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二度目の襲来


 翌日、お寺には童たちが目を輝かせながら待っていた。

 和尚も気を引きしめて、八幡愚童訓を読み聞かせるのだった。


「それでは今日は二度目の異賊襲来の話となります」


「はい」

「はい」

「待ってました!」


「八幡さまに追い返された異賊たちですが、彼らは七年後にもう一度攻めてきたのです」



 ――――――――――



 ――弘安四年夏ノ頃、五月廿一日(21日)。


 無数の異賊たちの船団が襲ってきました。

 そしてこの時の異賊たちは〈帝国〉、〈王国〉、〈大唐〉それ以外にも国々の兵を率いていました。

 その数は三千艘の大船に、十七、八万の大軍を乗せてきたのです。


「クドゥンよ。今度は失敗するなよ」

「アタカイの〈大唐〉軍と金方慶の〈王国〉軍が合わさればどうということはない」

「それで金方慶はどこに行った?」

「奴は先に対馬と壱岐島に上陸している。今頃大暴れをしているところだろう」

「グフフ、〈王国〉の連中め、略奪という美味しいところだけ持っていったか」


 その中で〈王国〉の兵船四、五百隻は壱岐島と対馬に上陸して、目につくすべての人々を打殺して回ったのです。


「殺せ殺せ! 剣は刃こぼれが面倒だ、鎚矛で頭を潰していけ! いいな一人も生かすな!」

「皇帝陛下にはむやみな殺生を禁じられているのによろしいのですか?」

「気にするな。すべての責はこの金方慶にある。お前らは命じられたままに殺し尽くせ!」

「ハッ! 仰せのままに!」


 それは見るも無残な光景で、妻子を熊手のようなもので引っ張り出し、山深くに逃げても赤子の泣き声を聞きつけて、探し出して捕えて回ったのです。


「オギャァ! オギャァ!」

「赤子を、赤子を静かにさせろ!」

「……そんなの無理よ。赤子は泣くものだもの……」

「仕方ない……生きるためだ……」


 島民たちは長くもない命を惜しみ、赤子を殺して逃げ隠れました。



 ――――――――――



「異賊たちの暴虐の限りを尽くし、それはもう悲惨としか言いようのないことです。しかし、皆さんが本当に覚えておかなければならないのは、生きとし生けるものは必ず死が訪れるということです。命を惜しみ子を殺すということは、阿弥陀さまが許してくれても人が、そして己の心が許してくれません。この八幡愚童訓には書かれていませんが生き延びた人々のその後は罪の意識からそれはもう……ぶつぶつ…………くどくど」


「…………」

「…………」

「…………」


 童たちは最初は説教が長いとわかっていたので、達観しながら聞き流していた。


「……こほん」


 説教は長く終わりが見えなかったので巫女の一人が、ワザとらしく咳をした。


「おや、少々本題から離れてしまいましたね。それでは二島を襲った後の異賊たちの行動から教えましょう」



 ――――――――――



 〈王国〉の船団は二島を蹂躙した後に宗像という沖に上陸しました。


 そして〈帝国〉と〈大唐〉の船団は対馬には寄らず壱岐島を通り、能古島、志賀島の二島に上陸したのです。


 その後、〈王国〉船も宗像から出発して、博多湾で合流しました。


 彼らは今回の遠征では定住するつもりであり、生活必需品に耕作のスキにクワなどの農具まで多岐にわたる道具を持ちこんで来ました。


「ガルルルル、全員農具を持ったか?」

「はい張成兵站兵長殿、いつでも砦づくりができます!」

「違う! その農具は畑を耕すものだ。俺たちはこの戦に勝ったのち、そのまま定住するために農具を使うのだ。わかったな!」

「ど、土木作業や船の修繕工具で耕作をするんですか!?」

「あのな、いいか俺たちの敵は武士じゃない。農民たちだ。農民ってのは上が殺しあって支配者が変わっても、多めに年貢を納めれば生き残れると思ってる。だがな、侵略者が農具もって十万も来たとなれば自分たちは確実に殺される――その恐怖が信仰心へとすり替わっていくんだよ」

「なるほど、さすが兵站兵長殿は物知りです。勉強になります!」



 二島から異賊襲来の知らせが博多へ伝わったのは夜中のことなのでした。

 不意を突かれた格好でしたので、武士たちはあわてざわめきました。


「敵襲来! 急ぎ受け持ちの石築地に終結せよ!」

「急げ! 急げ! 全員守りにつけ!」

「上陸できるものならくるがいい!」


 彼ら武士は海際に作りし石築地で守備に就きました。


 この石築地は一丈(約3メートル)あまり高く、急こう配となっています。


 反対側は上りやすい勾配となっており、馬に乗りながら登ることができます。


 つまり彼らは異賊船が来たら、それを見下ろして矢を射ることができるのです。


 その石築地の上で火を焚き、それから漁村が漁業をできるようにと浜へとつながる場所――城戸口を塞ぎ備えたのです。



 そこへ関東より秋田城次郎以下の大勢が向かい、九国の兵たちに神社仏寺の僧兵もわれもわれもと集まりました。


「関東より安達泰盛が息子、安達『秋田城次郎』盛宗、坂東武者を引き連れて参上つかまつった!」

「うおおおおおおお!」


 ところが矢先をそろえて待ち構えたのですが、兵糧が乏しく、力なく、鎧は重く感じ、魂も身に力が入らなかったからです。


「は、はらへった……」

「兵糧をら太宰府に一本化した影響で…………じゃなかった水城が唯一の兵站基地だから食料供給が低いぞ……」

「なんということだ。これでは七年前よりひどいぞ……」


 これでは弓を引く力もない有様です。


 しかし文永の役に比べれば対抗できるようになりました。



 ――――――――――



「和尚さま、それで今度はずっと防戦を続けて追い返せたのですか」

「お腹すいてるのなら、やっぱり負けたんじゃないのかな」

「それでも武士たちは戦ったと思うよ」


「ええ、彼らの上陸は阻止できました。しかし、武士たちはまたしてもボロボロになったのです」


「なんだってー!」


「ふふふ、というのもこの時防衛にあたっていた武士たちに八幡菩薩さまを敬う心が無かったのです。昨日聞かせた文永の役の時のように八幡菩薩さまの加護で勝つことが出来れば恩賞を得られる、という邪な考えが心に浮かんでたのです。それが先行して石築地から討って出ました」


「あちゃ~」

「あちゃ~」

「あちゃ~」



 ――――――――――



「南無八幡菩薩さま、我にお力を――――恩賞は俺のものだ!!」

「!? いかん! そんなこと許されんぞ! 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。待て待て先懸の功は拙者のものだ!」

「抜け駆けは許さん! なむさん、ぶっ殺せ!!」

「うおおおおおおお!」


 武士たちは欲望をあらわにしながら、われもわれもと志賀島へと攻め込んだのです。


 そんな中で、わずかに信仰心の篤い武士たちが混ざっていました。


 まず一番に天草の次郎が、二艘にて夜襲して異国船に乗り込んで数百人切り殺して、首を二十一取りました。


「ぶんどりゃあああ!!」

「ぎゃあ!!」

「なんだ。力がみなぎってくる。刀も刃こぼれしない。すごい斬れるぞ。いくらでも切り殺せる!」


「なぜだ! 武士対策を施したはずなのになんでこんなに一方的にやられるんだ!」

「囲め囲め、ぶっ殺せ!」


「これが八幡さまの加護のお力か、ふおおおおおおおおおおおおおお!!!」


「ギャアアァァァァ!!」

「ギャアアァァァァ!!」

「ギャアアァァァァ!!」


 さんざんに暴れまわった後、彼は船に火をつけて帰りました。


「しまった。火薬船に引火したぞ!」

「アチチッ、燃える! 燃えるぞ!」


 振り向けばその火で四、五隻の船に燃え移ったのです。


「八幡菩薩さまのおかげで大いに勝てました」



 その一戦の後、異賊たちは用心して船を鎖でつなぎ、その上で船を守護するようになりました。


「ガルルルル、船を鎖でつなぐのだ」

「わかりました。戦っている最中ですが船をつなげます!」

「そして石弓兵を配置して、奴らを倒せ!」

「ハッ!」


 この対策により、攻め込んでくる者がいれば大船より石弓を放ったのです。


「ぎゃあっ!」

「溺れる! 溺れるぞ!」

「あばばばば…………」


 それにより武士たちの船は壊されて、その死者の数は誰にもわかりません。



 ――――――――――



「この八幡愚童訓には『前後に討伐者千万人行って、一人も帰る者なし』と書かれるほどに守備に就いた武士が消えてしまいました」


「草野次郎すげーー」

「武士たちはやっぱりダメだったか~」

「和尚、それでそれで!」


「そのようなこともあり、『この一件から、戦える者が居なくなるほど被害が出た。個々に夜襲をするべきではない。合戦の方針を決めてからおこなうので、抜け駆けはしないように』、と御触れが出ました」


「武士たち大丈夫かな」

「心配になるよね」

「信仰力が足りな過ぎたんだ……」


 和尚はパンッと手を叩いで、注目を集めた。

 そして、話に緩急と信仰について語るため、次の武士の活躍を話しはじめた。


「それでもなお、攻め込む者がいたのです――その武士の名は河野通有、この戦でよく戦った御家人です」


「きたーーーー!!」

「きたーーーー!!」

「きたーーーー!!」




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