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愛は苦行を伴うこともある

 私たちはパラディの町の人々から本気で惜しまれつつ帰路に着いた。

 祖父母は目頭を押さえながら抱き締められ、肉はまだ沢山あるので良いがまた気が向いたら肉を土産においで、魚も大歓迎だ、どうせなら塩漬けやタレに漬け込んで長期保存するから長めの滞在が良い、などと確実に移動商人か無料ハンター認定をしていたが、結婚式が決まったら必ず連絡してくれとも言ってくれた。


「可愛い孫娘の花嫁姿を見ないと死ぬに死ねないからな」

「そうよねえ」

「お祖父様お祖母様、その台詞、肉や魚の話よりも前にして頂きとうございました。感動が台無しです。でも久しぶりにお会いできて嬉しかったですわ」

「また遊びに来ますねーデュエルおじい様、イルマおばあ様。あ、うちのお祖父様とお祖母様もね!」


 ゾアも笑顔で自分の祖父母に手を振る。

 彼女の祖父母もご両親も物静かで穏やかな紳士淑女なのだが、なぜこの上品な血筋にこの子が紛れ込んでいるのか不思議でならない。だがこれを深掘りしてしまうと、自分と友だちになったせいだという結論になってしまうのは明らかなので、深い穴に記憶を落とし、永遠の秘密として土をかけておこう。


 さて、無事に王宮に戻ったところで、私には真っ先にやらねばならぬことがあった。

 そう、モーモーの肝を使った薬を作ることだ。

 ミルクで血抜きをした肝を天日に干して乾燥させた後、ゴリゴリとすり鉢で粉末状にする。そしてミラークの葉もゴリゴリとつぶしながら混ぜ合わせて行く。二つが合わされたことですごい刺激臭が発生している。目から涙が止まらない。童話で魔女が毒薬を調合している恐ろしいシーンがあったが、部屋に漂う臭いだけであの恐ろしさをスキップで軽々と飛び越えられるほどの恐怖がある。

 臭いがすごいだろうと普段使ってない空き部屋を使用したが、廊下を掃除していたメイド二名が部屋から漏れ出す刺激臭を嗅いで気を失った。

 メメも私と同じく鼻に詰め物をし、さらにスカーフで鼻と口を覆って作業を手伝ってくれたが、それでもこぼれる涙は止まらないし、目はお互い充血して真っ赤である。


「……それにしても想像を絶する臭いですね」

「薬効があるのは聞いたけれど、それにしてもすごいわよね……」


 ようやく全部混ざって葉の汁でどろどろの液状になったものを見つめたが、赤黒いというか濃い紫というか、何とも言いがたい闇の薬の元が無事出来上がった。


「本来なら人も魔族も決して口にしてはいけない色合いでございますね」

「混ぜなくても危険、混ぜたらもっと危険って感じよね。グレンも可哀想に……挑むと口にしてしまったばっかりに」


 私は本当に無理をしなくて良いと伝えたのだが、父がミラークの味を知った後になってやたらと協力的になった。


「この味に更に苦みが足されたもの……想像がつかんな。しかしその薬を一カ月飲み続ければ、今のように講義をしていても目を開いたまま眠っているような状態からも抜け出せるのであろう? 娘のためとは言え、並々ならぬ苦行だ。そんな楽し……苦しみも、国の、ひいては娘のためならば耐えられるのではないか? 少なくともその試練を乗り越えてこそ、道は開かれる。そうだろうグレン?」

「はい! 私も国を守り、エヴリン姫を守るため、どんな試練も乗り越えて当然かと考えます」

「──そうか。期待しているぞ」


 頭を下げたグレンの肩に手を乗せて労っていたが、父の顔は満面の笑みを浮かべていて、仏頂面でも美丈夫なのに、まるで神の降臨とばかりキラキラと輝きを放っていた。

 あれは期待をしている笑みではなく、私以上に悶絶して欲しいという期待感に違いない。戻って来てからも、普段飲まないオレンジジュースやチョコレートに手をつけているぐらいだ。ゾアもメメも味を知っているが、やはり相当後に響く苦さなのだろう。


「……私も味わって見た方が良い? 流石に不公平だものねえ」


 すり鉢の中の物体を見ながら勇気を振り絞ってメメに訴えたが、即座に却下された。


「吸血鬼族は古き時代、長期にわたり血を糧としていた時代があったため、通常の飲食をするようになってからの歴史は浅いのです。そのため、大きな声では言えませんが味に対しての許容範囲が広いのです。感覚が鈍いとも言いますけれども。だからミラークやモーモーの肝にも耐えられるのです。私たちのように食べることに貪欲な魔族には攻撃力が高すぎるんです。ゾア様も一生忘れられない味だったと仰ってました」

「そうなの……何だかグレンに飲んでもらえるのは嬉しいけど、その苦さも分からない状態だから、何だか申し訳なくて」

「──小さな頃、エヴリンお嬢様がクッキーを作ったの覚えておられます?」

「え? ああ、覚えているわ」


 グレンに食べてもらいたいと思って一生懸命作ったのだが、塩と砂糖を間違えてやたらとしょっぱいクッキーが出来上がった。


「ゾア様や他のご友人方も、一口食べてむせたり吐き出したりされましたでしょう? 私は必死で堪えましたけれど」

「そうだったわね。見た目が綺麗に焼けたからって味見もしてなかったから」

「でも、グレン様は美味しい美味しいってバクバク食べてましたわよね? あれは、もちろんしょっぱいとは感じていたのでしょうが、それでもむせずに食べられる種族独自の鈍感な舌あってこそですわ。グレン様本来の優しさもあるでしょうが」

「そうなのよ。彼は本当に優しいから、マズいものでも絶対に食べてくれてたのよね……それなら、この薬も皆よりは楽に飲めるのかしら?」

「そう思いますわ。──ですがこのドロドロのままでは丸められないですし、小麦粉を入れてクッキーの種のようにして固めませんと……それと丸める際には流石に直接触らないといけませんから仕方ないですが、決してその手を洗うまでは絶対にどこにも触れてはいけませんよ? 肝を使った状態だと先日の苦しみ以上でしょうから」

「わ、分かったわ」


 私とメメは慎重な動きでせっせと大きめの丸薬を製作して行った。





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