密室
我が式折高校図書委員会では、曜日ごとに仕事のローテーションがある。それは図書委員二人がコンビとなりその曜日の「担当」となるシステムで、ローテーションは一年間変わらない。
仕事。仰々しく物々しく重々しい響きに思えるけれど、主なものはカウンターでの貸し出しと返却された本を棚に戻すことくらいだろうか。
そして僕、朽葉秤はこの先輩、桜庭奏さんとコンビになり金曜日の担当を割り振られたのだ。
「さて朽葉クン、君はこの状況をどう読み解く?」
先輩は悪戯っほい笑みを浮かべた。
「どうって……」
僕は足元を見渡す。
そこには、「死体」と書かれた紙を貼り付けられた某夢の国に住み着く巨大ネズミのぬいぐるみが倒れていた。
僕は先輩とミッ○ーマウスを交互に見比べた。
「ウォルト・ディズニーに何か恨みでもあるんですか?」
「ノン!」
間違ってしまったようだ。なぜフランス語なんだろう。
「その推理は全くの見当外れだよ、ワトソンくん」
英仏米混同してません?その名探偵のように滝から落ちることのないことを祈っておこう。
「まず、それはミッキー○ウスじゃない」
「え…」
「ミッチーマウスっていう図書室の公認マスコット」
それはそれは。訴えられないことを願っておきますよ。くわばらくわばら。
「ところで朽葉クン。ほんの少しばかり唐突かもしれないけれど────密室殺人ってあり得ると思う?」
「………取り敢えず『ほんの少し』の使い方を今すぐ学び直しすことをおすすめします」
流石に驚いた。ついさっきまで外来種の話をしていたはずなのに。けれど、僕はこの人と一年間仕事をしなければならないのだ。このノリにもなれないといけないのかもしれない。
「まあ、ありえるんじゃあないですか。推理ものとかのなかだと、それこそ掃いて捨てるくらい密室がありますよ」
別にミステリマニアじゃないけれど、今までいくつか読んできたミステリの中で密室はたくさん扱われていた。殺人が絡む本格ミステリーで、密室が出てくるものとそれ以外とを秤にかけたなら、答えは明白。───前者だ。それも圧倒的に。絶対的に。
「へぇ…じゃあさ、私と勝負してみない?」
『じゃあさ』?接続詞がおかしくないですか?
「ちょっと待ってください。話が飛躍しすぎてついていけなくなってしまって…一から説明してもらっていいですか」
流石の先輩もこのまま話を続けるほど鬼でも悪魔でもないらしく、僕の言葉に頷いてくれた。
「まずは、コレの話からね」
先輩は何冊かの雑誌を貸出のカウンターに置いた。
「これは?」
それらはかなり古いもののようで、ところどころ汚れが目立つ。
「何年か前に刊行された文芸誌みたい。みたいって言うのは図書室の隅に平積みにして置いてあったから…」
よくわからないのだろう。
それらのうちの一冊を手にとってみる。
「『山河』、ですか…」
「センスを感じるね。国が滅びたのかな」
どうやら彼女はよく軽口を叩く人みたいだ。
それと「国破れて山河あり」。このフレーズ自体は義務教育の内容だから知っていて不思議ではないけれど、「山河」の二文字だけでこれを連想するとは。
なかなか侮れない。
「それで解せないのはそこなんだよ」
何気なくページをめくっていた僕の手は握って止められた。そこで僕は初めて先輩に触れた。温もりを帯びた先輩の手は僕から雑誌を奪い取った。
「ここ」
先輩が示したところに顔を近づけてみる。
文芸誌なので当然のごとく小説が載っている。
〈図書室の殺人〉
その小説はこんなタイトルだった。
「縁起が悪いですね」
僕たちが今いるのは図書室だ。ここで殺人とは。ほんの少し気分が沈む。
「そうでしょ。酷いことに情景描写が生々しいの」
そりゃ酷い。図書室で過ごす者の気持ちを少しは考えてほしい。
「でももっと酷いことがあるんだよ」
先輩は微笑を浮かべた。そして告げた。本当に、どうしょうもなく「酷いこと」を。
「これ、未完なの」
え……
「しかも、探偵による謎解きの直前で」
最悪だ。
日常の謎系なので実際に殺人は起きません。