弘安の役 命懸けの流鏑馬
「季長殿! どこに行くんですか!?」
郎党である焼米に何も言わずに駆けだした。
五郎の決断は早かった。
泰盛から貰い受けた馬を駆り、一足飛びに少弐景資の下へとゆく。
すでに少弐景資と安達盛宗の下に菊池武房など各武将が集っていた。
「盛宗様、船の手配ができました。すぐにでも志賀島に船が着くでしょう」
「陸路を塞いでいた武士たちも今どかしております」
「もし万が一にも実政様が討死となっては取り返しがつかないあぞ!」
「だが、大軍でお迎えに馳せ参じると、やはり道が塞がってしまう!」
「どちらも時がかかり過ぎるゆえ、ここは実政様自らお戻りになるのを待たれるのが――――おい、そこの者何をしている!」
五郎は集まっている武士たちを横切り、海の中道の最も細い道に来た。
「お主は竹崎五郎か。何をしている、これから方針を決める所だ。少し待つがいい」
五郎は彼らの話し合いからおおよそ何が起きているのか把握した。
目の前の陸路の先、志賀島に大将軍がいる。
ならば彼がすることは唯一つである。
「竹崎五郎待つのだ。一体何をしようとしている!?」安達盛宗が察して五郎を止めに入る。
「弓箭の通は――」
集まっていた武将たちが皆、五郎の方を見る。その中に菊池武房もいた。
「弓箭の通は――先に駆けるを常とする。ただ駆けるのみ!」そう言って彼は陸路を駆けだした。
それを見て「ははっ」と武房は笑うのだった。
五郎が陸路をただまっすぐに進んだ時、その道に展開していた武士たちが異変やっと気づいた。
「海から来たぞー!!」
「垣楯を並べるのだ!」
そう言って砂浜の武士たちが右へ左へと分かれていく。
中央線にできた空白地帯を五郎と愛馬が共に駆ける。
白い砂浜に足をとられないように馬がその全身の筋肉を駆使して躍動させる。
蹄が大地をけり上げ白い砂が宙を舞う。
迫りくる大船団は左手の博多湾から多く攻め込んでくる。
「弓引けぇ!」在野の武士と思われる男が声を張り上げる。
対して右手の玄界灘からは少数だが小舟より一回り大きな船が迫っている。
打昇浜と呼ばれるこちら側は遠浅のようになっており、船で上陸しようとしても途中で船底が砂地とぶつかり身動きが取れなくなる。
すべてを知った上でそこへあえて船を進める――五郎はそれによって志賀島の道を塞ぎ、皆殺しにするつもりだと察する。
「放てぇ!!」
「おおおお!!」
武士たちが垣楯越しから矢を放つ。
その矢はまっすぐ飛び敵船や楯に刺さる。
だがそれを意に介さないかのように敵船は風に乗って前進してくる。
そして近づいてきた敵船が今度は反撃に移る。
『石弓を構えろ! 旗に合わせて撃てぇ!』
〈帝国〉の船の先頭に掲げられている旗が一気に振り下ろされた。
その合図に従って楯と楯のすき間が開き、そこから石弓が放たれる。
「ぎゃあっ!」「ぐふっ……」
石弓に貫かれて野武士が地に伏し、白い砂が赤く染まっていく。
五郎は矢を番え、引き絞る――揺れる馬上で息を整え、狙いをさだめた。
鎌倉武士にとって揺れる馬の上かから矢を放ち的に当てることは造作もない事だ。
さらに言えば走りながら放つこともできて当たり前と言っていい。
上下する旗に合わせて石弓が放たれるなら、その動きに合わせて矢を放てば確実に石弓兵に矢を当てられる。
三度目の旗が下りたその瞬間、右手の指の力を抜く。
それまで腕力で張っていた弦が、竹の反発力によって元の位置に一気に戻る。
その反発力によって矢が勢いよく飛び出す。
その矢は風を切り、羽根によって回転力を得てる――その回転によって安定しながら飛翔する。
矢は石弓兵の首に刺さり、首回りの筋肉をねじり切る。
動脈が破れて血を吹き出し、力なく倒れ込む。
五郎はこの激戦地を走り抜ける。
両者の矢が飛び交い、何度目かの旗が振り下ろされた時、石弓兵と五郎の目が合う。
敵の石弓が走り抜ける五郎を捕捉したのだ。
その時、五郎の後ろから放たれた矢が石弓兵の目に刺さり、そのまま脳にまで矢が達する。
敵は大声を上げ、そのまま倒れ込む。
「何をしている。大将軍様の下へ駆けるのだろう」
菊池「次郎」武房がそう言って矢を放ちながら五郎の後ろについた。
五郎はとっさに「なぜここに!?」と叫ぶ。
それを聞いて武房は笑いながら答える。
「そんなもの決まっているだろう。弓箭の道は先をもって常とする――」
それを聞いて五郎も叫ぶ。
『ただ駆けよ』
二人は流鏑馬のように走りながら矢を放ち続ける。
一人、二人と敵兵に矢を当てていく。
「いい腕じゃないか。これは負けられぬな!」
そう言って、五郎が討ち漏らした敵を討つ。
「そう言う武房殿もさすがの腕だ!」
二人は両側で矢の応酬を続ける死地を抜けて志賀島へと入った。
「私の命を聞くのだ!!」北条実政が叫ぶ。
「敵が山から出てきたぞ! 進め!!」
「おおおおおおおお!!」
「南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……」
まさにその時、北条実政の周りを囲んでいた僧兵たちが突撃を開始した。
一人残された北条実政が俯いている。
「大将軍様、北条実政様。お迎えにあがりました」
目を充血させた実政が五郎を見る。
「おお、お主は東海郷の竹崎季長、それに菊池武房ではないか」
「ここは危険です。海から来た賊徒が志賀島を包囲します」菊池武房が敵船団を指しながら言う。
「しかし、彼らを置いて私だけがおめおめと逃げ帰るなどできはしない」
「何を言いますか。我らにとって手傷や討死は名誉であれど情けをかけられることではありません。しかし大将軍様が亡くなられたとなれば我らにとって一生の恥。どうか我らと共にお味方の陣へと下がってください」
「しかし――」
後ろで轟音と共に水しぶきが上がる。
〈帝国〉が残りの黒色火薬を使って攻撃を始めたのだ。
「これから通る道はまさに地獄となりましょう。地獄から帰った者を笑う御家人などこの世におりません」
「五郎の言うとおりでございます。我らと共に、さあ!」
「わかった。ならばわが命を二人に託そう。任せたぞ」
「帰りは私が前に出る。五郎は最後尾について、実政様をお守りするのだ!」
「わかり申した!」
「征くぞ!」
「おお!」
三騎が志賀島から駆けだした。
その道はすでに死体が散乱する地獄絵図と化していた。
『翔--!! 震天雷を投げ込めっ!!』
『おっしゃぁっ!』
張成が指示して、怪力の張翔が震天雷という兵器を投げ込んだ。
それが武士たちの垣楯にぶつかり、そして時をおかずに爆発した。
これは今まで使っていた煙幕や花火と違い爆発と、中に入っている鉄片による殺傷を目的とした兵器だ。
〈帝国〉はその時の戦いに合わせて火薬の調合を変えて最も効果のある火薬兵器を使用する。
「ぐわっ!?」
「ひぃぃ!」
爆発により垣楯は吹き飛び、その後ろに隠れていた武士が石弓の餌食となる。
右が吹き飛べば、背を見せる左が討たれ、左が吹き飛べば右が倒れる。
無数の死体が積み上げられていく、その真っ只中を三騎が走り抜けた。
「うおお!!」
「これで――どうだっ!!」
左右から交差するように襲い掛かる矢と爆発の嵐の中、竹崎と菊池は矢を放つ。
『張翔、あの騎兵を逃がすな!』
『任せろ兄者!』
「実政様、頭を下げて馬に身をゆだねるのです!」
「あい、わかった!」
石弓が五郎の大鎧に何本も刺さる。
だが、その矢は途中で止まり、矢尻が肉にまで達することはなかった。
五郎は残り一本の矢を番え、放つ。
放たれた矢でまた一人敵を倒した。
だがそこで足が止まる。
両側からの攻撃で互いに背合わせとなった武士たちが道を塞ぐように身動きが取れなくなったのだ。
「ええい、そこを退くのだ!」と武房が叫ぶ。
「無理を言うな!」
北条実政が現状を確認しようと頭を上げる。
五郎は実政の頭を上げさせて、そのまま叫ぶ。
「皆の者よく聞け! 大将軍様のお通りだ! 死して守るべし! それができねば武士の恥と思え!!」
「将軍様……大将軍様だ……」
「す、進め! 突撃だ!!」
「おお!!」
「行け、行け、行けぇ!!」
「うおぉぉぉぉ!!」
『あ、兄者、奴ら突撃してきたぞ!』
『コイツはヤバイ! 全員で矢を放て、翔も狙いを目の前の敵にするんだ!』
『おう、わかった!!』
〈帝国〉兵たちは三騎から狙いを突撃してくる武士たちに変える。
砂浜に足をすくわれながらも突撃をして、水が腰にまで達して動きを鈍らせた所を石弓が襲う。
その間に三人は一気に海の中道の自陣まで走り抜けた。
「垣楯を楯突け! 敵を通すな!」
「おお!」
「矢を放て!」
海の中道の兵たちが守りを固め、矢を討ち船を寄せ付けない。
三頭の馬はそのまま浜に倒れ込む。
「大将軍様を直ちに大宰府までお連れするのだ!」
「新しい馬です。早くお移り下さい」
「わかった。あの二人は無事か?」
「大丈夫です。ですのでお早く離れましょう」
五郎と次郎は浜の上に大の字になって倒れ込む。
「はぁはぁ……」
「……ふぅ……」
「ふ、ふふ……」
「くくく」
「ふっふははははは!」
「あははははははは!」
二人は大声で笑った。
その笑い声が死地と対照的で、異常なまでに興奮した二人を表していた。
だがやがて興奮は冷めて、また沈黙する。
「菊池武房、それから竹崎季長!」
そこへ安達盛宗が駆けつけてきた。
「よくやった。よくぞ大将軍様をお助けした。五郎、流石は安達の御家人だ。私も鼻が高いぞ」
「盛宗殿……」
「今後のこともあるので先に大宰府に向かう。お主らも後で呼び出されるだろうからそれまで待機するように」
そう言って足早に立ち去るのだった。
「五郎……」と菊池武房がつぶやく。
「なんだ?」
「菊池へ戻ってこい。お前は安達の下に収まる器ではない」
菊池武房はそう言って身を起こす。
「…………まだ、御恩を返せておりません。いくら敵兵を射抜いても、大将首を分捕らねば功とは言えない。それまではお待ちくだされ」
「首か、あの連中から首の分捕りは大変だぞ。見ろ」
そう言って志賀島を二人は見る。
島に残された一万の兵に〈帝国〉が襲い掛かった。
クドゥンが船に指示を出して、大船団を動かす。
王某たち胸甲石弓騎兵が矢を放つ。
洪茶丘率いる重騎兵が鎚矛を振り上げて武士の頭を粉砕していく。
陸路では張成が石弓を放ち、張翔が震天雷を放り投げ、組織だった行動をできなくさせる。
最後に後詰めかのように金方慶率いる〈王国〉軍がなだれ込んでいった。
志賀島に突撃した武士たちはそのすべてが根絶やしにされるのだった。
その後、左右から浜にワザと乗り上げた船二隻に鉄の鎖を数本通して路を塞ぐ。
その鎖の後ろに垣楯を置いて、石弓兵が配置されて守りを固める。
左右の船は松明を焚き、これるものなら来てみろ、そう言うかのように志賀島の出入口を塞ぐのだった。
〈島国〉の武士たちはその凄惨な光景をただ遠目に見る事しかできなかった。
今回の蒙古襲来絵詞。
通説では御厨海戦となっています。
本作では志賀島へ至る細い浜道の矢戦にしています。
よく見ると敵が垣楯で矢を防ぎながら旗を振っています。何かの合図みたいで面白いですね。
さらに矢が右下から左上に向かって刺さっています。
こうなるには――
1 イカダに乗った武士が垣楯に隠れて片足をつきながら放つ、
2 水中で巻き足だけで上半身を浮かせて矢を放つ、
3 陸対船の矢戦をする。
思いつくのはこの三つです。
個人的には二番を描きたかったのですが、ギャグ小説になってしまうので三番にしました。
これで大体原作の蒙古襲来絵詞は消化し終わったので、ここからは元史を中心とした展開となります。
ちなみに六月九日の戦に関してですが鎌倉側の詳細不明です。
通説では張成墓碑銘に書かれている「殺傷過□(當?)賊敗去」という内容から武士が苦戦。
その後に高麗史の「茶丘僅免、翼日復戰敗績」で八日洪茶丘が生き延びた後に翌日再び負けた。
以上から志賀島撤退したことになっています。
実はどこにも「志賀島陥落」とか「撤退」とか書かれていません。
本小説では地質データ込みで考えた結果、上の二つの文章の順番を逆転させて志賀島を敵が保持し続けることにしました。
そしてなぜか実政がヒロイン化して武房がツンデレ化してしまった……なぜだ!?




