悪戯書き、またの名を暗号
ミステリーの種類が変わってきます
「──朽葉クンは何らかの理由で〈常世の夜〉を──その中に書かれてある暗号を私に見せたくなかった。
あの本に暗号を書き込んだのはキミじゃないと思う。
どうしてかって?理由は後で言うけど、朽葉クンならそんな面倒なことする必要がないからね。
だけど、誰かが書き込んだものをキミが隠す理由がない。ということはキミは誰か親しい人ににあの本に書き込んだ暗号を隠すように頼まれたんじゃないかな。
だけど、一冊の本を開くことを妨害することは余りにも難しい。これはキミも思ったはずだよ。しかも、〈常世の夜〉は妙なところがあるって私が勘付いちゃった。
そこで私は考えたんだ。普通はどうするか?
普通は持ち去るんだと思う。図書カードに適当な名前を書いて。隠したいんならこんな簡単な事はない。
でもキミはそれをしなかった。
誰かが〈常世の夜〉を無断で持ち出したことは確か。そして朽葉クンがそれを隠したいこと、朽葉クンが〈常世の夜〉の中身を隠したいことは確か。
つまり、朽葉クンは一定時間この本を図書室の中で守らなくてはいけないってことだと思ったんだよ。
なら、これらの縛りのある朽葉クンはどうするか?
そう思って辿り着いた答えがこの『本同士による中身のすり替え』ってこと」
先輩の、耳に心地よいソプラノが真実を紡ぎ出していく。
僕は冷や汗をかくのと同時に、瞬きすら忘れて目を瞠っていた。先輩の語る仮説が、推理が、的を射ていたからだ。
ふと、横にいる慧悟の方を窺う。こいつもまた、先輩の連ねる推理に驚愕の色を滲ませていた。
「どう?私の仮説、あってる?──って、答えてくれるわけないか」
先輩は笑った。ほんの少しだけ、寂しそうに。
「キミがなぜこんなことをしたのか、それは後で聞くとして──」
先輩は〈常世の夜〉の目次ページ、薄っすらと書かれた暗号を指さした。
「これを解読しようか」
僕が隠したかったこの暗号。奴に託されたこの暗号。先輩に見つかったこの暗号。
僕は幼馴染に目をやる。奴は頷いた。
第1ラウンドは僕の敗北だった。けれど、まだこの本の謎──暗号は解読されていない。
──第2ラウンドはこれからだ。
『──ミッケとニアイコールで結ばれるロゴよ。悲しいかな、その性のニュアンスよ。彼のスキルは活かす場所を間違えた。』
これが、目次ページに書かれていた『暗号』の全文である。……………
「どんだけ酷いロゴだったんでしょうね?」
取り敢えず感想を口にしてみる。
「ミッケとニアイコールで結ばれる──そんなにゴチャゴチャしてたのかな」
先輩も僕の戯言にノッてくれた。僕も先輩もミッケとは間違い探しのあの「ミッケ」を思い浮かべている。
「朽葉クンはどうしてこれを隠したかったのかな?」
「隠したつもりはないですね」
我ながら最悪の言い訳だ。汚職疑惑の政治家くらい苦しい答弁だと思う。
「朽葉クンが隠したならそれだけの意味があったってことだよね?」
今更だが人の話を聞かない人らしい。まあ先輩の言うことは真実なので批判できないが。
「前世が、ミッケの同志であるウォーリーの俺から言わせてもらうと、これを書いた人はきっと要領が悪いんだろうな」
「前世?ウォーリーを勝手に殺すな。ちなみに、なぜそう思ったんだ?」
どうせまともな答えが返ってきはしないだろうとは思いつつも、一応聞いておく。
「ミッケを『ゴチャゴチャしてる』って捉えてるだろ?確かにゴチャゴチャしてるものもあるが、それを言うなら俺の前世の方がよっぽどゴチャゴチャしてる。それこそ、ミッケが可愛く見えるくらいな。
ミッケ程度でそう思うならこの人は探しものが苦手だ。そして要領の良さは探しものに出る。したがって、この人は要領が良くない」
完璧な3段論法だろ?したり顔で笑う慧悟にはため息をくれてやった。
「確かにこの文に意味があるならそんな考察もできるかもね。けれどさっきも言った通りこれは『暗号』。きっとこの文自体には意味はないよ」
「暗号──アナグラムとかですか?」
僕はもっとも身近な(?)暗号をあげてみた。
簡単なアナグラム程度なら僕も解いたことはある。
「それは──違うと思います」
僕の言葉を否定したのは──先輩でも慧悟でもなく、少し離れた席からだった。
彼女はメガネに軽く手を触れて、こちらに歩み寄ってきた。
「慧悟くんはさっきぶりですね。はじめまして。
──冴月千景といいます」
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