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2.次元転送施設

 転送室の中は想像してたより広かった。五メートル四方の空間だった。中央部の床と天井にはそれぞれ直径三センチほどの小さな穴が開けられていた。

 部屋は分厚い防護素材で組み立てられていて、それがラキアの岩盤の上に乗っている。その部屋の周囲を直径十五メートルのドームが覆っていた。


 ドームの内側と転送室の外側の間は無数のパイプでつながれていた。

 このパイプは棒状のラキアを防護材でくるんだ物だ。鉱山の巨大なエネルギーが部屋に集中する構造になっている。

 運び込んだカプセルは床の穴の真上に置かれた。


「ちょっと頼みたいことがあるんだが」

 ミアンは部屋を出ようとするオバチャンに声をかけた。


「なんでしょうか」

「準備が整うまででいいんだが、しばらくこいつと二人きりにさせてほしいんだ」

 床の棺桶型カプセルを指差す。


「準備も何も、転送作業はすぐにでも始められますが」

「少しだけでいい」

 オバチャンに深々と頭を下げた。


「頼む」

「……わかりました。しかし主任」

「何だ?」

「主任がここに転属されたいきさつは我々も聞かされてます。お気持ちはわかりますが、あれは事故です。あまり気になさらないほうがいいと思います」

「わかってる。俺は別に気に病んでるわけじゃないぞ。ただ、けじめというか、ちょっとした気持ちの整理をつけたいだけだ」


「わかりました。では気持ちの整理がすみましたら声をかけて下さい」

 オバチャンにうながされて、部下たちはミアンを残して部屋を退出した。


「ありがとう」

 オバチャンの心遣いに感謝した。あれが事故でないのは誰の目にも明らかだ。


 今日つれてきた五人の部下は、いずれも転送作業に熟練したエキスパートたちだった。転送で使用される膨大なエネルギーを、たった五人で制御するのは大変な技術なのだ。


「さて――」

 ミアンは床に置かれた棺桶を思いきり蹴りつけた。鈍い音が室内に響く。


「何をする! びっくりしたじゃないか」

 中に入っていた囚人が悲鳴を上げた。


「情けない声を出すなよ、バメール。おまえとは因縁浅からぬ仲だからな、ちょっと別れの挨拶をしようと思っただけだぜ」

「挨拶だって? あんたがそんな殊勝な心がけを持っているとは思えないけどね」

 バメールと呼ばれた囚人は不敵な声で応えた。


 官桶の上部にはめこまれた透明シールドを覗き込むと、美しい顔立ちの女がこちらをにらみつけていた。彼女こそ史上最悪のテロリストとして恐れられた女だった。

 年齢はミアンと同じだが、ゆくゆくは国家宰相の地位にまで上り詰めるといわれたほどのエリートだった。それが三年前に王宮から行方をくらますと、王制廃止をスローガンに掲げるテロ組織のリーダーとなって次々と破壊活動を行うようになった。


 そのバメールに対する捜査をまかされたのがミアンだった。

 肩書きは対特殊容疑者専任捜査官――つまりテロ組織ではなく、リーダーのバメールのみに対象を絞った、専門のハンターとして抜擢されたのだ。

 それから半年間、血のにじむような捜査が続いたが、バメールを捕えることはできなかった。彼女が普段どのように生活しているのか、その痕跡はまったく掴めなかった。


 しかしついに捕らえるチャンスが訪れる。

 王室パレードの日をねらって組織が爆弾を仕掛け、結果を見届けるためにリーダーのバメールがじきじきに現場に姿をあらわす、という情報をキャッチしたのだ。

 爆弾作りや格闘術といった物理攻撃はバメールの得意とするところである。“能力”の使用に慣れきった女だけの世界は物理攻撃にいちばん弱い。

 彼女が史上最悪のテロリストと呼ばれるゆえんである。


 有力な情報を得たのはいいが、そこにはひとつのジレンマがあった。

 爆弾の設置を妨害したり爆発を未然に防いだりすると、バメールが逃走するおそれがあったのだ。つまり確実に捕らえるためには爆弾に手をつけてはならない。

 イベントの安全を選ぶか捕縛を選ぶか――ミアンは悩んだ末に後者を選択した。

 その結果、バメールを捕らえるのに成功したが、爆弾は爆発した。


 パレードは死者十数名、負傷者百名近くにおよぶ大惨事で幕を閉じた。さいわい王室の主だった面々は無事だったが、下級貴族の何人かは巻きぞえを食った。

 表向きは不幸な事故として処理されたが、ひそかに責任を追及されたミアンは重犯罪収容所の主任係官に転属となった。すなわち僻地への左遷である。

 そして皮肉なことに、主任となったミアンの初仕事がバメールの護送任務だった。


「どういう風の吹き回しか知らんが、挨拶ならさっさと済ませて転送してくれ。おまえと一緒にいるぐらいなら“ゴミ捨て場”のほうがましだ」

 憎まれ口を叩かれているにもかかわらず、バメールの声をきいていると奇妙な懐かしさを感じた。久しぶりに自分と同じ宮廷訛りをきいたせいかもしれない。


 ミアンは転送室をぐるりと見渡した。バメールはこれから次元転送装置を使って、通称“ゴミ捨て場”と呼ばれる異世界へ追放されるのだ。

 矯正不能の凶悪犯は“ゴミ捨て場”に送られる。それが何千年も前から続くアルムの掟だった。この世界の秩序はそうやって保たれてきたのだ。


「おいミアン、いいかげん本当のことを言ったらどうなんだ」

 バメールの声にミアンの感慨はかき消された。


「本当のこと?」

「トボケるな。わたしにはあんたの考えていることなんか、手に取るようにわかるのさ」

「なんだと?」

「わたしがゴミ捨て場に送られる前に殺してしまおうと思っているんだろう」


 バメールは不敵な笑みを浮かべてにらみつけてきた。

 ミアンは思わず隠し持っていたナイフに手を添えた。


「あんたが挨拶なんておかしいじゃないか。わたしを殺したいほど憎んでいるはずなのに。それでピンときた。あんたは個人的な恨みを晴らすためにここに残ったんだ」

 バメールの言葉が心に突き刺さる。じっさい捜査官にあるまじき行為だ。


「なにしろゴミ捨て場に送られたら二度と戻ってこれないんだ。殺してから送ったところで誰にもわからない。まあ、あんたの考えはこんなところかな」

「だったらどうだというんだ!」

 つい本音が漏れてしまった。バメールの冷静な口調がミアンをいらつかせた。


(おかしい、どうして奴はこんなにも落ち着いていられるんだ)

 いまバメールは絶体絶命の状態のはずである。

 命をねらう人間と密室で二人きり。防護服をきて武器を持っているミアンに対し、バメールは拘束服を着せられてカプセルに閉じ込められている。


「こう見えてもわたしは男にもてるんだ」

 いきなりバメールが突拍子もないことを言い出した。


「何っ、どういう意味だ!」

「宮廷育ちのわたしがどうして格闘術を身につけたと思う? この鉱山の男たちに身を投じたからだよ。知ってたか? ミアン……鉱山労働者という奴はしょっちゅう殴り合いのけんかをしているんだ」


「殴り合いの……けんかだと?」

 そんなもの今までお目にかかったことがない。


「研究熱心な奴はけんかの技をみがき続け、それがやがてひとつの流派となり、技を弟子に伝えるようになる。格闘術というのはこうして生み出されたものなんだ」

「でたらめを言うな! そんな作り話……」

「もうひとつの得意技である爆弾作りもここで学んだ。爆破作業は鉱山労働に付きものだからな」


 突然、腹に響くような凄まじい轟音が響きわたり、地面が振動した。

 ドームの外壁で何かが爆発したようだ。


「貴様っ! 何をした!」

「さあね、わたしに恋する男からのプレゼントかも」

「ふざけるな!」

「あ、もう一発」


 続いて転送室の入り口が爆発し、ミアンは反対側の壁に吹き飛ばされた。入り口にはぽっかりと大きな穴が空き、室内には瓦礫が散乱した。

 背中から壁に叩きつけられたミアンは苦痛にうめいた。だが苦痛だからといって寝ているわけにはいかない。

 すばやく起き上がると、防護服をチェックして破れていないか確認する。


(どうやら防護服は無事のようだ)

 室内に散乱した瓦礫のほとんどがラキアの原石である。それを求めて大量のヴァイクラーが部屋に流れ込んできた。


 いったい何故こんなことになったのか。ずっと拘束されていたバメールがどうやって爆薬を仕掛けることができたのか。

 さっき彼女がいった「この鉱山の男たちに身を投じた」という言葉が脳裏に浮かんだ。


(そうか、人足だ! カプセルを運んできた人足の中にバメールのシンパが紛れ込んでいたのだ! おれたちのスキをついて部屋の入り口と外壁に爆弾を仕掛けたんだな)


 王宮の保護を受けている男たちが王制廃止論者のバメールに協力する、という事態はミアンの想像を超えるものだった。しかしそうとしか考えられない。

 バメールがなかなか捕まらなかった理由もこれでわかった。彼女は普段、鉱山労働者の中にまぎれこんでいたのだ。

 鉱山ではみんな防護服を着ているから、まぎれるのは容易い。


「オバチャン、しっかりして!」

 制御室のほうから部下たちの悲鳴が聞こえてきた。


「どうした! オバチャンに何かあったのか!」

 壁にもたれながら、ミアンは声を張り上げた。


「さ、さっきの爆発でオバチャンの防護服が……」

 外壁が破壊されたことで、ドームの中は鉱山の濃密な瘴気が充満している。

 その状態で防護服が破損したとすると、凄まじいエネルギーがオバチャンの体に入り込むことになる。


「ああああああ! 苦しいいいいい! 助けてえええええ!」

 オバチャンの甲高い悲鳴が聞こえてきた。


「いやああああ! 怖い怖い怖い怖い! 怖いわあああ! いやあああああ!」

 さっきの爆発に対する恐怖感がとめどもなく増幅している状態だ。

 このまま感情が増殖し続ければ、人間の耐えうる限界を超えてしまう。そうなったら心臓が持ちこたえられない。


「早くオバチャンを気絶させろ!」

 ミアンは転送室の中から部下たちに指示を出す。


「しゅ、主任?」

「棒で頭を叩いても何でもいいから、とにかくオバチャンを気絶させるんだ」

「でも、そんなことしたら……」

「どっちみち何もしなければオバチャンは確実に死ぬ!」

「わ、わかりました」

「いいか、打ち所の心配なんかするな。気絶するまで叩き続けろ」


 足を折ったらしく、ミアンは動けなかった。いまは“能力”が使えないので治療できない。彼女は壁にもたれながら制御室のほうに耳をすました。

 主任の言葉にはじかれたように立ち上がった部下たちは、手近におちている棒や瓦礫を拾ってオバチャンに詰め寄った。


「いやあああ! やめてえええ!」

 オバチャンは棒を持って追いかけてくる同僚から逃げようとして、おもわず空中浮遊を試みた。しかし勢いをセーブできずに天井に激突。それでも勢いはとまらず、あちこちの壁にぶつかりながらゴムマリのように跳ね続ける。

 最後は全身の骨がバラバラに砕けた状態で落下した。

 そこに爆発音を聞いて駆けつけた人足たちがやってきた。


「こりゃ一体どうなってんだ」

「えらいことになったなあ」

「お役人さま、大丈夫ですか?」

 転送室の入り口に人垣ができた。男たちは心配そうに部屋の中を覗き込む。


「まて、ここに入ってくるな!」

 ミアンは室内に入ろうとする人足を怒鳴りつけた。


「えっ、でも……」

「いいからさがってろ!」

 ミアンの剣幕に押されて、男たちは入り口付近に立ちすくむ。


 鉱山労働者といえども王室の管理下にある事には変わらない。全員がバメールの仲間だとは考えにくい。しかし人足の中にシンパが混じっているのは確実である。

 おそらく爆発の混乱に乗じてカプセルを持ち出すのが奴らの計画だろう。男たちを中に入れたら最後、バメールは奪還されてしまう。


「オバチャン以外の四人は無事か?」

 ミアンは外の部下たちに声をかけた。


「はい……なんとか」

「よし、ではこのまま転送作業を続行する」

「そんな! 無茶です! 部屋が破壊されたのに」

「破壊された箇所には防護服の人垣ができてる」


 ミアンは入り口に立ちすくむ男たちをにらみつけた。

 壁の防護材と男たちが着ている防護服は同じ材料でできている。だから男たちに壁の代わりになってもらえば転送作業は続行できる。


「おまえの負けなんだよ。いいかげんにあきらめたらどうだい」

 バメールがあざ笑う。

「うるさい! カプセルを開けるぞ! エネルギーをまともに浴びたらどうなるか、さっきの声で分かっただろ!」


「あのお役人、どうも狂っちまったらしいぞ」

 男たちの中からひとりが進み出てきた。


「おい、おまえら! なにボサッと突っ立ってんだ! 早いとこお役人を助けださないと!」

「しかし、おめえよ……入るなって言ってるぜ」

「あの人の様子を見ただろ! 狂ってまともな判断ができないんだよ。ここは首に縄をつけてでも引っ張り出すのが忠義ってもんじゃねえのか?」

 男はゆっくりとミアンに近付いてきた。


「な、悪いことは言わねえから、俺たちと一緒にここから出ようぜ」

 猫なで声でこちらに歩いてくる。


(こいつだ! こいつがバメールのシンパだ! 爆弾を仕掛けたのもこいつなんだ!)

 ミアンは隠し持っていたナイフを男に投げつけた。ナイフは防護服をつらぬいて心臓に命中し、男はその場に崩れ落ちた。


「やばいぞ! 本当に狂ってやがる」

 男たちが口々に騒ぎ始めた。人垣が崩れたら結界が壊れてしまう。


「おい人足たち! 動くんじゃない! じっとしてろ! これは命令だ!」

 ミアンの怒鳴り声に男たちが固まった。彼らは幼少期から、女の命令に服従するようにしつけられているのだ。


「穴をふさぐように並ぶんだ。体をピッタリくっつけて……今だ、転送しろ!」

「でも、いま転送したら主任も一緒に飛ばされてしまいます!」

「かまわん! やれ!」

「主任!」

「いいから、やれ!」


 その瞬間、凄まじい光がほとばしり、部屋の中を満たした。

 しばらくして光の奔流が収まると、ミアンとカプセルはもちろん、ナイフで刺された男、床に転がっていた瓦礫、室内を飛び交っていたヴァイクラーまでも消え去っていた。

プロローグの異世界編はこれにて終了です。

次回から現代日本が舞台の本編がはじまります。

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