14.冬手前
焔王龍の討伐から一週間と少し。
その時が晩秋という事もあって本格的な冬にはもう少しという頃。
若干の雪も降る中、俺は例年現れる逃げ遅れた個体を求めてシャルと共に開拓外領域に出ていた。
朝早くに出たから見送りは子供以外って感じ。
布団から出たくない気持ちはよくわかる。
そして今日の収穫は子供達の為という側面もある。
だから少しは手に入れたい。俺が小さい頃は凍った魚を食べていたな。懐かしい。
そんなドラゴンは巣篭もりするから、必然的に冬は肉が不足する。
だからこの時期に手に入れば御の字。収穫ナシでも今日は許される程度にはこの時期の狩りは難しい。
だがシャルが小型ドラゴンなら任せてと軽銃――武器について話していると教えてくれた――を構える。
温泉の一件は忘れろと強く言われたから忘れた。という事にしてある。
「いないねぇ」
「大抵のドラゴンは身を寄せ合って休眠しているだろうからな。はぐれの個体が居るかどうか、毎年そんな感じだ」
「そうなんだ。それにしても、寒いね。オルガンは万年春みたいな場所だから全身鎧の人が来たら大変だよ」
「全身金属の鎧なんて重くて動けないだろ。動けても重くて制限されそうだ」
「それがオルガンの一部では人気なんだよねぇ」
「都会は理解出来ないな」
シャルと共に村を覆う形で広がる森の中を適当に散策するが、この森はかつての街が冬の薪が枯渇しない様にと作った人工的な森だからかドラゴンは中々住み着かない。
この前居た草食竜は本当に珍しいパターンで、今日の村周りには何も居ないと俺の勘が告げる。
「少し外に出てみよっか?」
「それも悪くないな。この時期なら凶暴なドラゴンも居ないだろうし、もしかすると西の草原に塊が居るかもしれないな。今年はまだあったかい方だから」
「これであったかいんだ……」
シャルが荷車を引きながら村にある農場で飼われている羊から出来たコートを抱き締める様に小さくなる。
俺は寒いのは好きだからいつもの装備だが、今日は比較的あったかいと思う。今年は暖冬なのかもしれない。
そうなると肉が取れる可能性もある。
軽くとは言え雪が降っている。シャルに滑らない様に注意して小走りで森を抜け、西側に広がる草原に出る。
見たところドラゴンは居るが、食に適した種類は少ない。
「あ! あそこ! マジャノモがソムノプス襲ってる!」
「どこだ!?」
「こっち!」
シャルに先導される形で駆け出せば確かに爬竜種が貴重な肉となる草食竜を襲うのが俺にも見えた。爬竜種は大した肉にならないが、囲まれた二頭の草食竜は宝そのもの。
シャルが荷車を置いて軽銃を構えるよりも俺が白銀の闘気を激らせる方が早い。
「絶衝!」
並んだ二匹の爬竜種に当たり、絶命。
絶衝の威力はまだ大型ドラゴンでしか試してないから低く見ていたがこれは便利な飛び道具だと感心しているとシャルが遅れて一匹の頭に弾を当てる。
脅威から逃げようとする草食竜を見逃すつもりはさらさら無いから此方に向かって来るからそのまま首を落とす。自ら来てくれるだなんて分かってるじゃないか。
「ギャアッギャアッ!」
「ギィィィ!」
血を噴き出し倒れる草食竜に迫る爬竜種に向けて闘気を向ける。今の俺は肉を求める存在。
お前らに分け与える肉は無い。そして、お前らも肉に変われ。
「お前らも肉だ。肉となって食われてしまえ。肉だ……肉だ!」
「ア、アーサーくん? こわいよぅ……?」
「首を落として肉となれ!!」
爬竜種が逃げ出す前に一匹の首を落とすと最後の個体は怖気付いたのか飛び跳ねて向きを変える。
「それでもドラゴンか!」
足に向けて飛剣を放てば簡単に転がる爬竜種。
服従のつもりなのか腹を見せて残った片方の足と鉤爪の付いた腕を垂らす姿を見て俺は慈悲深くその首に刀を押し当てる。
「命乞いか?」
「ギィィ……」
「さよならだ」
首に刃を滑らせると小型ドラゴンではあるがそこそこの勢いで血が出る。返り血を浴びるが鋭鱗竜は黒いから目立たない。
刀に付いた血を振り払って鞘に戻すと俺が倒すと思っていたのかシャルはそれぞれのドラゴンを綺麗に解体して荷車に載せていた。
これだけの成果があれば村としても大喜びだろう。
爬竜種が食えるかは知らないが、シャルが脚と腹の肉を取り出して載せているから多分食えるのだろう。
不味いなら処理について考えるが、殆どのドラゴンは毒を産出する器官以外は食えるらしいから美味くあれと祈る。
俺が戻ろうとすると、シャルは爬竜種の骨も載せ始めた。
「何に使うんだ?」
「弾の素材にするんだよ。マラヤさんにはもう教えてあるから後は作ってもらうだけ。麻痺弾と拘束弾はもう補充してあるんだ〜」
「錬金で作れるんだな」
「うん! まさか錬金の持ち主がこんな所に居るなんて思わなかったから、有難いよぉ〜。私達狩人は調合までしか出来ないからね」
「調合?」
「……本当に斬術しか取ってないんだね」
呆れられた声をされるが俺としては錬金の下位互換みたいなスキルを取るくらいなその道のプロに任せる。
俺が村を飛び出していれば話は変わっただろうが、こうやって村に貢献するのなら力を伸ばせば事足りる。
「他に要るか? 斬って殺す。解体は何度かやって身に付ければいいし、素材も荷車に載せればいい」
「まあ、困らないならそれもアリなのかな。調合は失敗もするけど錬金は失敗しないのが特徴かな」
「なんだ、ミスもあるのか。それなら要らないな」
「……まあ、価値観は人それぞれだよね」
朝早くに出たお陰で今は丁度昼過ぎ程度。
村からもそんなに離れてないから帰る頃には良い時間だろうからシャルに帰還の旨を伝えると荷車を引き始めた。
自分で引かないのは楽だと思って村周りの森を歩いていると、一匹の幼い草食竜が村の柵近くで鳴き声を上げていた。
「なにしてるんだろう?」
「知らん」
刀を抜いて近寄れば俺に気付いたのか草食竜は幼いながらに俺へと駆け出す。避けて峰打ちすれば容易く昏睡し、俺は最近も似た様な事をしたと思いながら首を落とす。
「え、殺すの!?」
「当たり前だ。アレが大きくなれば狩人以外の存在を容易に殺せるドラゴンの完成だ。それに、子供の肉は柔らかくて美味い」
「えぇー……」
シャルが言うにはオルガンとやらでは草食竜を飼い慣らして物質の運搬や、眠らせたドラゴンを運んだりするのに活躍しているみたいだが俺の村にそんなものは必要無い。
大体眠らせたドラゴンを使って何をするんだ。下手をすれば運び込んだ時に目が覚めて壊滅なんていうオチもあり得る。
都会は矢張り分からないと思いながらこの前の事を思い出して手早く解体すれば各部位の肉が出来上がる。
荷車に載せて運ばさせると、村の入り口に村長が立っていた。
「そろそろ帰ってくると思ってね。今年は取れたみたいだね」
「ああ、シャルのお陰でなんとか」
「ふふっ」
珍しく口元を隠して笑う。
モールデンとは違って上品という言葉が似合うその振る舞いだが、笑われた俺としては疑問でしかない。
「どうしたんだ?」
「いやなに、君が他のハンターと――それも異性と仲良くするなんて夢みたいでね。流石の私もこの未来は見えなかったかな」
「見えないものもあるんだな。まあでも役に立ってるよ。良い腕をしてる、と思う」
「見えないものだらけさ。さて、少し話過ぎたかな。みんなに成果を見せてやってくれ」
「おう」
いつもの場所で肉を得られたと声高に宣言すると冬手前に仕入れられたのが余程嬉しいのか婦人会からは興奮が伝わった。
確かに去年は成果ナシだったからな。
村人の喜ぶ姿は、見ていて悪いものじゃない。
旅する狩人にならなくても良いかなと思ったのはこの歓声や笑顔も一因なのかもしれないと思いながらいつもの通りに分配を任せた。