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9.迷路

「朝~、朝だよ~。朝ごはん食べて、学校に行くよ~」

 目覚まし時計から幼馴染の声が流れている。


 御神楽祐樹はベッドから起き上がると、無言で目覚ましを止めた。昨日はあまりにも疲れたので目覚ましを交換するのを忘れていた。

 祐樹は柱にぶら下がっている鏡を覗き込んだ。すこしやつれて目の下にクマができている。ぐっすり寝たはずなのに体が重い。


(昨日のあれは何だったんだろう……)

 墓場で目撃した一連の怪奇現象が脳内にフラッシュバックした。


 あまりにも常識からかけ離れすぎていて全く現実感がない。

 まるで夢の中の出来事のように思える。


(そうだ、あれは夢の中の出来事だ。そう思って忘れることにしよう)

 どちらかというと悪夢に近い嫌な思い出だった。ありさとのシリアスな思い出を、悪質なパロディで汚されたようなものだ。


 一階のダイニングに下りていくと、父親がすでに朝食を終えて新聞を広げていた。食卓には自分と姉のぶんの朝食が並べてある。

 しかし姉の姿はなかった。


「姉ちゃんは?」

「まだ起きてこないな」

「ふーん……いただきます」

「待った」

「何?」

 顔を上げると、ムッとした顔の父親がこちらをにらんでいた。


「お姉ちゃんをほっといて自分だけ先に食う気か?」

「……父さんだって先に食ったくせに」

「俺はいいんだよ、俺は」

「言ってることが滅茶苦茶なんですけど!」

「いいからお姉ちゃんを起こしに行ってこい。一緒に食べたほうが美味いだろ」

「はいはい、仕方ないなー」


 軽くゴネてみたのは、そのほうが子供らしいと思ったからだ。

 べつに本気で嫌がっているわけではない。

 軽やかな足取りで二階に上がると、姉の部屋を乱暴にノックした。


「おーい、いいかげんに起きろよ」

 反応がない。


「起きてくれないとおやじに怒られるんだよ」

 ドンドンとドアを叩き続ける。


「うるさいわね!」

 ようやく中から反応が返ってきた。


「頼むよー、出てこないと飯が食えないんだよ」

「あたし今日は休むから」

「はあ? 何言ってんだよ。いいから出てこいよ」

「休むっていってるでしょう!」

「ふざけんなよ、開けるそ」

 深く考えずにドアを開けた。途端におかしな臭気が漂ってきた。


(酒臭い……それにタバコのにおいも)

 姉は小さい頃から真面目にスポーツに打ちこんできた。隠れて飲酒・喫煙をするタイプとはほど遠い。急に姉が見知らぬ生き物に思えてきた。


「馬鹿! 勝手に開けるな!」

 姉はあわててベッドから体を起こした。凄まじい形相でにらみつける。


「い、いや、あの……」

「ドアを閉めろ!」


 枕が飛んできた。あわててドアを閉める。

 祐樹は呆然としながら部屋を後にした。きのうまでの姉とまったくの別人だ。

 ふたたびダイニングに戻ると、父親の不機嫌そうな顔が待ち構えていた。


「ずいぶん騒がしかったな」

「なんか、今日は休むって」

「体調でも悪いのか? その割には大声出してたけど」

「知らないよ。本人に直接聞いてみれば?」

 祐樹は食卓に座ってじっとトーストを見つめた。すっかり食欲がうせている。


「しかし心配だな。父さんはこれから会社だし」

「心配なら休めば?」

「休めるわけないだろ。わかってるくせに」

 父親は明後日からの出張にそなえて仕事を前倒しで片付けている最中だった。


「大丈夫だって。姉貴ももう高二だよ。子供じゃないんだから」

「子供だよ。まだ高二だ」

 ぶつぶつ言う父親を見送ったあと、祐樹はとりあえずひとりで学校に行った。


       〇


 十月におこなわれる学園祭の準備が始まろうとしていた。

 この学校では各クラスの出し物とは別に、学年全体でひとつのイベントに取り組むことになっていた。

 今年の一年は校庭に巨大迷路を建設することが決まっている。

 そこで各クラスから三名ずつ迷路委員を出すことになった。

 祐樹のクラスからはまず泉玲於奈が立候補し、それに引っぱられる形で伊集院鈴子と御神楽祐樹が委員に就任した。


「炎天下で迷路作りなんてモロに肉体労働だなあ」

 就任が決まった途端、祐樹はグチをこぼした。


「クラスの模擬店を手伝ったほうがよっぽどラクかも知れん」

「お店なんて当日がいちばん大変じゃない。その点、迷路なら当日はまるまる空くからゆっくり学祭を回れるでしょ」

 玲於奈が意外な観点から意見を述べる。


「なるほど、そういう考え方もあるか」

「それに、わたしは肉食系だから模擬店でナンパ待ちなんて性に合わないし」

「……だから迷路委員に立候補したわけか」

「相変わらずの色ボケ恋愛ジャンキーね。毎度毎度それに付き合わされる身にもなってほしいですわ」

 鈴子が茶々をいれる。


「だ・か・ら! 誰も付き合ってほしいなんて言ってないでしょ。毎度毎度むりやり首を突っ込んでくるのは鈴子のほうじゃない」

「二人とも喧嘩はよくないぞ。もし俺をめぐっての争いだったら、残念ながらあきらめてもらう他はない。俺はみんなのアイドルだから」

 この祐樹の発言は黙殺された。


 というわけでさっそく放課後、第二理科室で迷路委員会の集まりがあった。

 講義専用で階段教室になっている第一理科室と違って、実験用の第二理科室は六人がけのテーブルに流しとガス栓がついている古典的なつくりだった。

 教室の後ろにはちゃんと人体模型も置いてある。

 建設予定の迷路は角材で組んだ骨組みにベニヤ板を貼り付ける本格的なもので、幅六メートル、奥行きが二十四メートルもあった。


「二十四メートルってマジかよ。聞いてないぞ」

「こんなの一か月でできるのかなあ」

「面白い、燃えてきたぜ」

 その大きさを聞いて、教室のあちこちからどよめきが起こった。


「場所が取れちゃったんだから仕様がないだろ。これでやるしか……」

 迷路委員長が弁解めいた言葉をならべる。

 とはいえ割りふられた以上、やるしかない事はみんな分かっている。会議は具体的なスケジュールや建築方法の話題に移っていった。


「ねえ祐樹、あの子、知ってる?」

 会議の最中、玲於奈が小声で話しかけてきた。


 彼女の指すほうを見るとギャル系の女子がこちらをにらんでいた。ウェーブのかかった茶髪に化粧もバッチリ。見るからに“遊んでる”という感じだ。


「隣のクラスの子だな。顔は知ってるけど、名前は知らないや」

「でもあの子、さっきからこっちばっかり見て……なんか気味が悪い」

「おまえが何かやったんじゃないのか?」

「知らないわよ、接点ないんだから。祐樹のほうこそ」

「俺だって接点なんかないよ」


 その女子の視線が気になって、二人とも会議に集中できなかった。

 そして会合が終わり、祐樹たちが理科室から出ると、


「ちょっと、御神楽くん」

 くだんのギャル系女子に呼び止められた。やっぱり不機嫌な表情でにらんでいる。


「何?」

「アンタさ、何か言うことは無いの?」

「言うこと?」

「昨日あんなにひどいことしておいて……」


 そんなこと言われても祐樹には心当たりが無い。昨日は確かにいろいろあったが、この女の子に関わった覚えはないのだ。

 それに、昨日ひどい目にあったのはむしろ自分のほうだ。


「悪いけど、勘違いしてるんじゃないかな」

「勘違い?」

「きみに何かした覚えはまったく無いんだけど」

「馬鹿!」

 いきなり平手打ちをお見舞いされた。


「よーくわかりました! 勘違いして悪うございましたね!」

 女の子は目に涙をためながら走り去っていった。


「ほら見なさい。やっぱり祐樹が何かやったんじゃないの」

 玲於奈が仏頂面で肩をたたく。妙に力の入ったたたき方だ。


「いや、本当に心当たりが無いんだよ。信じてくれよ」

 そこへ、さっきとは別の女の子が二人のあいだに割り込むように入ってきた。


「あなた……御神楽くん」

「ハ、ハイッ」


 その子は針金のように細い体で、顔も小さく、目だけがギョロギョロとしていた。痩せているというよりやつれている感じで、なんとなく病的な雰囲気が漂っている。


「美紀ちゃんを……泣かせるなんて……大物」

「み、美紀ちゃんというのは?」

「さっきの子……大倉……美紀」

 ギャル系が走り去っていった方向を指差す。


「あの子は……いじめっ子……悪い子……だから……いい気味」

 女の子はニタリと笑うと、祐樹に手を振りながら去っていった。


「ユニークな子ねえ」

「いまのミイラ女はたしか電波さんといったかしら」

 いままで傍観していた鈴子がボソリとつぶやいた。


「電波? なんだそりゃ」

「そういうあだ名らしいわよ。由来は知らないけど」

「ふーん、へんなあだ名」

 と言って階段を下りようとする玲於奈を、


「待った」

 鈴子が止めた。顔には満面の笑みを浮かべている。彼女がこういう表情をしているときは、ろくでもない事をたくらんでいる証拠だ。


「ねえ、これからみんなで階段を上ってみないこと?」

「ハア? この上は屋上だぜ」

「そう、つまりみんなで屋上に上がろうって言ってるの」

「屋上は閉鎖されてるじゃない」

 と、あきれ顔の玲於奈の前に鈴子は一本の鍵をつきだした。


「これはただの鍵じゃないわよ、この学校のすべての鍵を開けられるマスターキーなんだから。理事長室と用務員室にしかない伝説の……」

「それを何で鈴子が持ってるんだよ」

 だいたい想像はつくが一応きいてみた。


「あたしは理事長の娘、つまり理事長室に普通に出入りできるいわば特権階級ですの。お父さまの外出中にこっそり合鍵を作っておくことなんて朝飯前なんだから。そしてその背徳的な楽しみを独り占めせず、友人にも分けてあげる人格者……」

「いきましょ」

 玲於奈は祐樹の手を引いてさっさと階段を下りはじめた。


「なにが人格者よ。ようするに度胸がないから共犯者を作りたいだけでしょ」

 ぶつぶつ言う玲於奈に引っぱられながら、祐樹はさきほど平手打ちされた頬をさすっていた。

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