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弘安の役 第三次志賀島合戦

 志賀島奪還のために大軍が集結した。

 その数およそ一万。


 その陣容は北条実政(さねまさ)を中心とし、さらに今までと毛色の違う異様なものだった。

 遠巻きに見ていた大友の兵たちもそのことに気が付く。


「おい、昨日は菊池に目が言ってたが、こいつらはどこの御家人だ?」

「旗印も知らないのが多いな……、コイツはもしかすると京の都や寺院の連中かもしれん」

「それはつまり、元平家側や朝廷側の兵力か!」

「ああ、そうだともあいつらは御家人じゃない。荘園領主子飼いの武士ってことだ」


 御家人とは雰囲気の違う在野武士そして僧兵たちが海の中道に集結したのだ。


 文永の役前後に〈帝国〉に対抗するために鎌倉殿が全土の荘園領主に圧力をかけて、「本所一円地」の武士に動員をかけた。


 この全土に出した動員令によって非御家人である在来武士に加えて当時の権力者である寺院仏閣に身を寄せた僧兵たちが集まったのである。




 その光景を見ていた少弐景資も同じように安達盛宗に訊ねた。

「なぜ荘園の者たちを参加させるのですか?」



 景資は彼らを参戦させることを懸念していた。

 というのもこの在来武士たちは「治承・寿永の乱(源平合戦)」の平家武士と、その後に起きた「承久の乱」の朝廷側武士たち。

 つまり潜在的には敵対関係にある武士の末裔である。


「ああ、それには理由がある」

「訳……ですか」


 今まで幕府は朝廷と権力を二分した状態を維持して、幕府の影響下にない荘園領主に対して干渉しないのが通例であった。

 ところが〈帝国〉との決戦に備えて、使える兵力を集められるだけ集める――言ってしまえば方針を転換したのだ。

 その過程で強権発動を朝廷が許可した際にいくつかの問題が起きた。


 それは動員したからには彼らを活躍させなければ示しがつかなくなったのだ。


 もし動員するだけして何もせずに戦いが終わったのなら、朝廷や反幕府派の勢力から見れば鎌倉の権力拡大、支配力の増大のための方便と映ってしまう。

 この国難に際して朝廷勢力と争う気のない幕府としてはどこかの段階で彼ら荘園の武士と僧兵たちを戦地に投入し、彼らの顔を立てなければならなかった。


「――つまり、志賀島を奪い返して戦が終わるのなら、今日しか彼らが戦う日はないのだ」

「…………なるほど、わかりました。しかし相手はあの〈帝国〉無理な攻め入りはご留意ください」


「実政様もそれは重々承知している。あの細い道では攻め込むことは難しい。だからある程度矢戦をしたらそれで一旦引き上げて労いの御言葉を述べて解散する算段となっている」


「そして彼らが引き上げてから菊池一門を中心とした西国御家人が一気に志賀島へとなだれ込むと」

「そういうことだ。なにせ彼らが討死しすぎると御家人でない者たちに多大な恩賞を与えなければならなくなる」

「討死の功に矢傷手負いの功。鎌倉としてはそれだけは避けたいと……」

「そういうことだ」




 景資は今一度、在野の武士たちを見る。


 彼らの目はタカが獲物を捕らえたかのように鋭く、志賀島を射抜いていた。

 そして僧兵たちも目が虚ろな状態で念仏をつぶやき続けている、彼らは武将ではなくまるで仏の意志で動いているようだった。


「果たして彼らは大将軍の命に従ってくれるのだろうか?」


 誰に言うでもなく景資はそう呟くのだった。









 1281年6月26日(弘安四年六月九日)、三度目の志賀島に対する攻勢が始まった。





「進め進め。楯持ちは前進せよ」

「鋭、鋭、応!」


 垣楯持ちが前に進み、矢を放つ。



 この前進する武士たちの矢面に立つのは洪茶丘将軍だった。

「くっ、まだだ。とにかく防衛せよ!」

「ハッ!」

「撃てぇ! 撃てぇ! 撃てぇ!」


 早朝から始まる初戦の矢戦は今までと同じになる。

 だが前日と同じく陸海同時攻撃によって劣勢に立たされる。


「ありったけの矢を放ち、賊徒どもを島に近づけさせるな!」


 陸と海の同時攻撃に劣勢に立たされた洪茶丘の防衛部隊。

 そこから離れた場所に金方慶の部隊がいる。

 彼らは弘村へ続く細い道の確保に努め、洪茶丘たちを遠目に見守るだけだった。


「金方慶将軍、流石に連日彼らを支援しないのは問題があるのではないでしょうか?」

 部下の一人が懸念を述べる。


「ふん、奴が頭を下げて救援を要請したら考えてもいい。それ以外では助ける必要などない」

「わ、わかりました」

「くっくっく、これで奴が敗退すれば陸路を制した実績がうやむやになる――文字通り敗績となるだろう。くくく……」


 金方慶は赤布越しに首を触りながら笑っていた。









 矢戦が小一時間ほど続いた時に事態は急激に動き出した。


 その連絡が安達盛宗と景資の下にも届く。


「至急! 敵の前線を打ち破った武士団がそのまま志賀島へとなだれ込みました!」

「何だと!?」驚く盛宗。


 安達盛宗と少弐景資は〈帝国〉を過大評価していた。

 そして在野の武士を過小評価していた。


 どれほど被害が出ても戦い続ける可能性はあっても、強固な敵陣を突破するとは思っていなかった。


「さらに急報! さきの戦いで勝利したわが軍が勢いに乗って志賀島へ、それを止めようとした北条実政様を僧兵たちが逆にかどわかし、そのまま志賀島へと連れて行きました!」



 大将軍が志賀島へと入島した。

 その報告に二人の顔は青ざめた。

「何ということだ。まさかそのようなことになるとはっ!!」

「一刻も早く志賀島から実政殿を連れて帰りましょう」

 景資は冷静を装って提案する。


「それが……志賀島へと至る陸路は在野の武士で埋め尽くされ、進むことも引き返すことも困難となっています!」


「ええぃ、船だ。今すぐに船の用意をするのだ!」

「ははっ!」






 その志賀島、志賀村に北条実政がいる。

 そしてその周囲を僧兵たちが囲んでいるのだった。


「お主ら、総大将である北条実政が命じる……」


「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……」

「な~む阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」


『南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏』

『南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏』


「実政様、我らの八幡菩薩様への祈りにより必ずや賊徒どもを退散させて見せましょう!」

「その時は我が信州の浄土――」

「いやいや! 我が霊験あらたかな――」

「待たれよ! 抜け駆けは許されぬぞ! 許されぬぞ!!」

 血走った目をギョロつかせながら、自らが属する寺院の名や信仰する宗派の名を叫び、恩賞を言質を得ようとする。


「いや、それよりも――」

「かぁーーーーっ!! まだ賊は退散しておらぬ、祈りを捧げるのだー!! 南無阿弥陀仏っ!!」


「……………………」


『南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏』

『南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……』


「……どうして、こうなった!?」

 辺りは興奮した僧兵と在野武士しかおらず、誰も実政の命令を聞いていない。



 実政は志賀村から身動きが取れなくなる。




 この志賀村から伸びている道は大まかに四つとなる。

 海の中道から伸びる陸路、海際を通る東周りと、西周りの通、そして山を分け入る獣道。


 野武士たちが海の中道を背にこの三カ所を同時に攻め込んでいく。


「放てぇ!」

「楯を持ちながら押し込めー!!」


 しかし志賀島の山道は川が削ったことにより細くなった尾根道となる。

 つまり山道を一歩でも踏み外すと谷となっている。

 両側が谷となるこの細道では正面突破以外に攻める手立てがなかった。


 いかに勇猛果敢に攻めようとも石弓兵が配備され、側面攻撃ができない状況では武士たちの分が悪かった。


「ダメだ。規模は小さいが垣楯の砦をいくつも作ってやがる」

「ならば山を迂回して全方位から攻め込めばいいだろ!」

「回り込め! 海沿いを攻めるのだ!!」


 志賀島の海際は長年の侵食により切りだった崖、あるいは岩が多くて大軍が移動するのに不向きな浅瀬が続いていた。

 つまり断崖絶壁と海の間にある道を通るしかない。

 こちらもやはり少数の兵が正面から攻め寄せるしかなく、容易に石弓で撃退が可能な状態だった。


「ダメだ。こっちも前にでれない」

「ええい、ならば矢が尽きるまで矢戦をするまでよ!」

 野武士たちはそれぞれが勝手に判断して攻め寄せるのみだった。







 この志賀島の山頂から王某は全体を見渡している。


「もうこれ以上は島内に兵は入ってきそうもないな」

「王某隊長、それでは」

「ああ、クドゥン将軍に合図を送れ!」

「ハッ!」


 志賀島の山頂から銅鑼の音が鳴り響いた。






 それは海の中道から遠巻きに戦いの様子を見ていた五郎の耳にも届く。


「この音は…………七年前に麁原山で聞いたのと同じだ」


 五郎が目を凝らして水平線を見る。


 そして気が付く、遠くへと退避した敵船団に動きがあった。



 〈帝国〉の上陸船を中心とした大船団。


 その船には天を刺す槍が無数に伸び、色とりどりの旗が風になびく。


 色彩豊かな鎧に身を包んだ兵たちが所狭しと乗り込む。


 その兵たちを垣楯よりも分厚い楯で覆い頑強な防御を敷く。




 七日に不発だった大規模上陸部隊の襲来だ。


挿絵(By みてみん)

志賀島の等高線まで入れるという末期症状。

こんなことするから投稿が遅れるのだよ(戒め)。

史実の北条実政はたぶん大宰府で指揮をとっていたと思われますが、影薄く終わりそうなので出番を増やしました。


挿絵(By みてみん)

そしていつもの蒙古襲来絵詞。

通説は海上戦前の一瞬と言われています。

よく見ると兵たちが小さくても分厚い垣楯を持って、まるで武士たちの長弓の対策をしているかのように見えます。しかし偶然です。

帝国が対策してるのはあくまで小説内の設定です。通説は無対策で襲来したです。

偶然の一致ってこわ~い。(目をそらしながら)

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