9.焔王龍
朝食を食べ終えて水分補給をしている頃。
爽やかな平原の風が顔に当たって心地が良い。今は兜を手に持ってるから素顔に風が当たる。涼しさを感じてはいるが、油断はしない。
平和そのものな平原にドラゴンが現れるなんて信じられないが、俺が進路を間違えていない限り近い未来に焔王龍が現れるのだろう。村長が危険視しているから個体としての強さも高いと分かる。
強さの目安はかつて撃退した個体として、戦いを空想する。
村長の占いの正確性は恐ろしい程高い。だから何時でも戦える様に構えているが、陽が上るだけでそれらしい気配はまだ感じない。
火で焼いた魚を骨ごと食べながら時の流れに身を任せる。
今日も昼間には来ないのかとシャルの釣具を触って夜の湖に針を投げたてから数分。
俺は釣具を放り投げ、傍に置いた兜を被って立ち上がる。
「うわっ、びっくりしたぁ。どうしたの?」
視線は彼方に。
息を吐き出して目を細める。
辺りの空気が変わるのを肌で感じ取った。
剣術のスキルレベルを上げるにつれて気配にも何故か敏感になった俺は強い存在が迫っていると気付いてキャンプ地から離れて平原の真ん中に立つ。
無言で飛び出したからシャルは困惑した様子だが、狩人らしく少しの遅れに収めて俺に着いて来た。今は他人に構っていられる程余裕は無い。
それだけの強者が迫っている。
「どうしたの? 何も見えないよ?」
「静かに」
どんどん近付いて来るのが分かる。
これが焔王龍の放つ気配だとするのなら、俺がかつて戦った焔王龍が可愛く思えてくる。強い気配を撒き散らしたソレはやがて空に現れた。
何かしらの飛行するモノはゆっくりと近付くと、シャルもようやく敵を認識出来たのか武器を取り出して構える。
暴竜程の大きさではないが、ソレに近い大きさをしたドラゴン。荒れ狂う業火を彷彿とさせる甲殻に身を包んだソレは間違い無く焔王龍。
目安を少し間違えたかもしれない。そう感じさせるだけの圧がこいつにはある。
「シャル! 援護は任せた!」
「うん!」
狙撃手としての立ち位置に下がったシャルを横目に、俺はアレが村を壊滅させる可能性を秘めた存在だと村長が危惧するのも頷けると思いながら闘気を纏う。
焔王龍は龍にしては低空を飛んでいたから俺達に気付いたのか、それとも闘気に反応したのか、地面に降りると低く唸る。
戦闘に対して感情を乗せているからか闘気は初めから群青色をしていたが、今はそんな事はどうでも良い。
「よお、お前がウチの村を壊すらしいな」
未だ人間の言葉を理解するドラゴンは確認されていないと姉二人から教わっているが、俺が話し掛ければ焔王龍は肯定する様に唸る。
その口からはその名に相応しい炎が漏れている。シャルは今にも射撃しそうだが、俺と焔王龍が睨み合いをしているのを理解しているのか撃ちはしない。
「俺はあの村……壊させる訳にはいかないんだよ」
「グルゥ……」
今にもブレスを吐きそうな焔王龍は二足の脚で地面を数回踏み締める。翼も広げられ、焔王龍なりの戦う準備が整ったという意思表示なのだろう。
俺も鞘から刀を抜いて吹き荒れる群青色の闘気を刀に集める。
研ぎ澄まされた感覚も合わさって、焔王龍の動作一つを見逃さずに眼で捉える。辺りの気配からシャルはブレスの範囲外に居ると分かる。
一色触発。
業火の名残が口から垂れる焔王龍が先に吠える。
「グルゥアアアアアアアア!!!!」
「オオオオ!!」
向こうの咆哮が終わる前に詰め寄って腹を斬るも、刃の通りが悪い。悪いだけで、一応斬れてはいる。
シャルの弾丸も弾かれているのか何度も撃っている音が聞こえるが有効打は与えられた気配がしない。
硬い。
かつての焔王龍との戦いで闘気は無かった。
であれば今の方がかつての俺よりも必然的に強いはず。それにも関わらずこいつは硬いと感じさせる。
月明かりに照らされる濃い紅色の甲殻は硬いと知っているが、肉に近い腹を斬っても硬いと感じるのは、ハッキリ言って異常だ。
斬られた経験でもあるのか筋肉で傷口を塞いだ焔王龍は真上を向いてその首を下ろすと同時に飛ぶ。
ブレスの予兆。
この距離で逃げ切れるかは不明だが焔王龍の癖とも言える動作で飛び上がったソレは鉄をも溶かす業火を吐き出す。
業火の及ぶ範囲は二十メートル程度。熱は感じるが避けて命があればそれでいい。
認めよう。コレは強い。
だが俺は負けない。
俺が勝つ。それは揺るがせない。
遠くでシャルの悲鳴が聞こえた気がしたが、闘気で強化した俺は焔王龍の下を駆け抜けて範囲外に抜けている。
焔王龍はそのまま着地をしたが尾の位置が高いから切断は出来ない。だが俺にはかつて無かった力がある。刀を一度納めてから、真空を纏わせた一撃を抜き放つ。
「絶衝!!」
三日月の斬撃が飛ぶ。
恐らく自身最高の一撃。だから俺はソレが通じると思い込んで斬撃の後を追う形で詰め寄るも、曲げられた尾を纏う甲殻に渾身の一撃が弾かれた。
その事実に、一瞬足を止めた。
止まったのは一瞬だが直ぐに動けた。だけど向こうの反動をつけた尾が振るわれるのを避けきれずに受け止める形でその振るわれた一撃を喰らう。
人間の足よりは太いであろう尾は強い衝撃を俺に与える。
そのまま吹き飛ばされた俺は地面を転がされる。
村の職人連中にそろそろもっと硬い防具の要求をした方が良さそうだと自分の現状を何処か他人事で考えながら立ちあがろうとすると口の中に何かが迫り上がって吐き出される。
「あー……ゴフッ、最悪だ」
そこそこ多い自分の血液。
内臓がやられたと判断し、即座に薬液を飲むと身体の倦怠感と僅かな疲労が取り除かれる。
受け身は取れたが僅かな硬直の隙とタイミングが合った一撃は堪える。久しぶりに戦いながら痛いと思わさせられた。
「シャルには少し荷が重いだろうよ」
「アーサーくーーーーん!! 助けてーー!!」
「だと思ったよ」
群青色の闘気は、まだ鎮まる気配は無い。一度叩かれた程度で戦意を失う弱腰になった覚えはないし、寧ろ一撃もらって少し考え過ぎていたと冷静になれた。
飛び回って好き勝手動く焔王龍に向かってアーツの複合をしない飛剣を放つと翼膜に当たって少しの傷が生まれる。
落ちるには至らないが、ターゲットをシャルから俺に変えた焔王龍は一度天高く舞い上がると地面に業火を吐きながら低空飛行をしてきた。
そんな戦い方もするのかと内心で笑いつつ刀を納めて全力で逃げに徹するとなんとか範囲外に出られて命が繋がる。
正直こいつを倒すか撃退させるかはかなり難しい。
先ず俺とシャルが有効打を与えられない時点で向こうが圧倒的に有利。空を飛んで連続ブレス付き飛行なんてされた暁には辺りが焦土と化す。
だけど狩人にはやらねばならない時がある。
腰のポーチに手を伸ばして閃光玉を左手に握って何時でも炸裂出来る様に構える。
俺とシャルの逃げは厄介だと悟ったのか地に足を付けた焔王龍は今でも遠くに逃げるシャルではなく俺に目を向ける。突進でもするのか両翼広げた姿は威圧感の塊だ。
だが、俺に眼を向けた事に変わりはない。
向こうが好きに動く前に閃光玉を投げ放つ。
「グルゥ!?」
突然の発光に眼が潰れたのか立ち止まる焔王龍に向かって駆ける。近付けば飛びかかって脚を斬り裂く。背中を中心にして広がる甲殻は腹部や脚には纏われていない。
闘気を全て刀に回せば斬れない相手でもない。
腹と比べると脚は硬いが、目を眩ませる今の内に斬れるだけ斬ると視界が戻ったのか焔王龍は一度空に逃げる。
中々賢しいと舌打ちをすると突然細い灰色のロープが焔王龍に向かって伸び、それが絡まった結果落ちた焔王龍は踠くと余計にロープが絡まるのか悪循環に陥っていた。
「アーサーくん! 少しは止められるから!!」
「ははっ、最高だシャル!!」
無様に転がる焔王龍に向かって刀を振り下ろした。