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弘安の役 長門国襲来

 時間は数日前後する。


 ――六月四日、長門国下関。



 長門国(現山口県)の下関は九州との境である関門海峡を挟んで本州側を指す。

 この海峡は本州と九州をつなぐ物流の要衝、またアジアと本州を繋ぐ玄関口として栄えていた。

 その日も連日のように兵糧物資が九州の大宰府へと運ばれていく。


「今日も問題はなさそうだな」

「はっ、滞りなく進んでおります」


 長門国守護代、三井季成は見晴らしの良い丘に馬まで駆けて、そこから関門海峡を眺めていた。

 関所の責任者として物流が滞りないことを確認していた。


「南無阿弥陀仏……」


 その合間に壇ノ浦のほうを見て、念仏を唱える。

 それはかつて戦った平家の者を供養するためだった。

 これを毎朝行うのが彼の日課だ。


 そこへ一騎だけ駆けてくる。


「季成様、ここにおられましたか。これから東国の武士団受け入れのための軍議が始まります」

「三郎か、ちょうどいい所にきた」


 三井「三郎」資長は竹崎五郎と別れてから長門国にいた。

 今は同じ三井氏の守護代季成の側仕えとして働いている。


「なんでありましょうか?」

「博多に〈帝国〉が再来してから何日も経つ、お主も馳せ参じたいのではないか」

「そのように問われると、戦いたいと切に思います。しかし今は一人でも多くの武士が戦えるように兵糧を送り続けなければなりません。この任を放って戦場に行けません」


 それは文永の役で筥崎宮が炎上し、兵糧食が尽きた苦い経験によるものだった。

 その経験から武士たちは非常に兵站を重視していた。


「よう言った。まさに我らの縁の下の力持ちが戦を左右する。何があってもここを守らなければならない」

「それでは――」




『カーン! カーン! カーン!』




 甲高く鐘の音が鳴り響いた。

 丘の上から音のする方向、海側に目をやる。

 海上には無数の船が航行している。

 数にして百隻以上に及ぶ大船団が長門に襲来したのだ。


「まさか直接ここを攻めるつもりか!」

「守護代! 直ちに屋敷に戻り兵を整えましょう!」

「分かっておる。それにしても――?」

「どうなされましたか季成様」

「なにか動きがおかしいぞ。見ろ、奴ら去っていく!」


 この大船団が長門国を襲わずにそのまま西へと移動を始めた。

 それはあまりにも異常な行動だった。


 兵站網を破壊するというのならわかる、偵察として強行してきのならわかる。

 だが、この襲来はそのどちらでもなさそうだと三郎資長は察した。

 なぜ上陸をして戦わない。

 なぜさらに奥の石見国まで調べない。


「……ならば……ならば何のためにわざわざここまで来たと言うのだ」


 全てが中途半端な不気味な行動。

 そこに七年前に突如消えた〈帝国〉らしさが垣間見えた。


「三郎資長、奴らはなぜここに来たのだ?」

「わかりません。わかりませんが、あの〈帝国〉が来たと言うことだけはわかります」


 それを聞いて三井季成はしばし考え、決断を下す。


「これより三井一門並びに長門国のすべての御家人を集めるのだ。この地には奴らを一歩たりとも踏ませぬぞ」

「わかりました!」



 この日より長門国は海岸の防備に全兵力を傾ける事となった。

 その結果、博多の戦いに参戦することはなかった。










 六月十日、志賀島。


 志賀島の僅かにある港にはズラリと兵船が並んでいた。

 この船は全面に大量の矢が刺さっているので、〈帝国〉兵たちが総出で船の修理作業をしていた。


「見てみろ。いたる所が矢で刺さってやがる。参っちまうなこういう状態が一番船をダメにするんだよ。さっさとどうにかしないと船が使い物にならなくなっちまうぞ」


 張成は矢を抜き取りながら、そう言いって悪態をつく。


「やはり矢が食い込んでるとダメなんですか?」

「ダメって言うか、この傷口から水が侵食していって最後は腐っちまうんだよ。だから船ってのは白かったりなんか塗ってるだろ、ほらあれよあれ、防腐剤ってヤツさ」


「それではこのままじゃ――」


「おうよ、日に日に腐っていくから持って一月ってところじゃないか。それを何とかするためにニカワや松油を使って、ちょちょいのちょいって何とかして、あとで職人のいる造船所に持って行かなきゃならねぇ。だからさっさと帰りたいねまったく」


 そこへ若い兵が来た。

「張成兵站兵長殿ここに居られましたか」

「なんか様かい。できればすぐ終わる簡単な内容ならいいんだが、そしてできればさっさと後方で兵站輸送をしたいね」

「ハッ! クドゥン将軍がお待ちです」


「大将軍様が何だってんだよまったく、おい翔。穴が大きそうな所は板張って釘打っとけ」

「任せな兄者、こういうのは得意なんだぜ!」

「あとお前らは翔が船に穴開けないように見張ってろよ」

「わかりました兵長殿」



 張成は足早にクドゥンがいる所へと向かった。

 目の前を飛び回るハエを手で払いながら歩く。

 腐臭もひどく、すでに体調不良を訴える部下が何人もいる。

 張成は島にいるだけで気分が悪くなっていた。


「いや待てよ。俺が呼ばれるということは撤退の算段かもしれない。そうに違いない。そう言うことにしよう。なんか気分が楽になったぞ」


 張成は軽やかな足取りでクドゥンのいるゲルを目指した。






「六月の四日の兵站輸送任務を覚えてますか?」

 クドゥンは開口一番にそう聞いてきた。

 撤退でないと分かり少し落胆する。


「……そりゃあ覚えてますよ。なんたって志賀島を目指して、逸れに逸れて変な所にでちまったんですから。場所は確かーええーっと、ナガトノクニでしたっけ?」

「ええ、特徴と日数から逆算すると商人たちが言っている長門国に間違いないでしょう」


「まさか、その件でお咎めですか。確かに間違えなければ数日早く上陸作戦を早められたでしょうけど、あの辺は海流が思いのほか早いし、向きも変りやすいんで誰がやっても上手くいきませんよ」


「んふふふ、咎めたりはしませんよ。ただ、これから兵站輸送は対馬を通らないこの海路を前提にしてくださいね。できますか?」

「え!? せっかく二島を楽に手に入れたのにわざわざ遠回りするんですか。まあ問題ありませんよ。なにせ最新の羅針盤で航海記録を取りながら移動しましたからね。おかげで次ならだだっ広い海のど真ん中を進んでもちゃんと志賀島にたどり着けますよ」


「んっふふ、それは素晴らしい。実はですね――少々問題がおきまして、もしかしたら壱岐島を放棄しなければいけないかもしれません」

「壱岐島を……」


「ええ、まだ確定ではありませんが対馬島で捕らえた捕虜の話によると敵の軍勢が西へと移動を始めています。たぶんですが壱岐島を奪還するつもりなのでしょう」


 それを聞いて張成は疑問に思った。


「ちょっとまって下さい。何で軍の動きを知ってる人物が対馬にいるんですか?」


「んふふふ、この話は〈王国〉のアラテムル副将軍からもたらされました。彼が言うには即刻手を打たなければならないとのことです」


 張成はますます不信感が湧いてきた。

 あの二島は落とした〈王国〉兵が警固している――副将軍から情報が出ても不思議ではない。

 だが一体いつの間に連絡船が来た?

 それ以前にたった一人の証言で大軍が動く何てことあり得るのか?


「そこで今夜から全軍の撤退か、あるいは一部撤退の是非を決める軍議を開きます」

「撤退を決める軍議ですか……」

「ええ、この軍議の決定によっては壱岐島と対馬放棄、あるいは全軍撤退のどちらかが決まります」

「ああ、要するにどちらになってもいいように事前に船の準備をすればいいんですね」


「ええ、たぶん撤退になると思いますが、二島のみ撤退の場合は――」

「直接兵糧輸送をする海路を使えってことですね。わかりました。こちらで手配しておきましょう――しかしなぜ俺なんかに任せるんですか? 言っちゃなんですが兵站兵長って別に百人隊長でも千人隊長でもない兵站船数隻の責任者ってだけですよ」


「さあ、ただ副将軍殿は貴方が仕切っている嗜好品を痛く気に入ってたみたいですよ。私としては石弓部隊を率いて前線で戦ってもらえた方が嬉しいのですが」


 張成は心の中で、あんな島鬼なんかと戦いたくないと思った。

 そして事前に根回しした功を奏した。

 戦い方に関しちゃ疑問だらけだが、それは大将軍たちが決める事。

 これで比較的安全な後方任地へと転属になる。


「ゴホン、それでは撤退作業に入ります」

「ええ、よろしくお願いしますね」


 張成はそのままそそくさとゲルから出ていく。

 その足取りは軽やかであった。


 そして、今度は入れ替わりに王某が入ってきた。


「クドゥン将軍失礼します」

「王某さん。それでどうですか?」

「はい、やはり虚偽報告の可能性が高いです。今のところ敵兵が西に動いている兆候はありません」


「なるほど、ならばやはり壱岐島への上陸は嘘なのでしょう」

「いかか致しますか?」

「まずは軍議ですね――それにすでに皇帝陛下へ伝令を出しました。六月の半ばには伝わるでしょう。ならば返信が来るまで我々は不毛な議論をして彼ら〈王国〉を焚きつけておきましょう」


「…………クドゥン将軍は一体何を考えているのですか?」


「なに、ちょっと赤狐と化かし合いですよ。ふふ、楽しい楽しい化かし合いです。ふふふふ」


 そう言うクドゥンの目はいつものように一切笑ってなかった。

 王某はその顔を見て、ぞっとするのだった。


 この戦いの裏で別の駆け引きが起きている。


 だが一体何が起きているのだ?


 それが王某にはわからなかった。


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