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文永の役 白石通泰

 

「なんと(むご)たらしい」


 略奪をうけた漁村をみて肥前国の御家人、白石「六郎」通泰みちやすはそう呟いた。


 すでに〈帝国〉の姿はない。


 〈帝国〉が肥前の沿岸に襲撃を繰り返していると伝わり、有明海に面する白石の地から山道を突き進み唐津街道を進んでいた。


 彼は騎兵百騎余りを引き連れて博多までやってきた。


「若、ここにとどまっていても意味はないかと」

「そうだな、予定通り博多を目指すぞ」


 それから街道を東に進んで博多湾の西部に入る。


 すでに煙が至る所で上がっている。中でも麁原山から多くの煙が上っている。


 そこで唐津街道を外れて、松林に隠れるように行軍した。ふいの遭遇戦を警戒したからだ。


「〈帝国〉のやつら一体どこにいるんだ……」

「若、煙が見えます!」

「若、早くいきましょう!」

「落ち着け、百騎がただ駆けたところで討ち取られるだけだ。頃合いを見極めてから突撃よ」

「おおぅ!」


 殺気立つ郎党をなだめながら、煙が立ち込める麁原山へと進む。

 麁原から銅鑼の音が鳴り響き――想定外の兵力がそこに集結していることが伺える。

 目で見ずとも敵が麁原山に陣取っていることを肌で感じ取ったのだ。


「若、このまま突撃すれば奇襲できましょう」

「待て待てむやみに突撃した先が味方の陣営だったら事だ――」



 ――フォン。



 音がした。銅鑼の音が鳴り響く中でたしかにあの独特の音がした。

 鏑矢だ。


「若、今の音は――?」

「ああ、鏑矢だ……」


 戦いの最中で鏑矢を放つのは何らかの合図か、すでに矢が尽きたかのどちらか。

 ならばすでに敵も疲弊していると見ていい。


「よく聞け! このまま進んで味方と合流だ! 証人がいないと武功にならない、そうだろ」そう軽口をたたいた。

「まったくその通りだ!」と口々に郎党たちがいう。


 彼らも納得し鏑矢の音に誘われるように麁原山ではなく、その隣の鳥飼潟へと進んでいく。


「む、前に人がおりますぞ」


 白石たちの前に泥だらけの旗指が現れた。

 旗指、三郎二郎資安だ――そして旗を掲げながら叫ぶ。


「肥後の国竹崎氏である! 助太刀願う!」そう叫んで自らの主のもとに駆けだす。


 その姿はいたる所に矢が刺さった鎧、落馬したさいの泥、自ら死地に赴く勇気、白石はすべてを理解した。


「旗指前へ! みな突撃の時だ!!」

「応ぅ!」


 手勢百騎が徐々に、しかし確実に歩みを速めていく。

 心臓の音が痛いほど高鳴っていく。味方の旗指を追いかけて松林を抜けた。


 白石が見たのは一目でわかる頑強な山城、そのふもとに展開する千を越える軍勢。



 一人敵に立ち向かう武士。



 陣形が乱れ突出する形となった〈帝国〉歩兵三十余り。


 ――これだ!


「放てぇ!」


 竹崎五郎の横を横切って次々と射抜いていく。

 すでに矢が少ない〈帝国〉兵は反撃できなかった。


『ギャァァァァ!!』


 バタバタと倒れ込む歩兵たち、生き残りも後方集団に射られていく。

 流鏑馬の流れるような騎射をするために彼らは横一列ではなく、縦に列をなして突撃をする。

 一度目をつけられた獲物は至近距離から放たれる矢によってすべて射殺されていった。



 ほどなくして銅鑼の音が一瞬で変わり、呼応するように〈帝国〉兵は山城にむかって逃げ出した。


 それを見逃すほど白石は手ぬるい男ではなかった。


「追物射だ。皆旋回せよ!」

「応!」


 六郎従い騎兵たちが右回りに円を描いて、今度は山のふもとに陣取る軍勢に攻撃を仕掛ける。

 その途中で声がした。


「敵は面妖な火柱を使う。近づきすぎるな!」五郎だ。

「ご忠告感謝!」


 前方の敵に注意しながら逃げる〈帝国〉兵に追い討ちをかける。

 その時――松明を持った敵兵が怪しい動きをしている。

 白石の判断を迅速だった。


「旗指右にまわれ、全騎遠矢を放てぇ!」「はっ!」


 殺傷力の低い曲射をあえて放つ。


 すると目の前に火柱の壁が突如現れた。


『ブシュゥゥゥゥーー』


 その眩しい柱と大量の煙そして独特な音に馬が驚く。

 これか! たしかに面妖だ!


「ちっ、これ以上は無理だな。皆の者、退け退け!」

「はっ退け! 退け!」


 白石は山城と火柱の壁を睨みつけながら松林の中へとむかった。


 敵に動きはない。微動だにせずに終始守りに徹していた。


「何騎残った?」

「討死五騎、無傷五十、およそ半数は疲弊して休息が必要です」

「そうか、しばし休ませろ」

「御意」


 白石は麁原を睨む。


「それにしてもなぜここに城がある。ここの警固役は何をしていたんだ!」

「まったくです。それにあの不可思議な炎も――あのまま突撃していたら容易に討ち取られていたでしょう」

「そうだな。あの先懸の武者に礼を言わねばならんな」


 白石六郎は五郎たちと合流を果たした。そこで互いに名乗り合い、武功の証人となることを約束し、


 そして――。


「一夜だ。あれは一夜で出来たんだ」木陰で休んでいた五郎がいう。

「なんと一夜とな、ならばアレは一夜城とでもいうのか」

「ああ、よく見ればわかるが、あの山城は人が石垣の代わりとなっているような状態だ。それでもあのまま築城を続けていたら手に負えない城になっていただろう」


 白石はこの一戦の僅かな情報からそこまで考えを巡らせ、先手をうった五郎に感心した。


「なるほど、それでいの一番に攻めて城の完成を阻止しておられたのだな」

「はは、だが途中で無様にも大敗してしまった。やつらの火柱にやられた」


 あの面妖な火柱か……。


「あれか――あれは何なのだ?」

「わからん。しかしあれが現れた時に、奴らの目に恐れはなかった。たぶん目くらましのようなものだろう」

「目くらましか、見掛け倒しとは言えアレでは馬で駆けあがり攻撃するのは無理と見えるな」白石が考え込む。


「む?」また銅鑼の音が変わったのに気が付く。


 そこへ白石の若い郎党が駆け込んできた。


「た、大変です。百道原からさらに大軍が向かってきます!」

「なに!」


 松林から出て様子を見る。


 百道原から無数の旗を掲げながら、一糸乱れずに前進する軍勢が見えた。

 〈帝国〉は水平線が見えなくなるほどの大量の旗を掲げて行進している。その旗の多さからも敵が大軍だということがわかる。


「数はおよそ二千と思われます」

「わ、若いかがいたしましょう」郎党たちに動揺が広がる。

「数が多いな……」


 すると五郎が立ち上がった。


「籐源太、馬を借りるぞ」

「へ、五郎殿!?」

「これまでの戦いで敵は騎兵による突撃を警戒しているはず。ならばあえて少数で前に出れば、却って敵の警戒を誘うことができよう」


 籐源太の顔がみるみる青くなる。


「そ、そんな無茶な。危険ですのでお戻りください!」

「ふ……ふふ、ははは、あっはっはっはっはっは。気に入ったぞ竹崎の五郎。聞いたか者ども、十騎選りすぐって我と共に前に出よ!」

「応!」


 五郎と六郎そして郎党合わせて十騎が松林から打って出た。

 そして林の中ではまだ戦える五十騎が待機する。


「見ろ麁原の兵が警戒している」


 五郎がいったように〈帝国〉は動かなかった。十騎の騎兵を陽動と誤認したからだ。


「で、勝算はあるのか?」と白石六郎が訊いた。

「無い。だがやはりこちらを警戒している。見ろ銅鑼の音が変わったぞ」


 耳を澄ますと銅鑼の音がゆっくりとしたものに代わり、それに合わせて歩兵二千も垣楯をそろえてからゆっくりと前進を始める。



 矢が届くぎりぎり手前まで敵が差し迫ってきた。


「くるか、くるのか」白石六郎が矢を番え、緊張が走る。

「来い来い来い。何度でも相手になってやる」



 だがまたしても銅鑼の音が変わった。


 そして〈帝国〉兵たちは向きを変えて干潟へと歩を進めていく。



「なんだ。一体何が起きたんだ……」と白石が訝しげにいう。




 ――フォン。




 疑問の答えかのように鏑矢が空を切る。



「白石殿、あれだ。向こうを見ろ」




 ――フォン。 ――フォン。



 目を凝らすと干潟の向こうから人が向かってきている。

 それはまるで川の水が流れるかのように赤坂からとめどなく流れ込んできた。

 そして鳥飼潟のぬかるんだ足場を踏み越えながら前進し続ける。


「歩兵は鳥飼潟をすすめ! 我ら騎兵は唐津街道を通り麁原山に向かう!」

「応!」と少弐氏の郎党たちが応える。


「我ら豊後の国も後れを取るな!」

「はっ!」その少弐景資の手勢五百騎の後ろに大友率いる騎兵二百騎も続く。


 千を越える兵たちの列が干潟を越えていく。


 千を越える兵たちが街道を行進する。



 〈島国〉の武士、総勢二千五百――その進軍である。



挿絵(By みてみん)

白石勢の突撃


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