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八幡様の教え

 ――とある時代、とある寺院。


 周辺の村々から(わっぱ)がお寺に集められた。


「疲れた……」

「なんでお寺に来なきゃいけないの?」

「眠い……」


 お寺は基本的に山間部や丘の上にある。

 大抵の農村は平地を耕すので、お寺や家々が山間やその付近に追いやられてしまうからだ。


 多少不便であっても童たちは寺に行かなければいけなかった。

 この時代、お寺に子供たちを集めて、読み聞かせたりなどをしていた。

 つまり寺小屋の起源のようなことをすでにおこなっていた。


「ちょっとどけよっ」

「うるさいな……」

「ぐ~……」

「こいつ寝てやがる」


 寺に集められた童たちはまだ幼く、そして教養があるわけではない。

 大人たちはというと毎日農作業をして、ひと段落したら山へ柴刈りに行く。

 こうして毎日薪を集めなければ、冬を越せるだけの燃料が手に入らないからだ。


 彼らに代わって童たちの教育をするのは寺院の役目の一つであった。

 そうすることで将来的に熱心な信者になってくれるのだから、僧侶たちも熱心に若者たちに教えを広めていた。


「はい皆さん。これより菩薩さまのありがたいお話をしますので、静かに聞くように。もし静かにしなかったら――」


「しなかったら?」


 和尚は深刻な顔つきになって低い声を発する。

「むくりこくり、鬼が来るぞ!」


「うわーー!!」

「ひぇぇ……」


 童たちは、わっと騒いでからすぐに静かになった。

 昔から子供たちが泣きじゃくると、「むくりこくり鬼」が来るぞ、と脅す風習があった。


 正確にはあったのではない。

 この風習を寺院が中心となって広めたというのが正しい。


 例えば織田信長にせよ、武田信玄にせよ、どれほど侵略と略奪を重ねても彼ら武将が「オダ鬼」「タケダ鬼」と言われることはない。

 そのようなことを流布すれば信濃や甲斐で布教活動ができなくなる――最悪、焼き討ちに合うかもしれない。


 その点、「むくりこくり鬼」は大陸の――すでに崩壊した〈帝国〉と〈王国〉になる。

 五百年悪く語り継いでも問題にすらならない。


 自分たちの教えを広めたい僧侶たちにとってこの上なく都合のいい存在だった。




 寺の和尚が周りを見渡す。

 童たちは脅したので、みな静かになり和尚のほうを見ている。


「さて、静かになりましたね。それでは今日はそのむくりこくり鬼について話しましょう」


「――ビクッ!?」その名を聞いて童たちの体がこわばった。


「それでは例の書物を持ってきてください」

「はい、こちらになります」


 そう言って巫女が一冊の本を持ってきた。


 神仏習合の時代には巫女と僧侶の境界線は曖昧になり、巫僧(ふそう)というどちらでもあってどちらでもない、両者が混在した人々が出てきた。

 そのため現代人では理解できない僧侶と巫女が同時にいることもしばしばあった。


「さて、こちらの本になりますが、題名を『八幡愚童訓(はちまんぐどうくん)』といいます。八幡菩薩神さまの霊験やその神徳について書かれたありがたい書物です」


「八幡菩薩神?」

「ぼさつさまだよ」

「けど神様なんでしょ」

「よくわからないけどお祈りするといいことがあるって言ってた」


 八幡菩薩の歴史を紐解くとそれは複雑かつ、神社と寺院の力関係の歴史と言える。


 まずはじめに宇佐神宮に祀られる武神「弓矢八幡」、つまり第十五第・応神天皇が崩御したのちに神格化した存在が八幡神(やはたのかみ)となる。


 もっとも古い時代、人々は八幡神と呼び、信仰していた。

 そして〈島国〉全土の武士たちの信仰の対象となっているのもこの武神に対してである。


 時代の流れと共に仏教が伝来して「神仏習合」が進むと、それに合わせて八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)と称されるようになる。

 さらに神道の八百万の神々が実は仏の化身であり、権現――菩薩が人々を救うために現れた仮初の姿、という解釈され始めると、「僧形(そうぎょう)八幡神」というようになる。


 つまり〈島国〉の宗教とは、西方世界の宗教が異端審問や異教徒狩りが行われる排他的なのに対して、異端や解釈の違いをすべて受け入れ、時代の流れに合わせて変改する。そういう宗教観になる。


 そのためこの寺院では八幡菩薩神という呼び名になっていた。


「この八幡愚童訓を読めば、八幡菩薩神とは何か、そしてむくりこくり鬼がどういう存在か改めて知ることができるでしょう」


「ほへ~~」

「ほへ~~」

「ほへ~~」


 童たちは和尚の言うことを半分も理解していなかった。

 ただ、なんとなく武士たちが頑張ったのだろうと思うのだった。


「ねぇねぇ誰が戦うのかな?」

「そりゃぁ、ショウニとかキクチじゃない?」

「だよねだよね!」


 童たちは誰が鬼を倒すのか話し始めた。

 少弐、大友、島津、九州で有名な将たちの名が挙がっていく。


 和尚がぱん、ぱん、と手を叩いて、童たちの注目を集める。

 そして静かにゆっくりと語り始めた。


「ごほん、それではむかし、むかし――」



 ――――――――――



 第九十代天皇であらせられる亀山天皇が世を治めた時代。


 そのころは天変地異が何度も起きて、皆がとても困っていました。

 そのため災異改元――つまり元号を異変が起きるたびに変えていきました。


 疫病は蔓延し、日照りは続き、そうかと思えば大雨洪水による大飢饉も何度も起きました。


 地震雷火事、悪党野武士!!


 人々が八幡菩薩さまに救いを求めて祈りをささげていた、まさにそのとき!


 大陸の悪逆非道の蛮族、〈帝国〉と〈王国〉が突如襲ってきたのです。


 彼らは海を覆うほどの船――そのかず四百艘の船で襲来したのです。


 その異賊たちの数はなんと、三万とも四万ともいわれています。



 ――――――――――



「うひゃー!?」

「三万ってどのぐらいなんだろ?」

「さあ?」


「こほん、この集落で三百ほどですので、似た集落百村ほど集めた数です」

「すげーー!」

「いっぱいだー」


「ただ、彼らはただの賊ではありません」

「?」


「その時、攻め込んできたのは――その様相はまさに人の形をした犬、犬人間だったのです!」


「な、なんだってー!!」


 鬼も河童も信じられていた時代、攻め込んできたのが獣人と言えば、そう信じてしまう。


「その証拠にこの八幡愚童訓にはこう書かれています。これは最も徳の高い叡尊さまが述べたお言葉になります」


 そう言って和尚は八幡愚童訓の中ほどを開いて見せて指さす。


『蒙古ハ是犬之子孫也』


 そう書かれていた。


「つまり〈帝国〉は犬の子孫であり、彼らは二足歩行する犬の獣人だったのです」


「そ、そうだったのかーー!!」


 そのとき、歴史ぶっ壊れる。


前半ではほとんど無視した八幡愚童訓がメインです。

ただし「八幡ノ蒙古記」など独自エピソードも集めているので、かなりキメラな状態です。

あと普通だと面白くないので故意に盛った部分もあります。ご注意を。

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