6.幽霊
御神楽祐樹が目覚めると、見知らぬ部屋で寝ている自分に気がついた。
(あれ? たしか俺は墓場にいたはずだが……)
意識がハッキリしてくるにつれて、墓場で見た非現実的な光景の数々を思い出した。
魔法少女の空中戦、破壊された竹林と墓石、そして……
最後に妖怪テケテケに抱きつかれた生々しい感触がよみがえってきた。
(あのとき俺は殺されたはずだ。なのになぜ、見知らぬ部屋で目を覚ましたんだ?)
体を起こしてまわりを見渡す。
ダブルベッドのわきに小さな机、部屋の隅には床に置くタイプの足長の電気スタンド、その横に観葉植物。
誰かの部屋というよりホテルの一室といった雰囲気である。
シャワールームと思しき場所から水のながれる音が聞こえてくる。さらに耳をすますと、その音に混じって女の鼻歌のような声が聞こえてきた。
自分に抱きついてきた妖怪の顔が浮かんできた。ゾッとするほどの美女だった。
(つまりあの妖怪はおれを殺すつもりなど無かった。無かったがおれを気絶させ、ホテルに連れてきた。そして、今やつはシャワーを浴びている……)
そこから導き出せる結論はただひとつ。
(おれの貞操を奪う気だ!)
祐樹の中でいろいろな疑問が一直線につながった。
「ひいいいいいい!」
一刻も早く逃げ出さなくはいけない。大慌てで部屋を飛び出した。
ドアを開ける直前、「御神楽くん、どうしたの?」という声を聞いたような気がしたが、気にせずそのまま廊下に出た。
自分が出てきた建物をふり返ったとき、(やはり!)と思った。
ごてごてと装飾された外壁がピンクの照明でライトアップされている。どう見てもラブホテルである。
今にも妖怪が追いかけてきそうに思えたのですぐに走り出した。
繁華街の大通りに出たところで人とぶつかった。原色の派手なシャツを着た金髪の男だ。見るからにチンピラである。
よく見るとヤバそうな仲間を五人ほど引き連れている。
「す、すいません!」
祐樹は反射的に頭を下げた。
「てめえ、どこに目をつけてんだ!」
金髪のチンピラはお決まりのセリフをはくと祐樹の胸ぐらをつかんできた。
(くそっ、殴られる!)
思わず目をつぶった。しかし、いつまでたっても殴ってこない。
目を開けると、おびえたようにこちらを見つめる金髪男の顔があった。
「……ちっ、気をつけろよ」
金髪男は手を離すと、あわて気味に去っていった。
(なんだかよく分からんが助かった……)
ホッとしたのもつかの間、祐樹はある事実に気がついた。
(カバンを持っていない!)
学校から直接墓参りにきたので、カバンを持っていたはずだ。失くしたとすれば、墓場かホテルのどちらかだろう。しかし……
(いまからホテルには戻りたくないなあ)
きっとまだ部屋には妖怪がいるだろう。かといって、
(こんな夜遅くに墓場になんて行きたくないし)
ひょっとしたら墓場にはもうひとりの白い魔法少女がいるかもしれない。
祐樹は繁華街の真ん中で固まってしまった……
〇
迷った末に、墓場に行くことにした。ホテルに妖怪がいるのは確実だが、墓場はあれから時間がたっているし必ずしも魔法少女がいるとは限らない。
いたとしても服装からして正義の味方っぽかったし、何よりありさに似ていたので悪い奴と思いたくなかった。
カバンは竹薮のそばで見つかった。魔法少女の放つ光線によって竹が倒れてきて尻餅をついた場所だ。しかし奇妙なことに折れたはずの竹が元通りに生えていた。
藪の中に入って調べてみたが、折れた形跡がどこにもない。管理人が片付けたのなら切り株が残っているはずである。
(それなら夕方に見た光景は幻覚だったのか……)
いや、そんなはずは無い。倒れてくる竹の風圧や飛び散る葉っぱが顔に当たった感触を覚えている。何よりテケテケにキスされた生々しい感触がまだ唇に残っている。
すると、墓場の奥のほうでボンヤリとした光が見えた。確かあそこはテケテケに抱きつかれた現場だ。考えるより先に現場に走っていった。
そこには例の白い服をきた魔法少女がいた。右手に石のようなものを持ち、その石が赤紫色に光っていた。足元には人間の上半身のようなものが横たわっている。
(あれ? 倒れているのはさっきのテケテケじゃないか)
しばらくすると魔法少女はいきなりテケテケと思われる物体を足で払った。すると物体はグズグズと形が崩れ、こまかい粒子となって周囲にちらばった。
(なんだ、見まちがいか。きっと土のかたまりか何かだな)
続いて彼女は黒い魔女が激突して粉々になった墓の残骸に向かって石をかざした。すると散乱した破片がひとりでに集まってきてもとの場所に戻ってきた。
破片は立方体を形作り、ほんの一分ほどで墓は元の姿に戻った。
(これは魔法だ。やっぱり彼女は魔法少女なんだ!)
興奮して一歩踏み出した。その気配を感じて魔法少女がこちらに顔を向けた。
彼女の顔を見た途端、祐樹は驚愕のあまり全身が硬直してしまった。
そこには天野ありさが立っていた。髪が茶色がかっていて背もすこし高めだが、その顔は記憶の中のありさと瓜二つだった。
ありさが生き返って俺に会いに来てくれたのだろうか? 本気でそう思った。
祐樹は魅入られたようにふらふらと彼女に近付いていった。
「きみは……ありさの幽霊なのか?」
「幽霊? 違うな」
魔法少女はいささか面食らったようすで応えた。
「でも、ありさにそっくりだ。瓜二つだ」
「ほう……そんなに似ているのか。そのありさという奴に」
魔法少女は右手に持った石を祐樹にかざした。石がボンヤリと光る。
「ここで見たことは忘れろ。おれに会ったこともだ。いいな?」
「……ああ」
立ち去りかけて、また振り返る。
「ありさじゃないんなら、君は誰だい?」
「なんだと?」
「だから君の名前……」
「おかしい。さっき記憶を消去したはずだぞ」
魔法少女はふたたび石をかざした。
「いや、いいんだ。君に会ったことはもう忘れるから」
祐樹はカバンを抱えて逃げるように墓地を出た。
すこし言葉を交わしただけで彼女がありさではないことが分かった。声が全く違うし、あんな男みたいなしゃべり方は絶対にしない。要するにあの魔法少女も化け物の一味なのだ。
結局、彼が帰宅したのは夜の十一時だった。父親には「こんな時間まで何をやっていた」と怒鳴られた。何度かけても携帯に出ないので、心配してありさの親父さんにまで電話したのだそうだ。
しかしそれまでに体験した怪奇現象の数々に比べれば、父親のカミナリなど大したことない。というより、あまりにも疲れたので怒鳴り声が頭に入ってこなかった。
祐樹はベッドにもぐりこんで数秒で眠りに落ちた。