなく帰れているからきっと①の方に天秤は傾くだろう。
「ところで先輩、その増水した川ってどんな感じなんですか?」
「んー?」
先輩はそばにあったプリントにペンを走らせた。
「こんな感じかな」
そこに書かれていたのはその『川』と思わしき風景画だった。
「上手いですね」
「頭の中でイメージしてたからね。それさえできれば簡単だよ」
「普通の人はそれができないんですけどね」
とはいえ僕にはそこまでの絵心も想像力もないので大人しく絵図面だけで考える。
「川の両サイドに林があるんですね」
先輩の絵は巧すぎてそれらがどんな種類の木かもわかってしまう。化け物かよこの人。
「うん。だけどはちょっと低い位置にあって、川を挟む傾斜に木が生えてるって感じかな」
なるほど。そんな川なら都会ではないこの地域には割とあるのだろう。多分探せば他にも幾つかあるのだと思う。
「あっ……」
唐突に──本当になんの脈絡もなく龍宮が声を上げた。
「どうしました?」
心配になって聞いてみる。いかに龍宮さんといえどもいきなり奇声をあげる人ではなかったはずだが。
「誰が奇声だ誰が」
「おっと」
心の声が漏れてしまったようだ。気をつけなければ。危うく殺されるところだった。
「お前は今まで何を思ってたんだ?」
「朽葉クンとわかばってもしかして相性良くない?」
「なぜ良いと思った」
「葉っぱシリーズで…」
苦笑いしながら答える先輩。
……どうせそんなことだろうと思いましたよ。
「お前な、『朽葉』と『わかば』だぞ。同じ葉っぱでも仲いいわけ無いだろ」
「言うなれば紅葉と新緑ですからね。季節的にも性質的にも真逆ですよ」
どうでもいいことだが何気に生と死の対比みたいになっている。僕は死か。縁起が悪い。
「それで?わかばが思い出したことって言うのは?」
先輩が訊く。
「あぁ、あたしがどうやってその暗い場所から出たかって話だったよな。そのことなんだが、何しろ遠い昔の話で…」
「前置きが長い。いや永い…」
「散らされたいのか朽葉。──そのhow toを思い出したんだ」
how to。
龍宮さんはそんな風に言った。
「何だったの?そのhow toとやらは」
「…………近所の………ん」
「はい?」
龍宮さんの声は小さくてよく聞き取れなかった。
「わかば、もう一回言ってくれない?」
先輩の言葉に、龍宮さんは唇を一文字に結んで俯いてしまった。
「近所の………っ!………お兄ちゃん……っ……!!」
なんかこの状況にはおよそ不似合いな単語が出てきた気がする。
「え…と…わかば、それって…」
隣を見ると先輩も戸惑っている。それはそうだろう。僕だって戸惑っているのだ。
近所のお兄ちゃん?
それが暗い場所から出ることへの答えになるのか?
「初恋の人とかですか?」
深い意味はなかった。むしろ場を和ませるジョークのつもりだった。『暗い場所から出た』ということを比喩的表現に捉えて『近所のお兄ちゃん』をヒーローに見立てたのだ。
さっきまでのように殺害予告が飛んでくると予想したのだ。
が───
「っ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
結論から言おう。僕の言葉では場を和ませることなどできなかった。しかし少なくとも龍宮さんという初対面の先輩の意外な一面を垣間見れた。
そこにいたのは、怖いイメージの生徒会長ではなく、ただ恥ずかしそうに赤面する女子高生だったのだから。
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