5.村にて
薪割りをした翌日、村でかなり大きな敷地を有する――それこそ農場を除けば恐らく一番広いと思われる工房では一部の職人達が最早怒鳴っているのではないかと思う声で意見を交えていた。
「その爪に塗るのは別の触媒だろうが!!」
「この前の試作で変えるって言っただろーが!! 話くらい聞いとけやぁ!!」
「鉱石との配合ってこれでいいのか!?」
「それはまだ試してねぇ!! 後だ、後!!」
騒がしく作業をする集団の他にも作業台を囲んで話し合う職人達も居る。こっちは俺が持ち帰った鉱石とか鱗、爪、牙、角を精査しているのか色々と手元で試している。
ナイフを当てたり、軽くハンマーで叩いたり。
それぞれが得た情報を竜皮紙に書き込んでいるのか羽根ペンもかなりの速度で動いている。竜皮紙は草食竜の皮から造られたモノで、羽根ペンはその色から剛翼竜のモノだと遠目に見ても分かる。
自分が持って帰った素材がこうやって活かされるのは見ていて楽しい。
また外に出た時は面白い鉱石やら素材を持って帰ろうと思っていると、工房の奥からモールデンが出てくるのが見えた。軽く手を上げてみると向こうも工房を見学する俺に気付いたのか軽く右手を上げて応えてくれた。
左手には俺の愛刀が握られているから、これから研磨するのかと思ったがどうやらそうではないらしい。俺の方に歩いて来ると俺の膝に刀と防具を乗せる。
「ほらよ」
「おお、もう終わったのか?」
「ったりめーだ。昨日久しぶりに家に顔出したら武器の修繕をしろって急かされたからな」
「そうか」
「お陰で寝不足だボケ。肉を寄越せ、肉を」
「それは困るなぁ」
モールデンも椅子を引っ張って忙しなく動き回る職人達の様子を遠巻きに眺め始めた。
ここ最近俺は狩り、モールデンは工房で開発というすれ違いで中々こうやって肩を並べる機会が少なかったから久しぶりの友との穏やかな時間に安らぎを感じていると、モールデンが口を開く。
「新しい刀はまだまだ先になりそうなんだよ」
「今の刀があれば大抵の敵は斬れるぞ?」
「そうじゃねーと俺達も困るが、どうにも俺の奥方はお前のアーツに耐えられる武器を作れとうるせぇ。だから――」
「モールデン! 暇なら手伝え!!」
「おー怖っ。ま、特に大事な事でもないから忘れてくれや。じゃあな」
何を言おうとしたのかは分からないが、昨日の村長の話と合わせると俺がアーツを連発するドラゴンが現れるという事だろうか。
姉二人が滅の字を与える竜は自然現象を司る危険なドラゴンだと認識しているが、もしも現れるのであれば二人からそれらしき忠告が事前に飛んで来るが、昨日はソレは無かった。
もやもやするが、どうしようもない。
俺は頭が良い訳じゃないから、そういう難しいのはソレが得意な人に任せるとして再び工房に目を向けると俺が目を惹かれた素材をどうするかの話し合いが始まっていた。
俺としてはかなり期待出来ると思ってるから是非次の刀に組み込んで欲しい素材だ。
「この骨は硬度も密度も恐ろしく高いぞ……」
「今までの刄王竜とは違う色をしているな。異常に発達した角と合わせて新しい刀に組み込めばより強いモノが出来るんじゃないか?」
「簡単に言うけどなぁ。どう扱えばいいのかも皆目見当が付かんよ」
「刄王竜の骨があったろう。アレと比較だな」
「いや、これは確かアレと似てたぞ。あの双子が名付けた……なんだったかな。とにかく硬いヤツだよ。アレ、あの灰色の皮のヤツ」
「とにかく試片を全部引っ張り出せば良いんだ。行くぞ」
何人かが奥に向かって歩き始める。
全部引っ張りだしてテーブルの面積は足りるのか少々不安だと思いながら見守る。
今までの素材は工房に預けてある。だけど性質の似た骨なんてあっただろうか。灰色のドラゴンは何匹か居るが、素人からすると目を惹かれるかどうかしか違いが分からないな。
身体を動かしていた職人達は火を熾したのか熱風が辺りに広がる。秋の穏やかな気温に加わるとやや暑いと思うが、職人達は鉱石を溶かすのか型に並べた鉱石を炉の中に入れていた。
アレはこの前の素材集めの旅で新しく仕入れた鉱石の一つで、かつて街として栄えた時の資料から今の俺が装備している愛刀に使われた鉱石よりも優れているらしい。
なんでも硬くしなやか、鋭い刃物に向いた鉱石だそうだ。確か名前は翠煆鉱だったか。強い衝撃を与えると熱を生む事からその名が付いたと聞いた記憶がある。間違ってる可能性もある。
そのまま鉱石として使うには不純物が多いから溶かしてソレを除去するとか色々あるみたいだけど、素人には着いて行けない分野の話だな。
これ以上俺が居ても視線が鬱陶しいだろうから椅子を戻して退散しようとすると工房の近くに居を構える道具屋と一緒に住む薬師の一人が俺に近寄って来る。
まだ六歳程度の子だけど、将来有望な薬師の卵だと言われていたな。
「あのー……」
「どうかしたか?」
「薬草の匂いがするってお姉ちゃんが言ってて……」
「ああ! そうだ。今から届けるよ。ありがとな」
思わず頭を撫でるとその子は立ち去ってしまった。
小さいとは言え女の子。髪は女の命と言われる程だから触れるのはいけなかっただろうか。
とにかく家にある薬草を回収して薬師の建物に向かう。さっきの子が伝えてくれたのか人が立っていたから渡そうとすると、その後ろから日に当たらない所為で白い手が伸びて俺の事を捉える。
「アーサー……薬草も鮮度が命なんだがねぇ」
「アハハ」
「武器を優先する気持ちは分からないでも無いが、次からはきちんと渡しておくれよ。農場で栽培出来るとは言え、限りはあるのさ」
「悪かったよ、マラヤ」
薬草を受け取った人と一緒に裏に帰ったのは薬師長のマラヤ。他の薬師が「薬師」というスキルなのに対してマラヤだけは「錬金」というスキルで道具屋の手伝いもしている影の功労者。
俺は少し苦手意識があるからつい薬草類の提供が遅れるけど、未だにしっかりと怒られた事は無いのでいつもヒヤヒヤとしている相手でもある。
さっき俺に尋ねてきた子はマラヤの子供で、同じく「錬金」を持っているから暫くは狩人も安心して薬関連と道具を任せられる。
最近では効能のみを強化した薬液の改良品に着手していると道具屋の店主サラが言っていたから密かに楽しみにしているが、それでもマラヤに慣れる事は無いだろうな。
「今から農場に行くよりも……見張りの具合でも見ようかな」
見張りは男衆が交代で村の柵に近い所にある二つの櫓で行われる。
それに上って見張りの男性に軽く会釈をすれば位置を譲ってくれる。狩人と一般人では視野の広さが違うそうで、俺が来たら譲るのはルールみたいなものらしい。
櫓には据え置き式長距離木製槍弾射撃用弩砲――バリスタが設置されているからある程度の小型竜なら未然に脅威を防げるが、射角に限度があるから柵を破って下に潜られると俺が対処しなくてはならない。
そんな見張りを掻い潜って柵に傷を付けた存在にも興味があるが、今は真面目な見張りの時間。一通り見渡して異常が無い事を確認してから戻る事を告げると男性は気の良い笑顔で応えてくれた。
「あ、アーサー」
「シロ姉、一人か?」
そう言うと後ろから女性らしく柔らかな身体が後ろから抱き付く。
「だーれだ」
「相変わらず気配を殺すのが上手な事で」
「褒められた」
「いーなー」
この二人が現れたって事は次の焔王龍は気を付けた方が良いのか。予期せぬ強敵と戦う前は高確率で一緒に居る。
先の刄王竜との戦いでも寝ようとしたら俺の家でくつろぎ始めたから、少し構えているとシロ姉が微笑む。
「アーサーの思ってる事とは真逆だよ。焔王龍なら時間を掛ければ今のアーサーなら勝てるからね。今日はプレゼントがあるんだ」
「農場に併設された所で見つけたから、あげる」
それはネックレスに加工された貝殻。
巻き貝の一つなのだろうけど、俺は貝殻博士じゃないから見たままのオレンジ色をした拳大の貝殻としか分からない。
「お守り」
「次の戦いも頑張ってね」
それだけ言うと二人は去って行った。
折角加工されているから首に掛けると慣れない装飾品に違和感があるけど、慣れれば気にならないなと思いながら今日はもう家に帰った。