神話において、信仰こそ力である
戦いが始まってから武士たちは思う思う戦っていました。
その全員が撤退して、一人も戦う者が居なくなった頃のことです。
戦場に菊池「次郎」武房が百騎余り、詫磨別当太郎が百騎余りを連れて一気に攻め込みました。
「我らがここで戦わねば後はない! 八幡さまの加護がある限り、戦い続けるのだ!」
「応!」
彼らは手勢を二手に分けました。
そして攻めに攻め込んで、さんざんに敵を蹴散らしたのです。
「うおおおおお!」
「押し込め!」
対して異賊たちも反撃に出ます。
「怯むな! 押し返せ!」
「ガルルルル!!」
一進一退の攻防により彼らは、上になり下になり、重なり合ったのです。
そして勝負を決した時には郎党たちのほとんどが討たれてしまいました。
そんな中、菊池武房ただ一人が死体の中から這い出てきたのです。
「ぶっはーー!! みなやられてしまったか……我が生き残ったのは武神・八幡菩薩神さまの加護によりものか」
彼は死体の中から大将と思しき首を二つ討ち取って、異賊の首を掲げて帰還しました。
「むむむ、海戦では惜しくも負けてしまったが、陸の上での戦いなら負けはしない!」
「竹崎の旦那ぁ……さっき囲まれるって言ったじゃないすか、もう帰りましょうよ……」
「うるさいぞ籐源太! 我らには八幡さまついておられるのだから大丈夫だ!」
「うへぇ……」
「やや! そこの……そこのボロボロの御仁、大丈夫ですか?」
「我は菊池武房である。大丈夫だ問題ない」
「先に戦っていた騎馬武者であるか」
「ああ、百騎余りで挑んだが皆討ち死にしてしまった。だが奴らの大将首を二つ分捕ることに成功した!」
「おお、噂に違わぬ菊池の猛者でありましたか、ところで確か弟がいたような……いなかったような」
「弟はいるが見えぬな。だが不思議と生きている予感がする。首を持ちかえらなければならぬのでこれにてご免」
「ううむ、これは負けてられぬ。者ども我ら竹崎も攻め込むぞ!」
「応!」
「えぇ……なんであの菊池がボロボロなのに突撃するんですか……ここは味方の証人を得てから――」
「仏道の道は先を駆けることと心得よ! ただ駆けよ!」
「のおぉぉぉ!!」
菊池武房が味方の陣に帰った時の勇ましさは聞こえ及ぶほどでした。
「菊池が! 菊池が帰ってきたぞ!!」
「あれほどの強敵と戦って戻ってくるとはなんという猛者!」
「しかも首を、大将首を二つも持っている!」
彼は八幡大菩薩さまを深く信仰し、その信仰心から――。
「勧賞あるならば、賜りません。もし手向けがあればそれを八幡さまに奉る所存でございます」
――と言って、頑なになりました。
後に太宰府より注進して、京都の朝廷から賜った甲冑があるのですが、それを神社へと奉納したのです。
――――――
「かっけーー!」
「すっげーー!」
「きゃーきゃーっ!」
和尚は興奮する子供たちをなだめ、さらに付け加えた。
「いいですか。彼の、菊池武房の信仰心は本物です。だからこそ朝廷は彼に甲冑を授けたのであって…………くどくど…………さらに彼の子孫はその後の後醍醐天皇の呼びかけに九国で最初に応え挙兵したほどです。彼ら菊池の信仰心の篤さと朝廷に対する信義は本物であり、その愚直の精神と姿勢は後世に語り続けなければならないのです。さらに付け加えるなら…………くどくど……」
「…………」
「…………」
「……スヤァ」
和尚はそれは熱く、菊池一門の朝廷に対する姿勢のすばらしさを称え、それ以外の御家人の優柔武断な対応をこき下ろし続けた。
そして童たちは帰りたくなった。
「こほん……」と巫女の一人がワザとらしく咳払いをして、はたと気づいたのか和尚も咳払いをする。
「おっほん……それでは続きを聞かせましょう」
――――――――――
菊池武房の勇敢な戦いに逃げ腰だった武士たちも奮い立ちました。
その中心となったのは信仰心の篤い少弐資能の息子・大将軍景資になります。
それ以外にも平四郎の息子・小太郎左衛門等をはじめとして、大矢野、竹崎、白石らはさらに集まって、さんざんに戦いました。
「皆、この那珂川を堀と見立てて、一緒に矢戦をする。わかったな!」
「大将少弐がそう言うのなら従おう」
「よし、逃げていった者も集めて、ここで敵を食い止めようぞ!!」
「応っ!」
「竹崎の意地を見せてくれる!」
「……結局突撃しなかったんですね……旦那ぁ」
「なぜかわからぬが、体が思うように動いてくれぬのだ。なぜかわからぬが……」
それ以外にも名のある者は逃げたことを恥に思い、大戦となって攻め込んだのです。
しかし異賊はものともせず、再び武士たちを破り、佐原(早良?)、筥崎、宇佐(東松浦相知村宇佐里?)まで攻め込みました。
「ダメだ! 博多の町まで攻め込まれるぞ!」
「なぜだ、那珂川で向かい合えば、持つこたえられるだろ!」
「奴ら馬を降りて、自慢の脚力で飛び越えてきやがった!」
「なんだと!? なんて奴らだ。あいつら鎧を脱いで剣だけで突撃してきやがったぞ!!」
「ガルル、攻撃なんぞ、当たらなければどうということはない!」
「黄河に比べればこれしきの小川なぞ、一足飛びよ!」
「ぎゃあああ!? ほんとに飛び越えてきた!!」
「海からも続々と上陸してきたぞ! 息の浜の軍勢は全滅だ!」
「くっ、海上でもっと粘ればよかったか……拙者にもっと力があれば……」
「いや、五郎の旦那一人じゃどうにもなりませんよ」
そして隠れ潜んでいた妻子、老人、幾万もの人々が連れ去られ捕虜となります。
「ヒャッハー! さっさと歩け、戦ってる最中だが俺たちの船に乗るんだよ!」
「た、たすけてくれ!」
「うわあああああああ!?」
「奴ら戦いに集中せずに人間狩りを始めやがった。それでも奴らのほうが強すぎるから撤退しよう!」
「お前たちは大将少弐に従って水城へと行くのだ!」
「五郎殿はどうするのですか?」
「これから箱崎の異賊だけでも蹴散らして、彼らを助ける!」
「……わかりました。どうかおきをつけて!」
辰刻(8時)より始まりし戦いも、すでに日も暮れた頃。
武士たちは武力では及ばず、水城に撤退するために逃げ支度を始めました。
――――――――
「水城ってなに?」
「さぁ?」
童たちが今度は水城が何なのか疑問に思う。
想定されていた――いや、力強く説明しなければならないことなので、和尚が水城について説明を始める。
「水城というのは、前は深い水田路、後ろは野原が広く続く――」
和尚はそう言って水城について語りだした。
この城は博多と太宰府の間にある長い土手のことであり、馬、飼育小屋、兵糧が潤沢にある。
左右の山まで続き、その長さは約三十町(約3キロメートル)。
さらに石を高く積んでいたほかに、城戸口には盤石――巨大な石の門を立てていた。
さらにさらに、その水城の南側の山近くにあいそめ川が流れております。
右山の腰には深く広く堀を通して、二、三里先まで廻っていたのです。
これは古の時代に異賊を防ぐために師の大将がいた大城だったのです。
それほど古い古城であったことなどを語り聞かせる。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
童たちは無表情になりながら、何か巨大な壁があって、その後ろに兵糧がいっぱいあるんだろうな、と思いつつ早く次の話にならないかと願う。
「――そしてついに!!」
「!!?」
「大将少弐が敵将と戦ったのです!!」
「うおおおお!!」
「うおおおお!!」
「うおおおお!!」
童たちの期待が一気に上がった。
――――――――
我も我もとその水城へと逃げ込む武士たち、そんな中ではいよいよ神にすがる者が増え、すでに一人も戦う者がいなくなりました。
この逃げ惑うなか大将軍少弐景資は殿として一番後ろにいました。
「はやく皆の退避を済ませるのだ! 水城へ向かい体勢を立て直す!」
「少弐様! 敵です。敵の大将軍が出てきました!」
「なにっ!?」
異賊たちの中から大将軍とおぼしき者が前に出ます。
大きさは長七尺(2メートル)以上の大男。
そのヒゲは腰まで伸び、その鎧は赤く、あし毛の馬に乗っています。
さらに十四、五騎を引き連れて、徒歩七、八十は従えて襲い掛かってきました。
「こんな時に攻められては全滅してしまう……どうする」
「景資様!!」
「ほう、このワシを前にして逃げきれると思ったか! グハハハハハ、さあこい。血沸き肉躍る戦いをしようぞ!!」
「一町(100m)走っただけでも息切れするのに、水城までは全速力で走り抜けるぜ!」
「ガルル、俺たち獣人は、持久力はないが瞬発力と回復力ならどの種族にも負けないのだ!」
その時、なんと信仰心の篤い少弐景資の旗の先にハトが止まったではありませんか。
「ハト! ハトがとまったぞ!」
「ハトが旗の上にとまった! これは吉報だ!!」
「おお、このハトは八幡大菩薩さまのお使いに違いない。なんと頼もしいことか!!」
八幡宮の鳥居などに鳩紋が使われていることからもわかるように、ハトというのは八幡神の御使いであらせられます。
そのハトが戦場に舞い降りたということは信仰心篤い景資殿に弓矢八幡の加護が与えられたのは当然なのです。
「少弐景資に弓矢八幡の加護が与えられた!」
「これで勝てるぞ!」
大将景資は弓の名手を馬に乗せ、その者たちと前に出ました。
「みな矢を射よ!」
「まだ敵は遠いです。もっと近づいてから放つべきかと」
「いいや、いまだ。八幡様が今放てと申してる。私にはわかるのだ」
「!? なんと、景資様の後ろに何か――背後霊がいる!?」
「ち、ちがうぞ。これは守護霊ではない。八幡菩薩神様が顕現なされたのだ!」
これは書物には書かれていませんが、この時景資の体を纏うように波紋が生じ、八幡菩薩さまが顕現なされ背後からそっと矢の向きを教えてくださったのです。
「わかる。わかりますともこの向きで放てばよろしいのですね」
「見える。見えるぞ。菩薩さまの偉大なお力が見える!!」
「南無、南無南無南無南無南無南無南無南無、南無惨ッ!!!!!」
そして矢が放たれた!!
「グギャアアァァァァ!!」
その矢は見事、敵の大男を射貫き、そのまま落馬したのです。
すると付き添いの郎党たちがこれに驚き、大男を担いで戻っていきました。
「劉復亨がやられた!?」
「こんちくしょうめ!」
かの大男は何者なのか?
捕まえた捕虜に名を聞いたところ「流将公」という者でした。
八幡菩薩さまがハトを遣わせてくれたことにより、異賊の大将軍を討つことができました。
八幡宮に降伏――神仏の法力によって敵を防ぎ抑えること(こうふくとは別の意味)、をしてもらい、あまりのめでたきことが起きたと皆が感じたのです。
この書物には書かれていませんが、なぜ少弐景資殿に八幡菩薩さまの加護が宿ったのか語りましょう。
彼の信仰心は本物です。あれはのちに石築地を作る過程で、寺院で私貿易ができなくなりました。
困窮した僧侶たちを助けたのが景資殿なのです。
彼は貿易ができなくなったすべての寺院から船を買い上げるように働きかけたのです。
普通なら徴発されるところを適正な価格で買った彼はまさに博多の僧侶たちの救世主でした。
それから――――。
――閑話休題。
話を少し戻し、この夕方の撤退騒ぎによって頼みの綱であった軍兵は筥崎宮から撤退してしまいました。
筥崎宮を守っていた神官たちは危険な状態となったのです。
彼らも逃げ隠れたいと思いました。
「ふがいない武士たちが逃げていきます! 赤坂山からぞろぞろと味方が逃げてきます!」
「しかたありません我々も逃げましょう」
「いいえ、なりません。御神体を運び出すまでは私たちは逃げることはできません!」
しかし、御神体を見捨ててはたちまち異賊に穢されると思い、そのような悲しいことになるくらいなら命のある限り御神体を運び出して共に逃げようと思ったのです。
「みな、涙を流しながらで構いません。御神体を筥崎宮から運び出すのです」
「うぅ……はい!」
「皆で力を合わせて運び出すのだ!」
「うおおおおおおお!」
彼ら神官は御神体をお連れ奉り、宇美の宮(宇美八幡宮?)へと運びました。
「はぁはぁ……宇美の宮へと着いたぞ」
「おおい、誰もいないのか!」
「ここには味方がおりません。誰もおりません!」
「なぜだ! 神社仏閣の敷地は有事の武士たちの拠点ではなかったのか!」
「多分ですが水城に全兵が集まってるのです。そこにすべての兵糧があるから、水城に全兵が集まっているのです!」
「仕方ありません極楽寺へ向かいましょう」
「はい!」
こうしてさらに奥にある極楽寺(大庵極楽寺?)に移動しました。
ちょうど涙かのように雨がしとしと、と降りました。
そして衣手は濡れていないところが無くなった頃、極楽寺に着きました。
極楽寺に着いてから彼らは後ろを振り返りました。
「ああ、燃えている。猛火が雲へと上っている……」
「なんということだ。これは異賊どもの仕業に違いない」
「なんと恐ろしいことか……」
――――――――
「さあさあ、落ちのびた人々は太宰府周辺の峰や谷に隠れ、身を潜めました。そして彼らは夜が明ければ異賊たちが探し出すであろうと察するのです。もう逃げるところはありません……」
和尚はおどろおどろしく、童たちに言うのだった。
童たちは自分のことと思うと再び恐怖に取りつかれた。
「ひぃ」
「がたがた……ぶるぶる」
そんな童たちに和尚は優しくいった。
「なんということでしょう。夜明けとともに敵はすっかり消えていたのです」
「えっ!?」
「消えたのなんで??」
「え。和尚よくわかんない……」
童たちは悲惨な結末を想像したのにそれが起きないことに肩透かしをくらう。
そして次から次へと疑問がわいてきたのだ。
「それではなぜ消えたのか皆さんで考えてみましょう」
「たぶんお腹がすいて帰ったんだよ」
「食べながら戦うから違うよ。たぶん力を見せつけて満足したんだよ」
「いっぱいの人が船に乗るのは時間がかかるよ。たぶん敵は隠れたんだよ」
「「それだー!」」
和尚はこほんとわざとらしく咳払いしてから話し出す。
「なにが起きたのか――それは武士たちが南の太宰府に逃げているときに、異賊たちは北の海へと逃げていたのです!」
「なんでやねん!」
「なんでやねん!」
「なんでやねん!」
ついに童たちもツッコんだ!
五郎ちゃんを中心にそこらじゅうで登場人物の行動がバグってますが、八幡愚童訓なのでしょうがない。




