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弘安の役 少弐資時

持病(偏頭痛)が三日続き、やるきの復活に時間がかかりました。

更新再開します。ノ

 少弐資時が陽動から戻ってきた。

 兵船の船団が船匿城手前の入り江に差し掛かった時、その見るも無残な惨状を目の当たりにする。


 彼が守護代として治めていた村々が焼かれ、七年前の襲撃から復興されるために汗水たらした民が討ち捨てられていた。

 目をつぶれば彼らが生き生きと働いていた姿が、年貢が昔と同じ量に戻った時の喜びの顔が、祭りを無邪気に楽しんでいた光景が浮かぶ。

 百未満の民が一カ所に寄せ合って、振舞われた飯を手づかみで食べている。

 その姿から、この島は死んだのだと察してしまう。


「なんと惨たらしい、七年前ですら襲われたのは漁村だけだったはず……それがなぜ?」


 文永の役で略奪にあったのは漁村――水夫獲得を目的とした作戦の一環だった。

 だからこそ二度目の襲撃でも島民を避難させるということは考えていなかった。


 しかし、これは焦土作戦――妥協のない殲滅戦である。

 中世で横行した戦時略奪とは意味が違った。


「何でも井戸に死体、米倉も燃やされ、使えるものは何も無く、果たしてこの島を守る必要があるのか分からぬ状態です」

「そうか。敵の動きはどうなっている?」

「まだわかりません」

「そうか、まずは御爺様と父上に会おう」

「はっ」


 彼らが船匿城に着いた時に、千葉宗胤(むねたね)たち一行と再会する。


「おお、資時殿ご無事であられましたか」


 宗胤はあどけなさの残る笑顔を浮かべ、資時との再会を喜んだ。

 この二人の武将は年が近いこともあり、何かと馬が合っていた。

 宗胤が一方的に兄のように慕っている面もある。


「宗胤殿、何かございましたか?」

「我らは撤退する敵を追いかけて勝本湾に着いた時、南宋の新手が海を覆うほど襲来してきましたので、資時殿を心配しておりました」

「なんと、我らが引き上げた後にそのような事が……どうやら難を逃れることができた」

「ええ、しかし不思議なことにあれだけの船団と兵力を持っていながらこの島から逃げ出すようです」

「逃げ出す――いやむしろこの島に価値がなくなったのかもしれないな」


 それは島の惨状を目の当たりにして出た感想でしかなかった。

 彼らは焦土作戦というものを知らない。

 ただ、その戦い方を目の当たりにすれば敵の意図を察することができた。


「そうだ。それよりも資能様が手負いにとなったと聞きました」

「なんだと! 御爺様が怪我を!」

「ええ、私も帰りの道すがら聞かされました。ですので早く向かった方がいいでしょう」

「これはかたじけない。御免」


 資時はすぐさま船匿城の中へと入っていった。


「父上、資時が戻りました!」

「おお、資時か、よくぞ戻った」


 傷の手当がおわり資能はすでに寝ていた。

 しかし寝汗がひどく、郎党の一人が懸命に汗を拭く。


「父上、いまの容態はどうなのですか?」

「それなのだが……」


 経資が一本の矢を見せる。


「野田が言うにはこれは毒矢だ」

「毒!?」

「ああ、この矢先に毒が塗ってある。毒と言ってもそこまで強い訳ではなく、きれいな水と薬草があればしのげるそうだ」


 資時はそれを聞いて安堵した――が、すぐに思い返した。


「待ってください。外の惨状では例え毒が弱くても――」

「まさにその通りだ。一刻も早く対岸から水、薬草、そしてなにより食糧を運び込まなければわが軍は兵糧不足で全滅してしまう」

「そんな。先ほど敵の新手の船団が大挙してやって来ていると宗胤殿が言っておりました」

「新手だと……くぅ、ならば夜になるまで辛抱するしかないか……」


 親子二人して顔をしかめる。

 時を掛ければそれだけ状態が悪化する。

 しかし、今海に出るのは危険といよりも無謀に近かった。


「父上、ここは私が海を渡り、兵糧と薬草を持ってきましょう」

「ならん。もし万が一にもおぬしの身に何かあっては事だ。ここは日が沈むのを待った方が安全だ」

「しかし父上、ここで動かなければ何のための守護代、何のための少弐でしょうか。ここで動かなければ少弐の名は地に落ち、二度と日の目を見ることはないでしょう」

「ううむ……しかしだな……」


 資時は島の惨状を目の当たりにして、生き残った彼らを助けたいと思った。

 そしてさらに北の対馬でも同じような惨劇が起きているのなら、二万の軍勢が次の対馬へと歩を進めるためにも兵糧輸送は絶対に必要な事だった。


 資時の熱心な説得についに経資が折れた。


「わかった。ならばこの兵站の任はお主に任せよう」

「はっ必ずや成功させ、ここに戻ってきましょう」


 資時は父をまっすぐ見ながらはっきりとそう答える。

 そこに少弐氏の次期当主としての風格が現れていた。

 たった一日で、戦場が息子を大きく成長させたのだと痛感する。


 そこに七年前の少弐景資の武人としての成長を重ねるのだった。


「死ぬなよ」


 言葉は短いが、父が我が子を心配して出た一言だった。






 資時はすぐさま出発の準備に入った。

 そこへ千葉宗胤が見送りに来た。


「千葉殿、必ずや戻ってくる。それまでこの島のことを頼んだぞ」

「わかりました。敵船団が上陸してきても我らだけで蹴散らして見せましょう」


 その言葉を信じて資時の船団が船匿城から出航し大海原に漕ぎ出した。

 この船団が今から出て肥前国に着くのは日が沈むころ。

 そこから兵糧物資と医師を乗せて戻ったら、翌日の早朝になるだろう。


 矢尻に塗る毒の量は非常に少なく、新鮮な水と薬草さえあれば大事には至らない。

 しかし時間がかかり過ぎると悪化する。


 それが日の明るいうちの出航となった。








 壱岐島を南下する船団はすぐさまアラテムルの船団に伝わる。

 島の南西に位置する郷ノ浦湾に停泊している船団なら潮流と風の関係から追いつけると進言をうける。


「ならばでれる船を全て出して押しつぶせ」

「ハハッ!」

「ふん、何を焦ったのか知らないが、バカな連中だ。くっくっく」


 海上での戦いは魚雷が発明されるまでは船の大きさが全てを左右した。

 巨大な船を矢で穴をあけ、沈めることは難しい。

 それは大砲が発明されても巨大である方が有利なのに変わりがない。

 ましてや石弓対長弓では近距離での貫通力が違いすぎた。



「資時さま、敵の船団です!」

「くっ、見つかったか!!」


 百隻以上の船団が資時たち兵船に襲い掛かった。

 潮に流されないように南下する兵船と流れに乗って襲い掛かる〈帝国〉船団。

 もはや逃げ切ることはできなかった。


「もうダメだ……大軍が来るぞ!」

「諦めるのはまだ早い。弓を引けぇ!」

「しかし、多勢に無勢。勝ち目はありません……」


 大船が壁のように迫ってくる。

 そのまま激突すればそれだけでも終わる。

 徐々に大きなる船影に皆が委縮する。


「聞け! 皆の者聞くのだ!」


 少弐資時が声を張り上げる。


「我ら武士は最後まで立派に戦わなければならない。奴ら〈帝国〉に鎌倉武士は強敵だったと記憶させねばならない。どれほど寡兵だろうとどれほど劣勢だろうと戦い続けるのが我ら武士だと奴らに知らしめてやるのだ。さもなくば肥国はいや九州全土が奴らに蹂躙される」


 資時に鼓舞されて諦めかけた武士たちが奮い立つ。


「そうだとも、我らがしぶとく戦い続ければ敵の戦う気力がなくなるというもの」

「ああ。一矢報いて一人でも多く倒そうじゃないか」

「そうだ。そうだ。そうだ!」


「皆の者、弓引けぇ!!」

「おおぉ!!」




 その光景を見ていたアラテムルの口角が上がる。

 彼ら〈帝国〉の将校にとって逃げずに戦うというのは理解のできない行動である。

 偽装撤退など意味のある行動でない限り、蛮勇は評価されない。


「バカな連中だ。全力で逃げれば少なくとも将軍は助かるというのに――殺れ」

「ハッ、石弓構え!」


 その号令に〈帝国〉の石弓部隊が構える。


「撃てぇ!」



 七月二日、壱岐島手前の海域で海上戦が起きた。

 少弐氏の兵船に無数の石弓が突き刺さり、ほとんどが討ち取られた。



 少弐資時、壱岐島手前の海上で戦死。


 享年十九。



少弐資時の通説はけっこうあります。

・旧暦の5月26日に壱岐島で防衛にあたり戦死。

・勝本湾の海戦で戦死

・船匿城で籠城して戦死

・少弐公園あたりで戦死

など


これほど戦死場所が多いのは後世の書物の影響や壱岐島の住民に慕われ人気が高いからだと思われます。


本作品では

『武藤少弐系図』「資時。弘安四年。與蒙古戦於壹岐島前討死。」

という史料が正しいという前提で書かれています。


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