7.仲間になるのか?
暴竜のパンプアップをこの目で見るのは二度目だが、実際に戦って味わうと他のドラゴンからも恐れられるのが良く分かる。
闘気を習得してなかったら戦いは長引いていただろうが、今の俺であればこいつが止まれば斬れる。刀に纏う闘気は吹き荒れていて、良い感じに集中出来てるから冷静な判断も下せる。
妙に冴えた俺は暴竜がブレスを吐くと気付いて女性狩人に逃げる様に指示を出す。俺も周囲がガスに覆われると分かったから逃げる。
いきなりの避難指示でも戦い慣れているのかブレスの範囲外まで出れたらしい。爆発音が数回鳴るも、硬質な音が響く。
これが暴竜が触れてはならないとされる理由。
筋肉による鎧で襲い掛かる相手の爪牙を弾き、大抵の刃物を通さなくなる状態。こいつが他者の縄張りでも我が物顔で歩けるのは絶対的な鎧を持ち合わせているから。
村長にはコレと敵対する未来も占って欲しかったが、それでも焔王龍を優先したという事は俺が勝つと思っての事か、はたまた見えていなかったのか。
とにかく暴走状態とも呼べる暴竜が止まるのを待てば、闘気が白銀に戻る。流石に永続的に強化するアーツでは無いらしいが、通常時よりも鋭い闘気に変わりは無い。
不安はあるが、斬れる。
「眼球なら脆いはずだ! 当ててくれ!」
「うん!!」
射撃を続ける女性狩人が動きながら弾を入れた板状のモノを差し替えていたからあの板に弾が詰まっていると仮定して俺は暴竜の前に立つ。
射線に被れば弾丸をこの身体に喰らうが、こいつを止めるには俺が前に立つしかない。
「ガァアアアアアア!!!!」
暴竜は俺を見ると辺りを揺らす怒号を、上体を逸らして上げる。
刄王竜よりも五月蝿く感じるが俺は先程負傷させた脚を狙って斬撃を放つ。声の圧に負けて真空波は掻き消されただろうが飛剣は発動している。
三日月の斬撃は暴竜の脚を捉えるが、野生の勘でも働いたのか避けられる。
「ガァアッアッアッ!」
「人間みたいな奴だなぁ……!」
小躍りする様に駆け出した暴竜は人間の出せる速力を超えており、俺がその動きに翻弄されていると暴竜が突然笑い声を消して硬直する。
何が起きたのか理解出来なかったが、女性狩人が真剣な顔で武器から煙を吐き出しているのを見て眼球か、運良く脆い場所を狙撃したらしい。
そう判断した俺は白銀の闘気を刀に纏わせて暴竜の腹を横に斬り裂く。
夥しい量の血液が噴き出すが、闘気が鎮まったから敵が死んだと判断してその場に座り込む。
モロに血を被ったが運良く雨が降り出してくれたお陰で少しは竜の血が落ちる。暴竜を倒す日が来るとは思わなかったが、仲間が居るとこんなにも安定して狩れるのかと思いながら功労者を見ると今にも魂が抜けそうな様子をしていた。
「おいおい! 倒したのに死ぬな!!」
「……ハッ!?」
「気付い――」
「倒せたんだね!? 生きてるよね!?」
「倒せたから俺を揺さぶるなぁぁぁ!!」
解放されてゼェゼェと息を乱しながら女性狩人を見れば雨か涙か目元が濡れていた。年上の、しかも異性に泣かれる現状をどうにかする手段を持っていない俺は無言で暴竜の解体を始めた。切り分けた素材を置いて荷車を引き寄せて、解体第一陣を積み込む。
死ねばこいつも弛緩して柔らかいからナイフの通りは良い。全てを載せるには大き過ぎるから、牙と爪を切り出してある程度の肉を荷車に積む。残りは自然がどうにかしてくれるだろう。
「あ、ねぇ! 君もハンターなの?」
落ち着いたのか女性狩人が俺に話しかけてくる。
隠す程の事でも無いし、何より悪い奴じゃないと俺の勘が告げるから肯定してから何か問題でもあるのかと問うと女性狩人は小声で喜んだ。
何を期待しているのやら。
「ここら辺に明るいなら村を紹介して欲しいなぁって。私は旅するハンターだからね。もし良かったら君が帰る場所を教えてくれたりしないかなぁ〜……」
旅する狩人という言葉に少しだけ羨ましいと思ったが、直ぐに応える。
「構わないが、ウチの村に客をもてなせる余裕は無い。それに俺はついさっき焔王龍を倒す為に出てきたからしばらく戻る気はない」
その言葉を受けた女性狩人は自身の装備を確認すると荷車を引くのを変わると言いだした。引き手を持つと、女性狩人は満面の笑みで此方を見る。
持ち逃げする様な奴なら飛剣で殺しているが、共に戦えば大体の為人は分かる。呆れた視線を向けると女性狩人は自信に満ちた表情となった。
「何が目的だ?」
「強い前衛は何人も見てきたけど、君みたいな強さは誰も持ってなかったから、一緒に行動しようと思って。こういうのは後衛の仕事だからね」
「仲間になるのか?」
これまでずっと一人で狩りをしてきたから仲間が出来るなんて全くの予想外。
それにいきなり、しかも開拓外領域で出会った人間と仲間になるとは思わず問いかければ女性狩人は少しだけ悲しそうな顔をする。
感情が分かりやすい奴だなと思っていると震える声で言葉を紡がれた。
「もしかしてダメだったりする……?」
「構わない。だけど俺に弾を当てるなよ。あと、今日はもう雨が酷いから夜営の準備だ。水場とか知らないか?」
「逃げてる途中で川があったよ。案内するから行こっか」
「ああ、その前に名前聞いても良いか? 俺はアーサー」
「私はシャルロッテ、シャルでいいよ。よろしくね!」
「ああ、よろしく」
知り合いの狩人とですら共に狩りに出た事が無いから初めてのチームプレイに戸惑いつつ森へと進む。
中は静かなもので、暴竜が暴れ回っていたから小型ドラゴンも潜んでいるのが分かる。
キノコや薬草になりそうな素材が多く生えるこの森は楽しめそうだと見ているとシャルの言っていた川に辿り着く。そのまま此処をキャンプ地としたら夜に襲われる可能性が高い。
川を上っていくと隠れるのに適した場所――木々に覆われて茂みで視界も遮れる空間――を見つける。
「此処とか良いんじゃないかな?」
「そうだな」
荷車を置いてもらってその場に座るとシャルは何処から取り出したのかテントを設置し始める。慣れた手付きなのは流石移動する狩人だなと感心して見ていたけど、俺は俺でする事もあるから荷車に載せた空の水筒三本に川の水を汲んでから全身の血を洗い流す。
装備を脱いでしっかり落とすと、シャルが何やら独特の香りを発する何かを焚き始めたので装備を付け直して向かうと入り口の近くに何処に隠していたのか香炉を置いていた。
知り合いの狩人がドラゴン避けの香炉があると言っていたから恐らくそれに類似するモノなんだろうな。
向こうの準備はそれで全部終わったのかテントの中に入ったのを見た俺はいつも通り荷車に乗せた火打ち石で火を熾して暴竜の肉を焼き始めた。筋肉質だから食べ応えがありそうだと焼け具合を見ながらシャルの分も用意すると丁度良い頃に出てきた。
「アーサーくんもテント使っていいよー」
「そうか。俺もシャルの分の肉が焼けた所だ」
「わぁっ、食べて良いの?」
「焼き立てが一番美味い。肉はまだあるから足りなかったら焼くといい。幸い此処は雨が届かないから火は長く保つだろうからな」
「ありがとー」
俺が大口を開けて暴竜の肉を食べ始めるとシャルは小さな口で食べ始めた。姉二人曰く俺は一口がでかいらしいが、シャルと比較すると確かに大きく感じる。
そうして俺が二つ目の肉を焼いて食べ終わる頃にシャルもようやく一つが食べ終わったのか満足そうな顔をしていた。
さっき汲んだ水を飲んでシャルに渡すといつの間に用意したのか自分の水を飲み始めていた。
「シャルは何処に物を持ってるんだ? 俺は水筒とか火打ち石は見ての通り荷車に積んでるけど、テント一式を背中に持ってた様には見えない。スキルか?」
「薄々思ってたけどアーサーくんって収納のスキル取ってないの?」
「そういえばそんなスキルもあったような……?」
「取った方がいいよー! レベルに応じて仕舞える量も増えるからあるとすっごく便利! 今の戦力で充分だと思った時に取ったら世界が変わったもん」
「考えてみるよ。それよりもそろそろ日が沈む。夜行性のドラゴンが出るだろうから、シャルが先に休んでよ。寝てたら起こすから」
「え、いいの?」
「ソロハンターは先に休めないものだ」
そう言うとシャルは納得してくれたのかテントの中に入って行った。
俺は一週間程度なら寝なくても支障は無い。だから一人でいつも通りに夜の時間を過ごした。
夜中には晴れたのか空を見れば星が輝いている。だから朝陽が木々の隙間から見えるまで此処に何が来ても良い様に構えていたが、結局何も来なかった。
木々の隙間から漏れる朝陽を拝んでからシャルを起こした。
流石に一人用のテントと思われる中に入る気は無いから外から声を掛けたが、寝起きは良い方なのか武器を持ちながらしっかりと目覚めたシャルが出てきた。