驚異の書 奇跡の石
この「奇跡の石」が出てきたのは最初に島に上陸した時だ。
軍隊が島に上陸して平野を占拠した時、そこに一ノ塔という場所があった。
その塔にいた人々は降伏しなかったので、首を刎ねていった。
ところが、どうしても首を斬れない者が八人いたんだ。
というのも彼らは皮膚と肉の間に「奇跡の石」を埋め込んでいた。
この石の霊験あらたかな力によって刃物では殺されなかったのだ。
それを知ったタタール人の将軍たちは八人を撲殺して、その死骸から石を取り出すと大事に持って行ってしまった。
「アラテムル将軍、こちらが一ノ塔で手に入れた物になります」
「ほぅ、これは――なんとまばゆく輝く黄金の石か。ふふふ」
「あ、アラテムル様?」
「すぐに金周鼎を呼んで来い。奴ならこれがどれほどの勝ちがあるかわかるだろう」
「ハッ、わかりました」
「これはもしかしたら、天が余に国を獲れと言っているのかもしれんな」
「ハッ! アラテムル様こそ国王の器です!」
「さあ、行くぞ。国盗りの総仕上げだ!」
「ウオオオオオ!」
「ふふふ、フハハハハハッ!」
残念ながら、この奪った奇跡の石は秘蔵されて、その後どうなったのかわからない。
さて、戦争は先ほど述べた通り皇帝の軍隊が大敗北になってしまった。
だからここで、戦争についてはお終いとなる。
おっと、そうだそうだ。ジーペングオの宗教感についてまだ述べてなかったね。
彼らは土葬と火葬以外にも独自の宗教観を持っている。
だから注意が必要だ。
というのも、どの地域でもそうなんだけど、見知らぬ地で行商をするのなら、その土地の宗教に注意しなければならない。
ジーペングオ島は偶像崇拝教徒がほとんどで、様々な偶像を崇拝している。
それは牡牛、豚、犬、羊、その他の動物の偶像。
それから頭が三つや、四つの偶像。これらは両肩の上に顔が乗っていたりする。
さらに腕が四本の偶像に、腕が千本の偶像、とくに千本腕の偶像は彼らが崇める最高の地位の偶像になる。
彼らは偶像に対して最大限の敬意を払っている。
またこの偶像崇拝教徒の生活は支離滅裂、不合理と悪魔の所業の連続で、キリスト教徒に話したら卒倒することになる。
ただこれだけは知ってほしい。
ジーペングオでは仲間でない者を捕虜にすると、まず身代金を要求するんだ。
身代金が払えないとわかると、彼らは家族親類を全員招待して「みんな一緒に食事をしましょう」という。
それで捕虜の男を殺して、料理して食べてしまうんだ。
彼らは人間の肉よりうまいものはないと考えているんだ。
「一体どげんしたど?」
「敵ん捕虜を捕めたで、どうすっか相談しちょったとじゃ」
「ん~~、ん~~っ」
「いきんよか捕虜じゃな」
「生かしちょっても食糧が減っ一方じゃっで、殺そうか?」
「ならばよか考えがあっ。エノコロ飯じゃ」
「エノコロ飯か!」
「そうじゃ。犬をとれて、腹を裂き、かき出して、米ば腹にぶっこんで、炊いて、腹ばあけて、喰うちまおう」
「そん辺ん野犬を犬追物しながら討ち取ってくっで、すこし待ちょれ」
「わかった。さあて、わいも食ぶっか!」(訳:お前も食べるか?)
「ん~~、ん~~っ!!」
――――――――――
「う、うわあああああああああ!!!!」
囚人の一人が突然、立ち上がって叫んだ。
あまりにも恐ろしい光景を思い浮かべてしまったのだ。
「マルコ! もうジーペングオはいいから、次は砂漠の暗殺教団、山の翁の話を聞かせてくれ!」
「それよりも東のキリスト教国プレスタ―・ジョンの最後はどうなった!?」
「男島と女島があるって本当か!」
「マルコ、俺も聞きたいことがある!」
「マルコ、私もよ!」
「あ~、わかった。わかった。それじゃあ次は――――」
マルコは話すのが好きなので、連日のようにウソみたいな話をし続けた。
それが娯楽のない囚人たち、そして看守たちの楽しみとなっている。
だが、さすがのマルコも連日の面会と、土産話をしゃべり続けるのにうんざりしてきた。
そして、ある日、同じ独房にいるルスティケロにポツリと愚痴を言う。
「しゃべり続けて疲れてきた。これから会う人会う人全員におんなじことをしゃべらないといけないのか……もうさすがに疲れたよ……」
ルスティケロは毎日聞いていたマルコの話を面白いと思っていた。
それは物語作家ですら到底思いつけない、未知の世界の情景がどこまでも続いているような話だ。
嘘か真か、そんなことはどうでもいい。
これほど魅力的な話がこんな独房の中で終わるというのが許せなかった。
だから彼はマルコに対して一つの提案をすることにした。
「それでしたら、妙案がありますよ。本を書けばいい。作家というのは前に話しましたよね。ですから本を書いてそれを世に出せば、人々はその本を熱心に読んで、あなたに同じ質問をすることがなくなります。どうですか?」
「そいつは名案だ!」
そう言ってマルコは目を輝かせるが、今度はふっと悲しくなる。
「――いや、だけどぼくは物語を書く才能がないんだ。もし文才があるのなら商人ではなく作家としてやっていけるよ」
「それなら、このルスティケロがあなたの話を記述しましょう。私なら物語として体裁を整えることも訳がありません」
「そいつは名案だ! それならさっそく話を――いや、実家に日記があるからそれをどうにかして持ってくればさらに正確な話を聞かせることができるよ」
「それならば、看守に事情を説明して、ジェノヴァの貴族と商人を連れてきてもらいましょう。彼らも貴殿の話に興味がおありだろう。つまるところ、信用のある人物に依頼すれば万事うまくいく。例えば紙を大量に用意してもらうとかね」
「おお、大量の紙に、インクに、あと何がいるかな?」
「例えば写本を貴族や商人、あるいは敬虔な聖職者に作らせたいのなら、彼らが好む内容でないといけない。マルコ、誰も君の恋愛事情やトイレ事情なんかに興味はない。君の本を買ってくれる人が好む内容以外は書く必要がないと言っていい」
「それなら商人の得意分野だよ。彼らが好む者が何なのかぼくが最もよく知っている」
「逆に王や貴族が知りたそうな軍事の話は少なめでいいでしょ。何せ戦争というのは隣あるいは近くの海上でしか起きないのですから」
「なんてこった。国境線を作る土塁とか、万を越す機械仕掛けの弓とか、火薬工場とかあるのに――まあ商人が儲けられない分野だし、しょうがないか」
「ええ、国防に対する記述を商人がしたと知れると、後の商人たちは捕らえられる可能性があります。そういった扱いの難しい情報は少なめでいいでしょう」
「まあ仕方ないね」
「そうと決まればさっそく作業に取り掛かりましょう。失礼、看守殿はいますか?」
ルスティケロは久しぶりの仕事に胸を躍らせる。
それも誰も知らない東方世界を始めて記述する作家になるのだ。
そして、うまくいけば捕虜生活の後には巨万の富を得られる。
多少の打算はあれど、こうしてマルコ・ポーロとルスティケロ・ダ・ピサの共同作業が始まった。
まず、ヴェネツィアの実家から父と叔父の日記を大量に運び出した。
そして、読み聞かせる前に父たちが残した日記の内容を読んで確認をしていった。
特に注意したのが、宗教になる。
十字軍遠征がまだ行われているこの時代、西方世界ではキリスト教のカトリック教会が最大勢力だった。
そうなると本を流通させるにはカトリックが好む内容でないといけない。
つまり異教徒はグロテスクな集団という印象を、そして対立するイスラム教は悪人であると強調するのは当然のこととなる。
「まあ、しょうがないね」
マルコは仕方ないと肩をすくめた。
「ええ、さすがに異端審問官に来られたら私たちに手の打ちようがありません。用心してキリスト教以外の全ての宗教を好ましくないように書いたほうがいいでしょう」
「それじゃあ、邪悪な異教徒たちの中で何十年も暮らしたマルコ・ポーロ物語を考えないといけないね」
「ええ、仕方がないですが、そうなります」
世に出す上で問題となる記述をすべて取り除いていった。
選別作業が済むと資料の半分以上が書けない内容になるとわかった。
マルコはこの半分の資料が世に知られることがないと思うと悲しくなった。
その中の一つの記述から当時のことを思い出す。
あれは大都へと再び戻って、今度はジーペングオに向かおうと将軍の一人へ会いに行った時のことだ。
――――――――――
「失礼しマス」
「どうぞ」
まだ、上手に喋れないマルコ一行が、一人の将の部屋へと案内される。
「んふふふふ、これは珍しいお客さんですね。噂のラテン人ですか」
「オー、初めまシテ、ワタシ商人のマルコ・ポーロデス」
「同じく、ニコロ・ポーロと――」
「マテオ・ポーロになりマス」
「今日はオネガイがありまして伺いまシタ」
三人は東征都元帥・クドゥンのもとへやって来ていた。
マルコ・ポーロは日本に行ったことがないので、ほぼすべての記載がいい加減です。
ただし仮に日本にやって来ても――
山で天狗が食人、川で河童が尻から真珠、武士は神官を後ろから襲って玄関前に飾る、お祭りはいろいろな動物の頭を被って百鬼夜行を楽しむ。
――みたいな感じで、合ってるんだけど違うそうじゃない、が修正不可能なレベルになるだけです。
辞書がない時代って大変ね。
食人に関しては実は両陣営が敵対勢力を食人鬼だと非難合戦をしています。
そのまま描くと殺伐とした感じになるので食人獣人VS犬食薩摩武士にしています。こいつら一周回って実は仲がいいんじゃないか?




