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弘安の役 壱岐島戦後

 壱岐島手前の海戦。その戦後処理を張成がしていた。


「兵站兵長殿、敵船に積んであった武器を鹵獲しました」

「おう、こっちも物資が少ないから、使えるものは全部船に乗せな」

「わかりました兵站兵長殿」


「まったく嫌な仕事だよ。俺たちは兵站補給が任務だってのにそれが何で島の防衛に負傷兵の移送、それから敵の武器防具をはぎ取る。何やってんのかねまったく」


 アラテムル艦隊が撃破した少弐氏の兵船から使われていない武器やまだ使える弓矢を獲得した。

 その後で張成は〈島国〉の埋葬の流儀を知らないが、海の民なのだから水葬が適切だろうと判断した。

 残った船に討ち取られた武士たちを乗せ、そして海へと流す。


「これが正しいかわからないが、それでも礼節は尽くしたほうだろう」

「それにしてもアラテムル将軍はよく水葬を許しましたね」


「ばーか、あいつは騎馬民族のそれだ。あれには水葬じゃなくてたんなる見せしめの死体の山としか見ていない。騎馬民族ってのはそう言うもんだろう」

「あ~見せしめに死体の山を残すのは完全に騎馬民族っすね」


 騎馬民族は土地にこだわらない。

 騎馬民族は敵に容赦しない。

 騎馬民族は弱みを見せた時にとどめを刺す。


「…………」


 張成たち南宋水軍は大河での戦いに特化していた。

 だからこそこの遠征もそれと同じようにすれば勝てないまでも善戦できると思っていた。

 だが実際には騎馬民族の戦術こそがもっとも諸島での戦いで戦果を上げると、この戦いで察してしまう。


「コイツはもしかしたら江南軍じゃ勝てないかもしれないな……」

「そうなんですか?」

「考えても見ろ。俺たち南宋水軍は補給がしっかりしている大河で戦うことを前提としている。けど海の戦いは補給が不安定な草原と似たところがある」


 それを聞いて部下たちも目を見開く。


「たしかに……歴代の王朝もそれを克服できないから万里の長城作って守りに徹したんですよね」

「そう言うことだ。そうなるとこの遠征で俺たちが活躍する場所なんてないってことになる。そりゃあそうだろうよ。なんて言ったらいいか陸が弱いからこそ水軍が発達してるのに――なぜかわからんが〈島国〉の連中は海の民のくせになぜか海戦が弱いからな。なあ何で来たんだ? 俺たち何でここに来たんだ?」


「そりゃあ、さっきの壱岐島で囮に使われた〈帝国〉の連中みたいに被害担当じゃないんですか?」

「ばっか、そりゃあ。ばっか……そうなるよな……」


「………………」

「………………」


「はぁ~」

「はぁ~」


 張成とその部下たちがげんなりしながら、水葬を執り行った。


「おお、兄者! この刀剣貰っていいか?」


 その雰囲気を打ち破るように張翔が鹵獲した刀を振り回す。


「敵の武器は切れ味はいいからな。けどお前の体格なら、こっちの槍みたいのにしておけ」


 そう言って張成は薙刀を張翔に渡す。


「お、こっちもいいな。そうするぜ兄者」


 張翔は皆が落ち込んでいるときにこうやって大声を出して気を紛らわせる。

 知ってか知らずか今はしんみりする時ではない。

 そう教えてくれる。


「よっし、お前ら。まだ敵は壱岐島に大勢いるんだから気を引き締めろ!」

「わっかりました兵長殿!」


 張成たち兵站部隊は次の戦いに備えて行動をはじめた。





 この張成たちの船団とは別の船に金周鼎が乗っていた。

 彼もまたこの壱岐島の戦いに思うところがあった。


 もし耶律楚材殿が御存命ならこのような憎しみの連鎖しか生まない作戦には断固反対しただろう。

 いや、あの方の弟子である劉復亨殿が参戦していれば、必ずや焦土作戦を止めた。

 七年前の戦い、事後報告書を読んだが麁原から無理に突撃させなければ…………まさか!?


「…………」


 金周鼎は語らない。

 彼の周囲には暗部が見張っており、何かを口にすれば暗殺の対象となると気付いていた。

 彼はいくつかの憶測を検討し、確信に近い答えを得た。

 だが、それらを全て胸の内に秘めることにした。


 それこそがこの国での処世術だと知っていたからだ。



 少なくない被害を出し、そして壱岐島を奪われた。

 しかしこの壱岐島の戦いに参加した全ての〈帝国〉将校たちは。

 この戦いの勝者は〈帝国〉だと確信していた。








 翌日。


 壱岐島の経資に資時討死の報が伝わった。


「……そんな、資時が亡くなった…………」

「経資様、どうかお気をたしかに。いま外の者たちは喉の渇きを紛らわすために島の湧水、あるいは水の染み出る崖に顔から突っ込んでいる有様。渇きは癒えても腹が満たされず皆苛立っております。どうか次の下知を!」


 全身の力が抜けてその場に座り込む。


「それでは……我ら少弐は、次はどうするべきか?」

「私には何とも言えませぬ、このまま壱岐島を守り続けることは不可能でしょう。そして対馬もここと同じくすべてが破壊されていると思われます。ですので我らはまず肥前国へと――」


「そうではない。次期当主が、資時が亡くなったのだ。我ら少弐はどうすれば……」


 脱力した経資はうわごとのように少弐の将来について考える。

 彼にとって次の戦略、策略を考えるより少弐の将来を考えることで精一杯だった。

 野田もそのことを察する。


「経資はおるか……」


 弱々しく、資能がしゃべる。


「父上、資時が、息子が亡くなりました……」

「分かっておる。良いかよく聞くのじゃ……」


 経資が聞き耳を立てようと近づく。

 すると資能がガバッと両の手で経資を掴み、手繰り寄せる。


「ち、父上!?」

「よいか経資……」


 耳もとに囁くようにつぶやいたかと思うと、突然大声を発した。


「景資を殺せ! あ奴が生きていては少弐は滅びる。経資、景資を殺すのだ。さもなければお主が少弐を治めることはできぬ!!」


 それに驚いた郎党たちが体をおさえる。

「ご乱心召された! 資能様がご乱心召された!!」

「鎮まり下さい。どうか鎮まり下さい!!」


「経資! 我らは敵を討ち島を奪い返したのじゃ! ならば勝者はワシら少弐、四代目当主は盛経じゃ…………ゴホッゴホッ」


 少弐資能はそのまま寝てしまった。

 それは毒で蝕まれ気がふれたのか、それとも本心なのか、誰にも分からない。


「ワシが、ワシが景資を……」


 少弐経資は呆然と、うわごとのようにつぶやき続けた。

 その光景を目の当たりにした郎党たちは少弐の未来が、この兄弟の辿る道を察してしまう。



 少弐資能、矢傷が原因となり生死を彷徨い、閏七月十三日に亡くなる。


 享年八十四。




 多大な損害を出しつつも〈島国〉の武士たちは壱岐島を取り戻した。

 その後、夜間に月明りを頼りに兵を肥前国へと上陸させていく。

 大軍を壱岐島に留めるすべがなく、海戦で勝利する方法がないからだ。


 それでも少弐氏は口々に言う。

 この戦いの勝者は島を取り返した武士だと。




 どちらが勝者か誰にも分からない。

 しかし――


 この壱岐島の戦い以降、対馬奪還の動きはない。

 そして〈帝国〉による壱岐島奪還の動きもない。


 それだけが事実である。










 少弐景資のもとに父資能の負傷、資時討死の報が届いた。

 彼は「そうか」とただ短く言って伝令を下がらせた。

 その知らせを聞いて景資の郎党たちもざわめく。


「二人に無謀な賭けをさせないように強く言えば――いや、それでも止まらなかっただろう」


 景資は経資が功を焦って空回りしていることに気付いていた。

 だからこそじっと動かずに待ち続けた。

 それで少弐がまとまるのならそれでいいと考えていたからだ。


 だが、今では盟友ともいえる大友が負傷し、朝廷側の兵も半壊、安達と菊池一門も疫病で身動きが取れない。

 そこへ少弐経資が主導して壱岐島恵への無謀な上陸と一族の相次ぐ討死。


「これは動かなかった私への天罰でしょうか……」誰に聞くでもなくそうつぶやく。


 少弐景資は八幡菩薩像にむかい祈り続ける。

 そこへ新たに伝令が駆けつけて至急の用を伝えた。


「肥前国平戸島に敵の船団が集結、その数およそ四千以上!」

「四千だと!?」

「それは何かの間違いではないのか?」

「いえ、そこから更に増え続け、もはや敵の数は十万を越えると思われます!」


 郎党たちは息を呑み、動かない景資の方を見る。

 景資は目を見開き、集まっていた郎党たちの方を向く。


「出陣の用意をせよ!」


 それは何か月も待ち続けた瞬間が訪れたと理解する。


「それではついに動くのですね!」

「ええ、もう兄に配慮するのは止めです。私も少弐氏のために一門のために尽力しましょう」

「皆の者出陣じゃ! 肥の大将の出陣じゃ!!」


「うおおおおぉぉ!!!!」



 七月中旬、平戸島に停泊した江南軍を討つために、少弐景資ついに出陣する。


通説では壱岐島の戦いは被害はあれど大勝利! 鎌倉武士やればできる子! となっています。

ここら辺は視点がどちらの陣営かで結構変わり、さらに読者の好みで変化する歴史の面白ポイントです。


しかし作者が「フォーク〇将がたとえ勝っても絶対に評価しない友の会」に属しているので本小説内では評価が低いです。

略奪で機能を失った島に2~3万の兵を上陸させたらどうなるか……うんやっぱりフォーク案件ですよこれ。

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