19.採取
朝陽が顔を出すよりも先に、俺は慎重に歩いていた。
俺にしては珍しく足音を殺すゆっくりとした歩き方だが、ソレには理由がある。
手にするのは大きな楕円をした茶色で、所々模様の入った球体。朝陽が無くとも光沢を感じさせるソレはこの世で――俺の村での話だが――珍味として重宝されるもの。
村長の好物としても知られるソレはまだ暖かさを感じさせるから出来立てである事が窺える。
だがそれはあまりにも危険なモノ。
バレたが最後、生み出した存在は怒り狂って俺をどこまでも追いかける事は目に見えている。だから少しの間は物音を立てずに歩く必要がある。
特大の厄。
そう、ドラゴンの卵。
年に一度は食べたいとあの村長が仰るものだから俺は危険を冒してまでドラゴンの卵を手にしている。
それも今回は大型ドラゴン――水龍の卵。
運良く巣穴を見つけたから眠る水龍の隙間を掻い潜って三つある卵の内一つを勝手に拝借した次第である。
因みにこれでドラゴンの卵は四つ目。そろそろ普通の狩りを始めても良さそうな頃合いでもある。俺もこんなリスクは何度も冒したく無い。
小型ドラゴンは穏やかに眠る隙に暁鐘で楽に殺してやれば簡単に卵を手にする事が出来る。
だけど三十メートルを優に越える大型ドラゴンの卵を奪うなんて真似は数年に一度にしよう。試しにやってみたが、あまりにも精神的疲労が大きい。
特に大きな問題も無くキャンプ地まで辿り着き、卵を荷車に載せると今までの中でも三指に入る大きさの卵が俺の目に映る。簡単に割れる代物ではないが、肉で周りを囲って何となく支えを作る。
「さて、他にも今のうちに採取しますかね」
朝陽が上る寸前は狩人なら常識でもある、所謂稼ぎ時。
新しいキャンプ地から鉱脈はそれなりに近いから背中に携えた採掘道具を手にして地面を駆ける。
俺の記憶が正しければ、この近くには金や鉄の取れる鉱脈がある、はずだ。
地図なんて無いうえに、久しぶりに訪れるものだから少し不安ではある。だが歩いていればいずれ見つけられるだろう。
眠るドラゴンを起こさない様に。しかし素早く動き回れば何となく見た記憶のある景色が広がる。
流石のドラゴンも鉱脈付近を寝床にはしないのか岩壁の近くにはドラゴンが居ない。
鉱脈から何かを食べる鉱玉竜とかに襲われるのは、ドラゴンからしても厄介なんだろうな。
俺もそこまで大きくないと油断して戦った時は危なかった。
そんな厄介なドラゴンが居ない事を確認しながら進む。
いつでも刀は抜けるから、完全な不意打ちでもない限りアーツで先回り出来る。
こういう時に「先の先」は役に立つ。
俺のリーチに入った存在に自動的に対処するこのアーツは探索系統では無いが、俺は斬術にしか振っていないから応用して探索に活用している。
「さて、そろそろ見えると思うんだがな。それらしき窪みが――あったあった。早速掘りますかぁ」
先の先は武器を持っていなくては発動しない。ツルハシが武器となるかは分からないが、試した事が無いから此処からは未知。
ドラゴンに襲われない保証は無いが、その辺はアーツに頼らずとも気配を読めば何となく分かる。伊達に斬術に極振りしていない。
ツルハシを振り下ろして岩壁に打ち立てると、岩が削れる。
様々な石で構築されているのか綺麗に剥離する石もあればツルハシの刺さった箇所から崩れずに残る石もある。
かつては此処で多くの鉄を見つけたから今日も同じく。そう思って一振りすれば早速金属特有の光沢を宿した塊が出るわ出るわ。
今日も良い採掘結果が得られそうで俺は嬉しい。
「ドラゴンは……まだ起きてないな」
背後に不安はあるがそれでも鉱石の為に掘り進める。
星の結晶も見えたが、今は大きな獲物が出るまではとにかく掘り進めるのを優先。
しばらくして地面を見る。
掘り進めればかなりの岩が崩れたのか地面には屑が散る。しゃがんで使える鉱石を集めれば、竜皮の袋にもそれなりに溜まる。
その中には、良く見れば金も混ざっている。
かつては金に大きな価値があったらしいが、ドラゴン現る今は実用性の乏しい金属は無価値も同然。
金は無視して掘り進める。
だけど金があるのは鉱脈としても優秀な事をこの世界では示している。だからそういう意味では大事な資源でもある。使い道は無いが。
ザクザク掘っていると翠の鉱石が現れる。
刄王竜と相性が良いらしい翠煆鉱だ。まだ見えただけで、大きさは分からないが大きなモノが取れそう。
翠煆鉱の周りを掘り進めると他にも紅色や紫、謎に発光する鉱石、見る角度で色が変わる鉱石がついでに集まる。
だけどまだまだ奥に繋がる翠煆鉱。いっそ断ち切ってしまおうかと思ったがここまで掘ったのならと思って左辺を大きく抉ると、ポロリと落ちる。
「これは、中々のサイズじゃないか……?」
推定十五センチ強。
純度も高そうな翠煆鉱は良い収穫だとして、そろそろドラゴンが目を覚ますからなるべく視認されない様に帰る。
道中岩から生えるキノコもあったから取れるだけ取ってキャンプ地に帰還。朝の収穫は中々のものだと見ていると、再び気配を感じる。
「出てこいよ。そこに居るのは分かってる」
「ガルル……」
この前と同じ体毛をしたオオカミが現れる。
俺が不在の間を狙われたら食い荒らされていただろうが、今この場には俺がいる。
たかが衰退した種族に負ける程、俺は弱くない。
「俺はドラゴンと戦うのが本職だが、俺の収穫をじゃまするのなら躊躇無くお前を斬る」
「ガルゥ」
一つ鳴いたオオカミは綺麗にその場に座ると、俺を見つめる。
「先日の攻撃は中々のものでした」
「喋るオオカミ……? スキルか?」
「いえ、私は相応しい者の前に現れる存在です」
「名前は」
「ありません」
何を以ってして相応しいと見るのかとか、この前殺した奴とはどういう関係なのかとか、色々聞きたい事はある。
だが、目の前のこいつからは敵意を感じない。
俺が刀に手を掛けているにも関わらず闘気が発動しない、その事実がよりソレを強く表現させる。
オオカミに近寄って頭に手を置けば気持ち良さそうに目を閉じるから、愛らしいその姿にかつてその下位個体が愛玩動物として親しまれたのが理解出来る。
「私は貴方を語り繋ぎましょう。紡がれた物語はやがて神話となり、それだけで大きな力となります。聞いた事はありませんか? 今から何年も昔に活躍した開拓王の物語を」
「知らん」
「え」
オオカミが呆気に取られた様な声を漏らすから、念を押してもう一度告げてやろう。
大体誰だ開拓王。それなら世界を開拓して村と村の連携を強くするだのする事があるだろう。どうせオルガンで活躍した狩人なんだ。俺は少し知恵がついたから分かるぞ。
「知らんぞ」
「それでは語りましょう。かつて王として――」
「そろそろ朝の狩りだ。お前に敵意が無いのなら見張ってろ。着いて来ても守れる保証は無い」
「あ、それは問題ありません。私の分身を頭に乗せて頂ければ構いませんので。いざという時はここまで避難させましょう」
オオカミの影から新たな小さいオオカミが現れ、俺の身体を駆け上がる。
頭に乗ったオオカミは満足したのだろう。動く気配が無い。
「不思議な奴だ」
「重さも失くしてありますので思う存分動いて下さい。私は落ちませんから。でも、出来れば頭への攻撃は避けて頂けると……」
「分かったよ。とりあえずは信用しよう。これでお前が肉を我慢出来ない獣だとしたら、俺がこの手で――」
信用はしたが、それは仮のもの。
戦意を見せて首を斬るジェスチャーをすればオオカミが喉を鳴らす。
「殺す」
「……肝に銘じておきましょう」