8.回収作業
ミアン・ドーシャは墓地に隣接する駐輪場に立っていた。
駐輪場はほとんど空っぽだったが、隅のほうに数台の放置自転車が置かれていた。それを一台一台チェックする。
比較的ハンドルにサビつきのないママチャリに当たりをつけて、内部を透視してみた。するとハンドルの内部は空洞であることがわかった。
(よし、思ったとおりだ)
ミアンはラキアをかざしてハンドルの片方をスッとなぞった。
たちまちそのハンドルはポキッと折れた。グリップから十五センチ、ちょうどハンドルがカーブを形作る直前の箇所で切断されている。
切断されたハンドルを握り、軽く上下に振って重さをはかる。
(すこし重たいが、十分使えるな)
ミアンはハンドルの空洞部分にあらかじめ細かく砕いておいたラキア鉱石をつめた。
そして、そばに漂っていたヴァイクラーを捕まえると、これも空洞の中に押し込んだ。最後に先端部分に念を送る。穴がじょじょにすぼまってゆき、完全に閉じてしまった。
(まあ、少々不恰好だが、これで簡易ピレキアの出来上がりだ)
使い心地を確かめるため、ステップを踏みながら振り回す。剣術の型のようなものだ。
ピレキアは“能力”を引き出しやすいようになめしたヴァイクラーでラキアを加工した道具だ。本格的なピレキアは専門の職人にしか作れない。
ミアンにはヴァイクラーのなめし方も知らなかった。
しかしラキアとヴァイクラーを筒状の物に詰め込めば簡易ピレキアが作れる、という知識はあらかじめ持っていた。
ミアンはその簡易ピレキアの先端をママチャリにむけると、
「飛べ」
と声を掛けた。するとママチャリはスッと二メートルほど宙に浮かんだ。
「砕けろ」
そう言うとママチャリは空中でバラバラに分解した。
「もっと細かく」
すると空中に浮いていた部品が粉末になってサラサラと落ちてきた。
ミアンは満足の笑みを浮かべた。やはりむきだしのラキアを使うよりこちらの方がやりやすい。細かい部分まで“能力”のコントロールが効く。
(すると、さっき記憶消去が失敗したのはむきだしのラキアを使ったせいだろうか)
ミアンは墓場で自分に声を掛けてきた少年の顔を思い浮かべた。
きれいな顔立ちをしていた。男を見慣れていない自分には年齢がわかりにくいが、同年代のように見えた。おそらく三十代の前半というところだろう。
彼には二度も記憶消去を行った。二度目の記憶消去も成功しているか分からない。
自分の“能力”が効かなかったのは、ものごころ付いてから初めての経験である。そのせいか彼とのやり取りは鮮明に記憶に焼きついてしまった。
(まさか幽霊と間違われるとは……よっぽどありさという人と似ていたのだな)
フッと苦笑したが、またすぐに真顔になった。この世界にとって自分は幽霊と変らない存在であることに思い至ったからだ。
もといたアルムでは精神操作系の“能力”の使用には厳しい制限が設けられていた。習得が許されるのはごく一部の人間だけである。また上流階級や王宮勤めの人間は脳にプロテクトを施すことが義務付けられている。
しかし、この世界の住人には関係ないはずだ。現にあの少年以外に三人ほど墓場を訪れた人間がいたけど、彼らの記憶消去はすべて成功している。
(まあいい、ひとりぐらい消去漏れがいても大した影響は無いだろう)
ミアンは頭をふって気持ちを切り替えると、また作業を開始した。
空を飛んで自分たちが転送された地点に向かう。
そこは墓地の北側にある山の中腹だった。現場では大量のヴァイクラーが飛び回っていた。これは散乱する瓦礫が発しているエネルギーのせいだ。同じ理由でミアンは現場に近付くことができなかった。
次元転送室の壁にはラキア鉱石がたっぷり使用されていた。それが吹っ飛ばされ、瓦礫もろとも転送されたのだから、山の斜面にはかなりの量のラキアが散乱していた。彼女はこれから散らばったラキアをかき集めなくてはいけない。
まず簡易ピレキアを使って遠くから瓦礫のひとつを動かしてみた。しかし少し移動させるつもりが、山の向こう側まで飛んでしまった。
周囲のエネルギー濃度が高いせいで“能力”の乱反射現象がおきたのだ。
(やはり手作業でやるしかないのか)
せっかく作ったピレキアが使えないのは残念だが仕方がない。
ギリギリ近付ける範囲の場所にエネルギー防護服が落ちていた。バメールの転送に立ち会ったときに着ていたもので、邪魔なので追跡する途中で脱ぎ捨てたのだ。
ミアンは頭の中ですばやく作業手順を組み立てた。
これを着て散らばったラキアを一つ一つ拾っていく。
それをバメールが入っていた転送用カプセルにぜんぶ入れる。カプセルは防護素材でできているのでフタを閉めればエネルギーは遮断される。
防護服を脱ぎ、ピレキアを使って穴を掘り、カプセルを埋める。
(これは重労働だな……)
ミアンは防護服を拾い上げると、ノロノロと袖を通した。
彼女はいつまでも“ゴミ捨て場”にとどまり続けるつもりは無かった。
自分と一緒に転送されてきたこの瓦礫を利用して、何とかアルムに帰る方法を考えなければ……
初回から続いた長い一日がようやく終わりました。
ここまでを第一章として、次回から第二章が始まります。