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45.プレゼント

 さらに十日後、ようやくミアンがアルムに帰れるめどが付いた。

 祐樹が基本的な“能力”を習得し、転送装置の操作ができるようになるまで、それだけの時間がかかったのだ。

 この十日の間にも学校は少しずつ平穏さを取り戻していった。バメール、恵、美紀といった中心人物がいなくなると、その組織も自然と解体していったからだ。

 メンバーはバラバラになり、生徒たちの中に埋没していった。

 そのこともあって、生徒間の人間関係はじょじょに修復された。つまり校内に充満する感情エネルギーも低下しているということだ。

 だから“能力”の習得作業は時間との戦いでもあった。


「しかしまあ、何とか間に合ったな」

 ミアンは脳内の同居人に語りかけた。


――記憶操作の習得を省略すればもっと早くできたのに

「おれもずいぶん迷ったよ。記憶操作をカリキュラムから外す誘惑と何度も戦ったんだ」

――何いってやがる、転送装置の操作にぜったい必要だからって嘘八百並べやがって。よく考えたら転送にそんなもの必要なわけないじゃないか


 ボヤく祐樹の声を聞きながら、ミアンは人体模型の顔面をパカッと開いた。中にはちゃんと黄色い半透明の人工人体が収まっている。

 第二理科室にはほかに誰もいない。いまはちょうど昼休みが始まった頃なので生徒はみんな自分の教室にいた。

 食事を終えた生徒が廊下にあふれる前に精神転移を終わらせなければならない。


「おまえは嫌がるが、記憶操作だって捨てたものじゃないぜ」

 ミアンはしゃべりながらも手早く模型を分解していった。


――出歯亀って言葉を知ってるか? いやらしいのぞき魔のことだ。他人の記憶をのぞくのはその出歯亀と同じなんだよ。おれはそんなこと絶対しない

「そこまで嫌がる理由は、だいたい想像がつく。祐樹の中に覗かれたくない過去があるからだ。ひょっとして例のフェリー事故に関連することか?」

――だったらどうだって言うんだよ!

「野々村奈美はいまだに学校を休んでいる。リンチのトラウマに苦しんで精神科のカウンセリングを受けているんだ」

 ミアンの言葉に、同居人は黙り込んだ。


「たとえばそういう人間を救うこともできる。いまわしい事件の記憶が、最初からなかったことになる。時間をかけてひとりずつ操作すれば、ここ数ヶ月に渡って学校で起きた嫌な事件がすべてなかったことにできるんだ」

――しかしそれは……ずるいよ

「そうかな? 大倉美紀が隣のクラスにいて野々村奈美がバレー部にいる。御神楽姉弟はふたり揃ってバス通学をする。少々の問題は抱えていても、全体的には平和な学園生活がそこでは続いている。そんな状態に戻るべきじゃないか?」

――違う、それは違う!

「おれたちアルム人のせいでこうなったから責任を感じて言ってるんだが、これは事故みたいなもんだ。いちばん望ましいのは現状復帰、つまりアルム人がやってくる前の状態に戻すことじゃないのか? 記憶操作を使えばそれができるんだぜ」

――おれは何と言われようと姉貴とは暮らせない

「祐樹は自分を罰しているというが、おれに言わせればぜんぜん甘いよ。天野ありさになり代わるというのは一番らくな方法だと思う。愛するものと同化することで嫌な記憶から逃げてるんだ。つまりいちばん記憶を消去したいのは自分じゃないのか?」

――そんなことはない!

「本当に自分を罰したいなら方法はひとつだ。御神楽祐樹に戻って姉と一緒に暮らすことだよ。もちろん姉も周囲の人間も事件の記憶がきれいサッパリなくなった状態でだ。すべて以前と同じ状態のなかで、ひとりだけ記憶を保持したまま生きてゆく。姉や周囲の人間の醜い面を知りながら、何食わぬ顔で付き合い続けるんだ。これこそおまえに一番ふさわしい罰じゃないのか?」

――でもそれは……それはつらすぎる……苦しすぎる

「学校が平穏な状態に戻りつつあるといっても、それは表面だけだ。みんな内心では多かれ少なかれトラウマを抱えて苦しんでいる。祐樹、おまえは自分が苦しみたくないために、周囲の人間をそんな状態に置き続けているんだぞ。本当にそれでいいのか?」

――しかし、そんな事できるだろうか? そんな地獄におれは耐えきれるのか?

「やってみなきゃ分からない。おれの個人的な意見を言わせてもらえば、祐樹ならきっとできるさ。おまえはこれくらいの困難なら耐えきれる人間だと思う」

――本当にそう思うか?

「もう時間がない。精神転移を始めるぞ」


 模型はすでにバラされ、人工人体がむき出しになっていた。ミアンはその黄色い半透明の頭部に口づけをした。同居人の精神を慎重に注入してゆく。

 やがて人工人体はじょじょに形をかえていった。

 つるつるの頭に頭髪がはえ、その下には女性的な顔立ちの可愛らしい男子の顔が現れた。小柄だが引き締まった体つきになり、股間に陰毛と男性器が生えた。表面は半透明から肌色に変化した。

 すっかり御神楽祐樹の姿になった人工人体は、しばらくボンヤリしてたかと思うと、あわてて股間を押さえた。


「何だよこれ! 素っ裸じゃないか!」

 どうやら成功したらしい。


「すまん、おれとしたことが服を用意するのを忘れた」

「どーすんだよ一体」

「あわてるな、適当な服をテレポートする」

 ミアンの手に誰のものとも分からないジャージが現れた。


「誰のだよそれ、つーか知らない奴のジャージなんか着たくないよ」

「贅沢を言うな」

 ジャージを祐樹に投げつける。


「くそっ、パンツなしで直穿きかよ……」

 ボヤキながらも祐樹はしぶしぶジャージを穿いた。


       ○


 屋上を占拠していた黒猫はすっかり居なくなっていた。転送装置の訓練に使用したので、昨日までにすべてアルムへと送り返している。

 ミアンは貯水タンクの土台のコンクリートに向けてピレキアを振った。

 すると土台の一部がパカッと開いて、中からカプセルがせり出した。土台の中にちょうどカプセルが収まる空間があったので、そこに隠しておいたのだ。

 続いてミアンはカバンからエネルギー防護服を取り出した。


「祐樹のぶんはないから階段のところまで下がっていろ」

 といってピレキアを渡した。アルム人の肉体を持つ祐樹もエネルギーの影響から免れない。彼はあわててカプセルから離れた。

 防護服を着てからゆっくりとカプセルを開いた。


「よし、防護服はちゃんと機能しているようだ。エネルギーは入ってこない」

 ミアンは棺桶の中に横たわると、すばやくふたを閉めた。

 ふたが閉まったのを確認してから、祐樹は恐る恐る近付いた。


「お、おい、大丈夫か?」

 祐樹が声をかけると、


「大丈夫だ、始めてくれ」

 中からミアンが応えた。


 祐樹はひざまずいてカプセルにピレキアを立てかけると、その先端に額をつけた。屋上の黒猫を使って何度も練習した行為だ。

 やがて棺桶の透明シールドから光がもれてきた。その光はじょじょに強さを増していき、それが頂点に達したところでフッと消えた。光が消える直前、


「おれからのプレゼントだ、受け取れ」

 という声を聞いたような気がした。


「プレゼント? どういうことだ」

 思わず棺桶のふたを開く。


 だがそこにはもはやミアンの姿はなく、人型のくぼみがあるだけだった。

 突然、強力なエネルギーが体内に入ってくるのを感じた。転送が成功した喜びと謎の言葉による戸惑いが、何十倍何百倍と増幅されて自分に襲いかかって来た。その感情の奔流に、結城の胸はしめつけられた。


「うわああああああ!」

 祐樹はあわててふたを閉じた。のた打ち回りながらカプセルから離れる。


「はあー死ぬかと思ったぜ」

 ピレキアを振ってカプセルを貯水タンクの土台に戻すと、校舎に入って階段を下りた。


(もう後戻りできない。おれは御神楽祐樹にもどったんだ)

 プレゼントという謎の言葉はさしあたって忘れることにした。これから自分のクラスに戻って御神楽祐樹としての生活を再開しなくてはならないのだ。

 気は進まないがクラスメートの記憶操作が必要になってくるだろう。泉玲於奈や伊集院鈴子の脳内をのぞきこみ、都合のいいようにいじくりまわす。

 それは玲於奈や鈴子に自分の脳内をのぞく権利を与える行為に思えた。


「あっ御神楽くん、なんでジャージなんか着てるの?」

 廊下を歩いていると声をかけられたので振り向いた。

 そこには大倉美紀が立っていた。


「おまけに裸足じゃない。上履きはどうしたの?」

 美紀は屈託ない様子でしゃがみこむと、むき出しになった足の甲をペタペタ触る。


「いや、まあ、ちょっと」

 祐樹は飛びのくようにして後ずさった。いきなりの遭遇に軽いパニック状態である。


(彼女は退学したはずだ。どうしてまだ学校にいるんだ?)

 美紀から微弱なエネルギーが放射されている。胸にかけているロケットペンダントの中に、小さなラキアが入っているようだ。


「あっ祐樹、ジャージなんか着てどうしたの?」

 また声をかけられて振り向くと、こんどは姉の恵がこちらに歩いてきた。


「あんた、昨日は友達の家に泊まったらしいけど、今日は帰ってくるんでしょ?」

 恵もまた何の屈託もなく話しかけてくる。


「お父さんは遅くなるって言ってたし、わたしも部活で遅くなるから、今日の食事当番はよろしく」

「あっ、あの、その……」

 祐樹は姉から眼を背けた。まともに顔を見ることができない。

 美紀に続いて恵まで学校にいるとは。しかもまるで事件などなかったような態度だ。


「何よ、今日も友達の家に泊まるの?」

「いや、そうじゃなくて、部活……また始めたんだ」

「うん、夜遊びはわたしには向いてないってわかったから。それに……」

 恵は歯をむき出しにして笑顔を見せた。


「気が付いたの、わたしにはやっぱりバレーしかないって」

 姉はすっかりかつてのスポーツ少女に戻っていた。


「せんぱーい! 長谷川先生が呼んでますよー!」

 廊下の端から背の高い女子の声が聞こえた。長谷川先生とはバレー部の顧問だ。


「わかった! すぐ行く!」

 恵は振り返って背の高い女子――野々村奈美に応えた。奈美を見る視線に、いっしゅん暗い影が差し込んだが、またすぐに掻き消えて笑顔に戻った。


「それじゃ、わたしは行くから、夕食の件はよろしく」

「あ、ああ」

「それから……美紀!」

 恵は相変わらずしゃがみこんでいる美紀の肩を叩いた。


「あんたもバレー部に戻ってらっしゃいよ。奈美のほうはわたしが言い聞かせておくから。あんた才能あるのにもったいないよ」

「はーい、考えておきまーす」


 美紀のやる気なさそうな返事に肩をすくめると、恵は廊下の向こうに去っていった。

 祐樹にもだんだん飲み込めてきた。

 おそらく昨日の夜、彼が寝ている最中にミアンがそれぞれの家を回ったのだ。恵や美紀や奈美だけでなく組織のほかのメンバーや教師、父兄……

 そのすべての人間の記憶を操作してバメールの影響を消してしまったのだ。人数を考えると数日間はかかったかもしれない。祐樹に内緒で、こっそりと。

 ミアンが言ってたプレゼントとはこの事だったのだ。


(おせっかい野郎め、おれの背中を押したつもりかよ)

 すでに御神楽祐樹として復帰するお膳立ては整えられていたのである。


「って、おい、いいかげんにしろよ!」

 祐樹が飛びのくようにして後ずさった。またもや美紀が足の甲を触っていた。


「いいじゃない、足の甲を触るのが趣味なんだから」

「そんな趣味があるか」

「あるもん」

「やめろって」

「やめない」


 美紀が触って祐樹が飛びのく。それを繰り返して、二人は廊下をジリジリと移動した。

 そして教室から出てきた電波と衝突した。


「あっ、ごめん」

「いたた……わたしは……普通より細い……気をつけてよ」

「骨でも折れればいいのに」

 美紀がまたつっかかる。


「美紀ちゃんは……骨折の心配……なさそう……わたしより太いから」

「ムキーッ! ふざけんじゃないわよ!」

 怒り狂った美紀が躍りかかった。電波の髪の毛をつかんで振りまわす。


「やめろって! 離れろよ大倉さん」

 祐樹は手元のピレキアを軽く振った。

 その瞬間、美紀の体から摩擦力がきえた。手から髪の毛がするりと逃げた。と同時に足元がつるりと滑って転倒。

 尾てい骨を打ったらしく、美紀は尻をおさえてうずくまった。


「そうだ、おれは電波に用があったんだ。じゃ大倉さん、さようなら」

 電波の腕をつかんで足早にその場を去る。


「なによ! そんなガイコツ女のほうが良いってわけ? サイテーッ!」

 美紀の罵声が背中ごしに聞こえた。


「まさかとは……思うけど……ひょっとして……わたしに惚れた?」

「いや、そういうわけじゃない」

「……チッ……」

 二人は階段を下りて、踊り場のところで立ち止まった。


「じつはちょっと思いついたことがあるんだ。魔女に関しての新説ってやつ」

「なにそれ……サイトのネタに……使えそう?」

「ただの思い付きだからネタにならないと思うけど聞いてくれ。この説を使うと、どうして人類の歴史が殺戮と憎悪に彩られているかが説明できるんだ」

「……ふむ……」

「この人間界とは別の次元に魔法界がある。魔法界の住人は特殊なエネルギーを発する鉱石を媒介にして魔法の力を使うことができるんだ。そんな魔法界にも犯罪者は出る。魔法界の犯罪者はつかまるとゴミ捨て場とよばれる異世界に追放される。そんなことが何千年も続けられているわけだ。魔法界にとっての異世界とはすなわち人間界のことだ」

「ほうほう……人間界は……ゴミ捨て場と」

「もちろん犯罪者は追放されるときに鉱石を没収される。すると魔法界の住人はたちまちエネルギーを失い、猛烈な飢餓感に襲われる。ところで人間界にも鉱石が発するエネルギーと似たものが存在する。それは人間の発する負の感情エネルギーだ」

「なるへそ……魔法界の犯罪者は……人間の負の感情を……食らう」

「そのとおり。負の感情が大量に、しかも継続的に必要になってくる。そこで犯罪者は人間界に積極的に介入し、人間同士の憎悪や反目をあおりたてる。そんな危ない奴らが、何千年も前から定期的に送られて来てるんだ。人類の歴史が殺戮と憎悪に彩られているのは、そいつら追放犯罪者のせいだった、というお話」

「分かった……その犯罪者……というのが……魔女と呼ばれる……存在の正体だったと……いうわけね」

「なにしろ魔法界は女性ばかりの世界だからね。それに例の黒い魔女服というのがあるでしょ? あれは魔法界における囚人服なんだよ」

「話としては……面白いけど……サイトのネタには……ならない……どちらかといえば……小説向きの題材」

「荒唐無稽な、ただの思い付きだよ。誰かに話したかっただけなんだ」

 祐樹はピレキアを電波の頭にかざした。


「へんな話を聞かせて悪かった。忘れてくれ」

 その途端、電波がキョトンとした表情になった。頭を振って周囲を見回すと、ふたたび祐樹のほうを向いた。


「それで……わたしに用事って……なに?」



最後まで読んでくれてどうもありがとう!

↓こちらの短編もよろしく(気楽に読めるコメディを目指しました)


完全漫才アムネジア

https://ncode.syosetu.com/n3018hr/

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