朽葉秤の追憶、そして舞台は図書室に戻る
回想パート入ります
それは一年前の夏、雨の日のことだ。
当時中3だった僕はこの式折高校に見学に来ていた。
そして僕は途方に暮れることとなった。僕は早速、一緒に来ていた慧悟とはぐれてしまったのだ。
「慧悟、迷子にでもなってるのかな」
そう言って、僕は誰もいない廊下を進んでいた。
雨の降る音が静かな廊下に反響して、心地良い旋律を響かせている。
思えば僕はこのとき、本来中学生が入ってはいけない場所に入っていたのだろう。
僕が迷い込んだのは、偶然にも図書室の近くだったのだから。
だから、聞いてしまったのかもしれない。
だから、見てしまったのかもしれない。
その、図書室から漏れる嗚咽を──
その、泣き腫らした横顔を──
「──────!」
涙を堪えている、先輩の姿を──
そして、僕は式折高校に入った。初めてのクラスで始まった委員会の押し付け合い。僕に提示された選択肢の中で図書委員を選んだのは、あの日みたあの光景が頭から離れなかったからだ。
先輩の嗚咽の理由。先輩の涙の理由。それを知りたくて、僕は図書委員に入った。どれでも良かった選択肢の中からあえて一つを選ぶ理由に過ぎないけれど、それでも僕は図書委員に入った。
そして──
───────僕はまだ、その理由を知らない。
「この本が傷つけられている?」
僕は聞き返した。これは先輩の伏線だ。多分先輩も、本気でそんなことがあるとは思ってないだろう。ただこの本、〈常世の夜〉を調べるための口実に過ぎない。
「根拠とかあります?」
「今のところは無いかな」
「調べるにしても、結構時間かかるんじゃないですか?」
もはや先輩との闘いは、口実の闘いに変化していた。どちらが根拠のある口実を作り上げられるか。──これはそんな闘いだ。
「でも、納得させるだけの仮説は用意してあるよ」
これだから先輩との闘いは油断ならない。息をつく暇もなく、先輩は仮説を展開させてくる。
「ちょっと犯人の立場を再現するね」
「犯人?」
「あ、ごめん。本を無断で借りた人のこと。面倒だから便宜上『犯人』って呼ぶことにするね」
これも先輩の戦略だろう。意図しての『犯人』呼び。本人の精神を攻撃、とまではいかないが刺激することで反応を窺っているのだろう。
「そもそもどうして『犯人』は無断で借りたのかな」
「手続きをするのが面倒だったとか」
「ノン!」
なぜかフランス語で否定してきた。前もあったな、こんなこと。
「じゃあ嫌がらせとか。もしくはただ忘れただけかもしれませんよ」
これは慧悟の言葉だ。慧悟にしては珍しく真っ当な意見を言ったように思える。とはいえ、慧悟の表情を見れば彼が明らかにこの状況面白がっているということは明白だったけれど。
「それも違うね。いい?犯人の状況を考えてみてよ」
「と言いますと?」
「借りる手続きが面倒なわけないでしょ」
「それはなかなか偏見に満ちた御高説ですね。時と場合によりけりだと思いますけど」
例えば、図書委員がカウンターで駄弁っていて借りられなかった、とか。
とはいえ、図書室の本を借りる手続きなんて図書カードに名前を書くだけなのでそれほど面倒でもない。
「というか、それなら勝手に持っていかないんじゃない?」
「じゃあ悪意かもしれませんよ?」
「悪意だったら返ってこないでしょ」
確かにそのとおりだ。そんな良心的な嫌がらせはない。
「うっかりミスなら改めて借りに来るのがスジじゃない?」
「スジに拘らない人かも知れませんよ」
「そうかもね。でもそれなら尚更、そんな人が借りたなら中身に問題がないかチェックしておくべきじゃない?」
「中身に何かしてなんのメリットがあるんですか?」
「それは確認してみないと分からないよね」
ゴリ推してきたな。確かに僕側には先輩のチェックを頑なに拒む口実はない。
「わかりました。確かに確認しておかないとですね」
僕は素早く立ち上がり、書棚から〈常世の夜〉を取り出して先輩に手渡した。
これで確かに、勝敗の天秤は敗北が重くなった。
けれど───
「異常はありました?」
「ない──────」
───天秤はまだ、水平ですよ。
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