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弘安の役 鷹島の戦い

 都甲(とごう)「左衛門五郎」惟親(これちか)は少弐景資の軍に加わり肥前国までやってきた。

 彼は息子の「四郎」惟遠(これとお)と出陣の時を待っていた。


 鷹島が見渡せる浜辺には今か今かと松浦党の水軍たちが待機している。

 皆が感づいていた。この戦いが最後になると。


「ついにこの時が来た。この日田どんの形見で奴らを切り捨ててくれるわ」

「父上、ついこの前、代わりに持って行ってくれと言われて嫌々持ってきたのではありませんか」


「ふ、四郎も言うようになったな。実際、一騎討ちにでもならなければ刀は使わないから仕方なかろう」

「……一騎討ちですか。むかし平家が好んだ作法でしたね」

「そうだ。あれはあれで小競り合いを終わらせるにはいいものだ――だが賊徒どもは一騎討ちを好まぬからな。これが役立つことはそうそうないだろう」


「父上! 少弐の陣が慌ただしいです!」

「来たか! 来たか! 来たのだな!」




 少弐景資は攻め時を待っていた。

 そこへ伝令が駆け込む。


「敵が船で逃げようとするところを騎兵が突撃を開始! 御厨に布陣した敵が一気に瓦解しました!」

「おお!」


「やりましたな」

「我々も負けられぬぞ」


 陣内が沸き立ち、皆が景資のほうを見る。

 そして少弐景資が立ち上がった。


「今こそ出陣の時、鏑矢を放て!」

「応!」


 鏑矢の合図を皮切りに、一斉に船が漕ぎ出す。

 そして数少ない上陸地点となる鷹島の東浜へと向かう。



 そこには切り倒した木の端材で作った柵と、その裏に武装した南宋石弓兵が待機していた。

 張成の置き土産になる。


「絶対に上陸させるな! 撃て!」

 南宋兵たちが石弓で水軍を撃退していく。


 だがただ一方的にやられる武士団ではない。

 都甲惟親が郎党たちに命じる。

「弓引け! 放て!」


 矢の応酬の始まりだ。

 この上陸戦の矢戦で最も活躍したのは投石兵たちになる。

 十分な矢を確保できない南宋兵にとって投石が最も効果的だった。

 特に鷹島を含めて列島の島々は崖と入江がほとんどであり、浜を囲むように兵を配置すれば、崖の上という利点からほぼ一方的な攻撃となる。


「石をどんどん投げろ! とにかく奴らを上陸させるな!」

 南宋兵たちは一度でも上陸を許せば、遮蔽物の多い陸上戦で勝ち目がないと理解している。


 戦いは何時間にもわたり続いた。

 浜は血で染まり、入江には再び死体が浮かぶ。

 怒号と罵声が続くが、一向に上陸ができなかった。



 この均衡を崩したのは藤原資門たち御厨半島で船を分捕った武士団になる。

 彼らは集団での上陸が困難な棟原から鷹島へと入った。


 そこは〈帝国〉の船団が沈み、残骸が侵入を拒む入江だった。

 少数ということもあり難なく裏側を取った資門たちが投石兵を襲う。


「首を分捕れ!!」

「うおおおおおおお!!」


『アイヤアアアアッ!!?』

『さがれさがれ!!』

『逃げろ!!』


 瓦解した南宋兵たちは一斉に島の奥へと逃げ出した。

 それを追うように武士たちも鷹島へとなだれ込む。


 鷹島には南宋兵たちが作り上げた砦が完成していた。

 急ごしらえとはいえ砦の守備は固く、追討戦のはずがまさかの攻城戦となる。


「矢だ! もっと矢を持ってこい!」

「くそっ、敵の数が多すぎるぞ。石が雨のように降ってきやがる!」


 六万、それは一つの都市の人口に匹敵する数であり、すべてを矢で倒すにはやはり十万本以上の矢が必要になる。

 だがそこまでの矢が無い以上、戦いは両軍による血みどろの投石戦へとなる。


 血で足元が滑る中、真っ赤に染まった石を投げる。

 その投げられた石は新たに血を吸い、今度は投げた兵に返ってきて、その血を吸う。


 血と泥の戦いの最中、少弐景資は鷹島の北東にある阿翁免(あおうめん)そこの龍面庵(りゅうめんあん)と現地の人々が呼ぶ場所に布陣した。

 ちょっとした高台であり、島の戦況を見ることができた。


「戦いはどうなっていますか?」

「はっ、敵は砦を中心に立地のいいところに立てこもり、そこから石を雨のように降らせてきます。こちらも矢で応戦していますが数が少なく、一部は突撃をして被害が増しています!」

「……長期戦となるので後続の兵たちを休ませてください。それからどれほど突撃しても万の兵に囲まれれば多勢に無勢、控えるようによくよく伝えてください」

「はっ!」


 団子のように狭い道に詰め掛けていた武士たちが、一時さがり、各地で休息のための焚火を始める。


 兵が分散し、少しだけ気の緩んだその時、南宋兵たちが動いた。


「急報! 敵が煙を大量に出しました! 例の煙です!」

「何!」


 少弐景資と郎党たちが島の南西側をみる。

 各地で煙が舞い、視界が悪くなった。


 そして砦の正面の柵が取り除かれた。


 そこには張翔と最後の騎兵約百騎余りがいた。


「全員覚悟はできてるな! これから敵の本陣に攻め込むぜ!」

「ハッ!」

「よっしゃ突撃だ!」


 張総官率いる騎兵突撃、狙いは少弐景資のいる本陣。

 そこに大将がいるかはわからない。

 しかし島の形状や、戦域が見渡せる高台の場所となると、そこはただ一か所となる。


 張翔の後ろには招討使・忽都哈思(クドゥハス)がいた。


 この作戦はこのクドゥハスが立案したものになる。




 それは前日の六日になる。




「おめぇがクドゥハスって将軍か? なんでこの島に残ってるんだ?」


 クドゥハスは〈帝国〉の将校になる。

 全身を強く痛めつけられ、将校である身分を証明するものは何もない。

 ただ、一部の兵が顔を覚えていたので将校だとわかった。


 彼はもともとは皇帝に仕える武官であり河北で活動していた。

 そして耶律楚材の思想に感銘を受けた武官でもある。


 そんな彼は江南軍に加わり鷹島までやってきたが、そこで范文虎将軍が拘束される現場を目撃した。

 彼は兵を見捨てるというアタカイに抗議したが、徹底的に痛めつけられた末に鷹島に置いてかれた。


「ふ、兵を見捨てるのが性に合わなくてな。この戦いに最後まで付き合うつもりだ」


 張翔も、まあ何か訳ありなんだろう、と気づいたが深くは追及しなかった。

 それよりも武官が一人でも欲しかったからだ。


「それで、俺たちに何をさせたいんだ?」

「なに簡単なことだ。長期戦ならこのまま船を造るという方針でいいと思う。だが敵である〈島国〉の連中はむしろ兵力差を気にしない蛮勇の権化のような島鬼と聞く。ならば明日にでも攻め込んでくると見越したほうがいい」


「なっはっはっは、明日じゃ時間がまったくないな! 使者でも送って降伏したほうが現実的ってもんだ!」

 張翔は大笑いしながらすべて無駄だと悟る。


「いや、使者を送っても切り殺されるだけだろう。そもそも交渉するつもりがあるのなら七年前に使者と対話して――こんな杜撰な侵攻計画にはならない。もっと綿密な計画を立てた上で侵略を開始する」


「ぎゃはははは、対話しても侵略するってんなら、あいつ等の対応は正解だな!」

「否定はできない。そこで短期で攻めてきたのなら、奴らに交渉する気にさせなければならない」

「交渉する気のない連中を交渉させるってのはどうするんだ? おい」


「なに、奴らが武勇を尊ぶ武人とするなら、そこにこそ交渉の余地がある――」



 ――彼らが最も好むのは戦い。ならば血を流した先に交渉がある。




「敵を蹴散らせ!」

「オオオオ!!」


 張翔たち騎兵が鷹島の敵の真っただ中を突き進む。

 一瞬の気の緩み、そして矢が無くなった瞬間。

 彼らを止めることができる者はいなかった。


「なにをしている! 石を投げろ! 薙刀で突き刺せ!」

「応!」


 煙幕によって視界が遮られる中、果敢に攻め込む。

 一騎、また一騎と騎兵が討ち取られていく。


「あんま煙を吸い込むなよ! こいつには毒が含まれてるからな!」

「ゴホッ……ああ、どうせ死ぬ身、問題ない!」


 クドゥハスはたとえ本国に帰っても暗殺されるだけ、そしてこの〈島国〉では南宋人ではない彼が生き残れる可能性は無いに等しかった。



 少弐景資がいる本陣。

 そこを守る垣楯弓兵たちが矢を放つ。

 対して張が石弓を放ち排除する。


「ぐわっ」

『ガフッ……』


 出陣した時は百騎余りだった騎兵も、そのほぼ全騎が討ち取られた。

 少弐景資の前に、騎兵二騎がたどり着く。


「ぜぇ……ぜぇ……ニィ」


 ――彼らが真の武人なら、必ずや応じるはずだ。


「いざ、尋常に勝負!」




 少弐景資はその言葉に意味が分からずとも、それが一騎討ちの申し出だとわかった。

 それは郎党たちも同じである。


「景資様、ここは――」

「ええ、二人を呼んできてください」


 張翔とクドゥハスの前に騎馬武者が二騎現れた。


 名は対馬小太郎と兵衛次郎。


 この戦争に因縁のある郎党だ。


残念ながら鷹島の戦いの全容は一切不明。

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