勝利条件
「そのタイトルを誰から聞いた?」
僕、朽葉秤は幼馴染の凪霞慧悟に問いを投げた。
「『小説 おすすめ』で検索したら出てきた」
「嘘だな」
僕には分かる。まず、まかり間違っても慧悟は積極的に読書に興味を持つような人間ではない。そして何より慧悟の表情を見ればわかる。…目が笑っている。
「いや友人に勧めれたんだ。いやオブラートに包みすぎたな。正確には『命令』された」
「あぁ、あいつならしそうだね」
恐らくこれは本当だろう。『命令』は言い過ぎかもしれないが、そこまでないと慧悟は図書室まで足を伸ばそうとは思わないだろう。
「もしかして冴月千景さん?」
突如、先輩がそう言った。
「どうしてそれを?」
慧悟は訝しげな顔をした。誰だってそうだろう。初対面の先輩から自分に本を勧めた人を当てられたのだから。
「あいつの、千景の知り合いですか?」
慧悟は冴月のことを千景と呼んだ。それはつまり、かなり仲がいいということだ。
「ううん。これをみて」
先輩は〈常世の夜〉の図書カードを取り出した。
そこには今までにこの本を借りた人の氏名と借りた日の日付が書いてある。
4/17 冴月千景 返却済み
4/7 中野美紀 返却済み
7/15 東雲出流 返却済み
「確かに冴月は借りてますね。でもそのことと冴月が慧悟にこの本を勧めたかは別のことなんじゃないですか?」
「もちろんそうだね。だから借りた日付に注目してみて」
─4/17 冴月千景 返却済み
「凪霞くんは本を勧められて『図書室に』来た。ということは勧めた人は図書室でその本を借りたってことになるよね」
「そうなりますかね」
単に慧悟が趣味でもない読書のために金をかけたくないだけかもしれない。そんな反論が浮かんだが、それを問うことは時間稼ぎにもなりはしないので口には出さない。
奴から頼まれた〈常世の夜〉の死守だが、慧悟が借りてくれるぶんには問題ないと判断する。
それは現代人なら、ましてや読書に興味のない人間ならスマホでネタバレ調べて分かった気になって終わることが多いからだ。
「その人が凪霞くんの『友人』で朽葉クンが『あいつ』って呼ぶ人物なら同学年だと思うのが普通だよ。ということはキミたちと同じ一年生だ。4/8に入学式をしたこの学校の一年生としてあり得るのはそれ以降に本を借りた冴月さんだけだよ」
「あぁ、そういうことですか」
感嘆の声を漏らす。先輩の頭は変わらずキレる。まるで名探偵のようだ。となると心配なのは、その明晰な頭脳が自分に牙を剥かないかということだ。
──乗り切れるか……?
奴からの頼み。幼馴染の頼みは無下にできない。
ちらりと時計をみる。タイムリミットは迫っている。タイムリミットの時間までに先輩に気付かれなければ僕の勝ちだ。
「とにかく借りてみなよ、慧悟。僕が取ってくるから」
僕はそう言って立ち上がろうとした。そして〈常世の夜〉を取りに書棚に向かおうとした。
しかしそれは、制止された。
先輩の一言によって。
「ちょっと待って」
僕は振り返り、先輩に笑みを向ける。
「なんですか?」
先輩は真顔だった。いや、何かを、目に見えない何かを見つめているような顔だった。
そして──
「……再現できそうだよ……真実を」
何事か呟くと、僕に向ける言葉の続きを紡いだ。
「私が取りに行くよ。それに、あの本の中身は確認しないといけないと思う」
「それには及びませんよ。書棚から持ってくることくらい、日が浅い僕にもできます」
「そういうことじゃないから」
思いの外強い口調で言われて戸惑う。僕は何か気に触るようなことを言っただろうか。
「ごめん。怒ってるわけじゃないの。本当に。ただ知りたいだけだから」
そう言って、先輩はいつも通りの笑みを浮かべた。
「まず理由ね。私が心配しているのはあの本の状態が著しく傷つけられていないか。簡単に言うと傷とか汚れがついたり落書きとかがされてないか」
「あの本にそんなことがされているという根拠は?」
先輩は多分、気づいた。僕の狙いに、僕の目的に、僕がこんなまどろっこしいことをする理由に。
そう。僕の当面の狙い、勝利条件、そんな言葉に該当するこれは至極単純なものだった。
「この図書室の中で、〈常世の夜〉の中身を開示させないこと」
これが奴から頼まれた僕の勝利条件。もっと正確に言うならば
「〈常世の夜〉の中にある『謎』を誰にも解読されないこと」
もっとも、先輩がじっくり考えれば〈常世の夜〉の中の謎など解けてしまうだろう。だから「この図書室の中で、〈常世の夜〉の中身を開示させないこと」は事実上僕の勝利条件となり得る。
僕が、勝敗の天秤が勝利に傾くと思える根拠は3つある。
1つ目は先輩が〈常世の夜〉を調べる理由がないことだ。先輩が提示する正当な理由を僕が潰していけば、勝てる。
2つ目は僕が先程掛けた、とある保険のことだ。例え土壇場に追い込まれても、この保険がある限り、ギリギリまで時間稼ぎはできるだろう。
3つ目───僕は面倒くさい幼馴染の方をちらりとみる。そこにいる、協力者のことを。僕にこんな厄介事を押し付けてきた厄介な奴のことを。
天秤はまだ──勝利に傾いている。
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