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弘安の役 合流へ

 壱岐島の戦い後、包囲網を敷く〈帝国〉船団を避けるように武士たちは夜な夜な船をこいで南へと逃れた。

 〈帝国〉の副将軍アラテムルは壱岐島に留まる兵が千名以下にまで減ったのを確認した。

 そしてこれ以上の包囲は無駄だと判断して志賀島へと帰還する。



 張成は志賀島に着くと江南軍から受け取った兵糧を分配した。


「いいか、この兵糧は故郷の皆が汗水たらして作ったものだ。一個も無駄にするなよ」

「はい兵站兵長殿!」


 この時代の兵糧は無発酵のパンが主であり、それを汁物と一緒に食すのが普通である。

 パン以外にも対馬、壱岐島で捕獲した家畜の肉も振舞われた。

 久方ぶりの肉に志賀島の兵たちに活気が戻る。


「兄者……にぃ」


 弟の張翔の口角に上がり、その強面の人相がいたずら小僧のそれとなる。

 張成はその手に持っている木箱から何をしたのかすぐに察する。


「しょうがねぇなぁ。おい、俺たちは休息に入るから後の手配は任せたぞ」

「ハッわかりました兵站兵長殿!」


 人気のない場所に移りそこに腰を掛ける。

 張翔が箱のなかを漁って、干し肉やチーズ、そして酒を取り出した。


「お、旨そうなものが結構あるな」

「だっはっは、何とか〈帝国〉将校用の嗜好品をちょろまかせたぜ」

「ま、役得って奴だな。だが気を付けろよ。貴族から嗜好品をかっぱらったって知れたらただじゃすまないからな」

「んまんま……みんな飯に集中してるからこっちにゃ来ないさ」

「それもそうだな」


「あ……」


 二人のところに貂鈴が出くわした。





「はむはむ……おいしい……」

「なるほどねぇ。貂家のお嬢さんも大変だ」


 張成は嗜好品を分けて口止めに成功した。


「私は……先月の戦いが……私のせいじゃないかと……ずっと……ずっと…………ぐす」


 張成は彼女から詳細を聞いたわけではない。

 ただ、自分自身を責めていることはわかる。


「なんだつまり、嬢ちゃんは先月の大戦は自分の行動の結果であり、なんかよくわかんねぇが〈帝国〉兵が大量に亡くなった原因は自分だと思ってるのか?」

「こくり……はい、あのとき――」

「おめぇすげーな!」


 張翔が飯を食べながら大口を開けて言いきった。

 貂鈴は思いもしない答えにぽかんと開いた口がふさがらない。


「なあ兄者、俺たちなんて〈帝国〉が怖いから表向きは言うこと聞いて、コッソリ仕返しするぐらいなのに――むぐむぐ、ごくごく」

「食うか喋るかどっちかにしろってんだ。けど義弟の言うとおりだ。あの〈帝国〉に痛手を与えるなんてそうそうできる事じゃねぇ。俺たちなんてつい先日壱岐島で戦ってたが、結局何もできなかった」


 そう言いながら張成たちは壱岐島の略奪から防衛戦そして海上包囲網と〈帝国〉の流れるような戦略について語った。


「そんな……あの人が大略奪を……」

「そうさ、戦争に関しては本当に手際がいいんだよ。それなのに嬢ちゃんはそんな〈帝国〉を手玉に取ったんだ。つまり――」


 一呼吸間を置いてから、


「かっけー」

「かっけー」


 と張兄弟がいう。


「…………ぷ、くくく、あはははは」


 貂鈴は強面の歴戦の南宋兵であろう二人がそんな感想を言うのがなんだか可笑しくなってきた。

 彼女はずっと貴族に媚を売る侍女たちの中にいたから忘れていたが、旧南宋の漢人間では〈帝国〉に唾を吐く人が称賛される。

 この二人に出会ってそのことを思い出させてくれた。


「それじゃあ、くれぐれもこのことは内緒にしてくれな。お嬢――いやカッコいい人」

「じゃあなカッコいい嬢ちゃん」


「はい、ありがとうございました」



 貂鈴は二人と別れて、将校たちの駐屯所へと向かう。

 そこは慌ただしく、人が行き交い、ゲルの撤去が始まっていた。

 アラテムルの部隊が志賀島から完全に兵を引くことが決まったからだ。


「あ、貂鈴。あんた一体どこで油を売っていたんだい」

「すみませんでした」


 いつも貂鈴をいびる女に見つかった。

 そのとり巻きたちもやってきた。


「あんた、すんすん……匂うね。これは肉の臭いかい?」

「その……近くを通った時に匂いが移っただけ……です」

「はんどうだか。大方、股開いて肉をせがんだんだろ。いやらしい小娘だね」

「うっそ、最低ね」

「キャハハハハ」


 普段なら反論もせずただじっと耐えていた。

 けれど今日は違った。


「どっちが……」

「あん?」


「どっちがいやらしいのよ。あなた達こそ誇りもなく媚びてるだけのアバズレでしょう!」


 ――パンッ!


「この小娘が! 何調子に乗ってるのよ! たかが商館の娘のくせして!!」

「ちょ、ちょっと姐さん。やり過ぎると……さすがに」

「落ち着いてください――あんたあっちに行きな!」


 貂鈴は赤くなった頬を抑えながら走り去る。

 そしてアラテムルのゲルの中へと入り、私物を持った。


「ふふ、言ってやった」


 船に乗るために移動しようとした時、ふと石箱が目に入った。


 金印が納められた箱になる。


 彼女はそれが〈島国〉から奪われた物だと知っていた。

 張成の話からこれはアラテムルが奪っていい物ではないと感じた。


 貂鈴は石箱を持って密かに外に出る。

 そして誰もいない断層、そのくぼみにそっと箱を置いた。

 近くの草木で覆い、いつか誰かが気付いてくれることを願ってその場を立ち去った。


 その後は険悪な雰囲気の船に乗り、沖合に停泊しているアラテムル艦へと向かう。


 彼女の心は晴れ晴れとしていた。





 〈王国〉の船団はアラテムルの旗艦を中心にできるだけ密接になるように船を配置していた。

 志賀島から離れた場所であり、他の船団からも距離を置いている状態になる。


「それにしてもあの金印以外には目ぼしい物が何もなかったな」


 アラテムルは戦に使えそうな武器を部下たちに分け、価値のありそうなものを手元に置き並べて見ていた。

 そこへ李進千人隊長が来て報告する。


「志賀島の陣を払いました。あ、あの~志賀島から出てよろしかったのでしょうか?」

「すでにクドゥンの了承は得ている。いいかこれから江南軍の兵十万と船四千がくるのだ。そのような雑事は金方慶に任せればいい」


「はぁ、それは人でごった返して、足場が無くなりそうですね」


 東路軍と江南軍の目的は一緒になる。

 太宰府の占拠と〈帝国〉にとって有利な交渉をすることだ。

 そして太宰府へは博多湾から上陸が条件となる。

 療養地として定めていた壱岐島が奪われた以上、戦いを終えた兵たちは志賀島か海上で待機となる。


 アラテムルの軍勢は海上での療養を願い出た形となる。


「そ、それにしても、えっと、船が近すぎませんか? 大丈夫なんでしょうか?」

「ふん、あの蛮族共は夜襲を好むからな。このぐらいがちょうどいい。それより余は島二つの焦土作戦で疲れた。侍女たちを連れて来い」


「ハッ! す、すぐに手配します。船室に待機させますので今しばらくお待ちください!」


 そう言って李進は右へ左へと駆けていくのだった。


 アラテムルは椅子に座り、海上を眺める。


 彼の目に十隻以上の船団が出航する姿が見えた。

 張成たち兵站部隊の船だ。


 彼らは江南軍と合流するために出た。




 その江南軍は膨れ上がる船団が停泊できる湾を求めて、平戸島を出発した。

 そして東へ少し航行した先、鷹島の沖に停泊していた。



 七月二十五日、戦いは鷹島へと移る。


五郎ちゃんの霊圧が消えた……

そろそろ弘安の役も終盤ですね。

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