13.素材
朝日と僅かな拘束感を覚えて目を覚ますとシロ姉が俺の上に居た。
防具を付けたまま寝て良かったのかと聞きたかったが、それよりも俺の上に乗っているシロ姉にまず一言。
「何してんだ?」
「起きるかなって」
「そうか。起きたよ」
「うん。それじゃあ、私達は適当に過ごすから」
一体何がしたかったのか分からないが、村長がいつもと違う態度だと言っていた事が関係していそうだな。
自分の家に帰るとまだ眠るシャルが居た。
防具は外されているから収納したのだろう。便利だが、斬術の方が優先。上げ終わったら取るのも悪くないかもな。
こうやって寝ている姿を見るのは初めてだが、明らかに異国の顔立ちをしているなと改めて感じながら起こさない様に温泉に顔出すとクゥが居た。
クゥも寝てる女性を起こさない心遣い出来るのか湯に浸かりながら俺に左腕を上げて応えてくれた。外に出るとジェスチャーすると、頷いてから身体を沈めた。
「逆上せるなよ」
「グワァ」
「あはは」
家を出て工房を訪ねると、焔王龍の素材について奥で話し合っているのか誰も居なかった。せめてモールデンは居て欲しいが、奥に向かって扉を開けると工房勤めのほぼ全員が揃って素材を鑑定していた。
静かな鑑定。
ルーペで見たり、小さな木槌で叩いたり。実際に手に持って弾性を測るともかつてモールデンが教えてくれた。
「おお、アーサー! 今回の素材は凄いぞ!」
職人の中でも今の工房長――モールデンの親であり、親方の愛称で親しまれる人に見つかり全員が此方を見る。
軽く手を上げるとみんなが凄い素材だの新しい防具はコレで作ろうだの言い出す始末。だが、そういうのは嫌いじゃない。
「ははっ、みんながこの調子ならそれだけ凄いんですね」
「勿論だ。此処じゃあ狭い! いつも通り表でやろう。アーサーはサイズを測ってもいいかな?」
「ええ、良いですよ」
「よし! 早速仕事だ!」
工房は焔王龍の素材でお祭り騒ぎ。俺がバラして持って帰った素材を何人かが手に持つと事前に打ち合わせでもしたのかと聞きたくなる息の揃った動きで外に出る。
俺は親方に押される形で出ると、モールデンが外からやってくる。
「モールデン! 焔王龍の素材についての話し合いとアーサーの身体を測るぞ! お前が測っておけ!」
「はいはい……」
「なんだ、元気が無いな。素材を見れば嫌でも興奮するがな。ガッハッハッ!」
気の抜けたモールデンが俺から防具を取って測定を始める。
何があったのか分からずどうしたのかと問えば村長と共に寝たらしい。寝るだけで疲れるなんておかしなモールデンだと返すとお前はそのままでいてくれと言われた。
「別に明日でも構わないぞ?」
「いやぁ、やるさ。モールデン様に不可能は……あー、狩り以外には多分ねぇ」
「村長の寝相が悪くて何度も起きたのか?」
「それならまだ可愛い方よ。寝相は良いぞ、俺の方が悪い」
一体何があってそんなに疲れるんだ。
良く見ればやつれている様にも見える。気の所為だろうか。
「まあ休み休みやってくれよ。防具の整備もして欲しかったが、明日でも良いし。しばらくは外に出ないと思うからな」
「お前が?」
「肉集めには出るがな。大型の狩りはそろそろ厳しいだろ?」
「ああ、もう冬か」
冬。
俺達の暮らすユポポ村はかつての資料によると四季と呼ばれる変化する季節が当たり前の地域らしい。
春夏秋冬を持ち合わせる地域は珍しく、俺達は変わる季節とドラゴンの対応を毎年乗り越えている。
慣れれば楽しいが、冬は殆どのドラゴンが巣篭もりするから俺としては楽しくない。
中には冬だから活動する種類も居ると姉二人が教えてくれたが、寒空の下戦う気は起こらない。
そもそも冬に活動するドラゴンは何を食べているのやら。
「モールデン! 測ったか!?」
「測ってますぅー」
「そうか! サボるなよ!」
「へーい」
「親方、そんなに急かさなくても俺は大丈夫で――」
「あんまりこいつを甘やかさないでくれ。未来の工房を背負う男が、一夜如きで草臥れてたら話にならんのだよ」
「はぁ、まあそう言うなら」
本当に昨日何があったのだろうか。
幼馴染のモールデンがこんなに疲れているのをあからさまにするのは俺の狩りに同行した翌日以来かもしれない。
そういえば村長は子供を欲しがっていたな。
もしかすると子供を作る儀式とやらがかなり体力を使うのだろう。女性の身体に子供を降すと言われる神聖な行為は神経を使うのかもしれない。
「初めての儀式なら、仕方ないと思うがなぁ」
「儀式ぃ?」
「子供は神の使いが女性に降すのだろう? そんな神聖な儀式で神経を使わない筈が無い。モールデン、今日は休め」
そう言うとモールデンは足回りを測っていた手を止めて俺の両肩に手を置く。その顔は無表情で、俺は少しだけドラゴンとの睨み合いを思い出す。
「お前は、そのままでいてくれ……」
「お? おう。変わる気はないぞ」
「あの白黒双子もそれを望んでるだろうよ……」
「二人が望むなら尚更だな!」
「ハッ……」
大人しく測られていると俺の家からシャルが出てくるのが見えて手を振ると俺だと分かったのか近寄ってくる。
装備を着けないで確かワンピースと呼ばれる服を着たシャルは何処ぞのお嬢様とも呼べる見た目で狩りをする時との違いに少しだけ驚く。姉達の知識に則るのならギャップだったかな。
素材を鑑定している若い男性が目を奪われているが、シャルはいずれ此処を離れるからその想いは実らないと思うぞ。
「何してるの?」
「新しい防具の為に身体のサイズを測ってるんだ。こいつはモールデン。俺の幼馴染」
俺と肩を組んでモールデンはさっきまでの疲れた様子を隠して朗らかに笑う。作り笑いだからか少し引き攣っているが、指摘するのは無粋だろう。
「よろしくな。あんたが昨日アーサーの言ってた人か。俺らと比べると顔の造りが違うなぁ。肌も違う。異国の人って感じだ」
「私はかなり西で生まれたからね」
「ほー」
モールデンはあまり興味が無いのか、疲れからか、どちらか分からないが気の抜けた返事で応えた。
そして俺の測定が終わったのか奥へと引っ込む。工房から椅子を一つ借りてシャルを座らせようとしたが、断られる。
「アーサーくんに聞きたいんだけど、今なら良いかな?」
「構わない」
「お家の温泉って入っても良いの?」
「ああ、入りたいのか。使っていいが、中に何が居ても裸のまま外に出てくるなよ」
「……? うん。それじゃあ借りるね。あ、覗いちゃダメだからね!」
それだけ言うとシャルは気分良く鼻歌混じりに俺の家へと戻っていくが、俺には理解出来ない事が一つだけある。
「人の風呂を覗いて何になるんだ?」
誰も教えてくれないが、人の風呂をわざわざ見る奴も居るんだなと学んだ。何を目的に覗くのか分からないが、注意するのは前例があるからか。
まあ、俺の家の温泉を覗くのはかなり無理があるから誰もそんな事しないと思うがな。
シャルがそろそろ風呂に浸かる頃だ――なんて考えていると俺の家から奇声が上がる。
恐らくクゥを見て驚いたのだろう。家に向かうと温泉の入り口にシャルが転がっていた。
「何してるんだ?」
「わあっ!! アーサーくん!?」
「お、クゥ上がったのか」
「クゥー」
「井戸に行くのか? 最近少し冷えてるから風邪引くなよ」
「クゥ」
一鳴きだけしたクゥは村の井戸に向かって出て行った。
俺と家の扉を交互に見るシャルだが、どうかしたのか。
「は、話せるの?」
「大体の事は分かるだけだ。それよりもその格好、冷えないのか?」
「へ?」
「この時期に裸は冷えるだろ」
「――ッ!!」
「おっと」
立ち上がったシャルから中々鋭い平手が飛ぶが、後衛を主とする狩人の一撃を安易に喰らう程、村に居るからと腑抜けた覚えは無い。
「避けない!」
「いや、避けるだろ。山を越えたら髪に塗る油なんかもあるそうだが、石鹸で我慢してくれ」
声にならない叫びを上げ!胸を隠しながら温泉に通じる暖簾を通ったシャルを見て俺は何がいけなかったのかを考えながら工房に戻る事にした。