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弘安の役 伊予の海賊 河野通時


「急げ急げ!」

「船の分捕りだ。お頭と若頭を待またせちゃいけね!」

「おおっ!」


 伊予の水軍衆が博多を駆け抜けて仲間の下へと合流する。




 四国北西に位置する伊予の国は瀬戸内海に面してる関係から海上物流の重要な地である。

 しかしその国は貧しく、農作より漁業、漁業より水運業に力を入れるのは半ば当然であった。


 同時に武力ですべての問題を解決する御家人がその地の水夫を束ねると略奪を生業とする海賊と用心棒を生業とする海上警備が半ば同居した水軍衆へと成っていった。


「お頭、準備がととのいやした」


 このお頭と呼ばれる男の名は河野「左衛門四郎」通時。

 肌は焼けて茶色く、髪もぼさぼさに縮れている。

 だがそれでも御家人である。


 かつて鎌倉で催された御弓始に参加して伊予に弓の達人ありと武勇を知らしめたのがこの男でもある。

 その身なりだけは人一倍気をつけていた。

 そのせいもあって首から上は海賊であり、首から下は御家人という風貌だった。


「よし、始めるとしよう。六郎の小僧はどうした?」


 お頭と呼ばれる強面の男が六郎と言えばそれは河野六郎以外いない。


 部下たちは「若頭なら奪った船に乗って先にいっちゃいやしたよ」という。


「よしよし、ならばこっちの策通りにあいつの船に矢を射るんだ」

「了解っす」

「一発ぐらいアイツに当たっても問題ないからどんどん射っちまえ」

「うぇーい」


 河野氏はその生業と土地の貧しさの問題から身内での争いが絶えなかった。

 河野六郎と彼の伯父にあたる通時も少ない土地を巡って訴訟を起こして争っていた。

 しかし〈帝国〉の脅威を前に幕府が仲介に入り一応の和解となった。


 それでも長年の疑心暗鬼が氷解するには程遠く、この二人の関係は微妙であった。


「うげっ、若頭ぁ、お頭の連中本気で矢を射ってきやすよ」

「ふん、叔父貴のことだ一発なら誤射だと言い訳するつもりだろう。お前ら乱戦になったら、叔父貴を討っていいからな」

「さすがにお頭は討てねえっすよ。それより本当にこんなんで上手くいくんすか?」


 そう言いながら伊予の郎党たちは自らの格好が変じゃないか見比べていた。

 彼らは分捕った船に乗り、分捕った甲冑に身を包んでいた。


「ああ、〈帝国〉を間近で見てわかったことだが、あいつらは敵味方の認識が苦手だ。上手くいくさ」


 そう笑いながら六郎は〈帝国〉の兜を身に付ける。


 伊予水軍は二組に分かれていた。

 片方は略奪した船に乗り味方を装う若通有組。

 もう片方はそれを襲う通時組。


 海賊らしいだまし討ちによる襲撃だ。

 彼らが狙うのは頻繁に物資を運んでいる大型の船だ。



「ほら、大声で泣き叫べ!」


「た、たすけてくれー!」

「ばか、こういう時は『アイヤー』っていうんだよ」


「何でもいい。どうせあいつ等は隣のヤツの言葉も理解できてないからな」


 伊予水軍同士で矢戦をしながら敵船へと近づいていく。











 その大船には女真族の族長が乗っていた。

 名は阿打女打。


 地方部族とは言え王の家系を名乗るのこの男は頭に王冠を載せていた。


『積み荷を大事に扱えよー。何かあったらただではおかないぞー』

『ハッわかっております』


 この女真族には他の部族と決定的に違うところがあった。

 それは彼らの生業が海賊のそれであり、二百年前に刀伊の入寇を起こした部族の生き残りである。

 彼らは五十年前に〈帝国〉の進撃でほぼ壊滅した。


『この戦いに勝利すれば俺たちの部族復興の日が見えてくる。ぜーったいにじるなよ』

『はい、わかってます!』

『そうだとも、〈帝国〉の勝ち馬に乗った連中から土地と交易路を取り返すためにも、勝たなきゃいけないんだよ』


 〈帝国〉はこの没落した部族、刀伊に船を与えて張成と同じく物資の輸送任務を与えていた。



『大変です! 味方の船が襲われています!』

『なにー?』


 河野たちが矢戦をしながら急速に接近してきた。

 その光景に阿打女打は違和感を覚える。


『おーい、軍楽隊ちゃーん。ちょっと銅鑼を鳴らしてくれー』

『ハッすぐに友軍確認の銅鑼を鳴らします』

『王よ。これは一体?』

『なーに、見てればすぐにわかるさ』


 阿打女打は突如現れた味方の船に対して友軍の合図の銅鑼を鳴らして確認を取る。


『味方の船が返答をしません!』

『やっぱなー、あれは偽装船だ。近づいたら石弓で攻撃するからすぐに準備しろ』

『ハッ!』


 阿打女打たちは石弓の準備を始め、近づいたところを一斉に攻撃して倒す算段だ。

 その方針は概ね正しい。


 ただ――。






「近くで見ると巨大だな」

「そうっすね」

「よし、接触したら例の柱を使うぞ」

「うっす」


 すでに河野通時たちは矢戦をやめて少し離れたところで停止している。

 あとは六郎たちが乗り込むのを待つだけだ。


『全員で討て!』


 号令が発せられて石弓の一斉射が起きる。

 放たれた矢が河野六郎めがけて飛ぶ。


「くそっ、バレたか!」

「反撃だ、矢を放て!」

「今すぐに柱を倒すんだ!」


 河野たちは分捕った船の柱に細工をしていた。

 それはこの柱をハシゴとして使い、敵船に乗り込むための物だった。


「よし、押せ! 押し倒せ!!」


 柱が倒れるか倒れないかという時、


「ぐわっ!?」


 河野六郎の腕に石弓が刺さる。


「若頭がやられた!?」

「俺にかまうな! さっさと柱を倒すんだ!」

「よし押せ押せ、せーのっ!」


 柱が音を立てて倒れ、敵船にぶつかる。


『うわっ避けろ避けろ!?』

『上がってきちまうかー、しょうがねぇ広く間隔をあけて迎え撃て』


 女真の戦士たちは石弓を一カ所に集中して放てるように適度に間隔をあけて、手ぐすねを引いて待ち構える。

 これも概ね正しい。




「お頭、どうやら上手くいったみたいですよ」

「そうか、それならワシらもゆくぞ」

「わかりやした!」


 河野通時たちの小舟も漕ぎ出した。



 倒れた柱を伝って、続々と大船に伊予水軍たちが登っていく。


「ぎゃああ!!」

「う、撃たれた……がくっ」


 登りきると同時に石弓の餌食となり海へと落ちていく。

 しかし、仲間が討たれた程度で動揺する者は伊予の海賊たちにはいなかった。


「お、これで討死の功二つか!」

「ぎゃはは、宝の取り分が増えるぞ!」


 阿打女打の誤算は石弓を放つ速度より登りきる海賊の数が勝っていた事だった。


『なんで怯まねぇかなー。おまえらはっ!!』

『王様、敵が登ってきちゃいました!』

『全員剣を持てや、白兵戦だっつうのっ!』

『オオオオ!!』



「よっしゃ、切り込みじゃ!」

「てめぇら、俺の獲物は残しとけよ!」


 船上で敵味方入り交じる斬り合いとなる。


『おめぇが大将か? 怪我してるみたいだし、さっさと死んでくれねぇかなー?』

「大将首には興味がねぇ。ちょっとお宝の場所を吐いてもらうぞ」


 六郎が王冠の敵将に切り込む。

 阿打女打はそれを剣で防いで、怪我している側を執拗に攻撃する。


「おんどりゃぁ!!」

『死ねゴラァ!!』





 河野通時がハシゴを登りきる頃、戦いの決着がついた。


 打ち合うこと十合、敵将の剣が地面に弾き落とされた。


『ぜぇぜぇ……何なんだよ……何で片腕でこんなつえーんだよ』

「勝負あったな……ふぅ」

『二百年前はもっと弱かっただろお前ら! どっから現れたんだよ!!』



 大船に乗っていた兵たちはほとんどが切り殺され、僅かに数名が生かされていた。


「お前ら、その男には聞きたいことがあるから下の船に移せ」

「うっす若頭わかりやした」

「何じゃもう戦いは終わったか」

「叔父貴……」

「おっ腕怪我してるじゃねか。おいすぐに船に乗せて博多へ連れてけ」

「うっすお頭わかりやした」

「待て、まだ宝を分捕ってねぇ」


「がっはっはっは、よくやった、それじゃあ手負いの功ついでに敵将と仲良く帰るんだな」

「叔父貴、まさかネコババしないだろうな」

「ううん、どうかのー、ホレさっさと怪我を治してこい」

「さ、若頭、もどりやしょう」

「待て、まだ話は終わってねぇぞ」


 河野六郎は不満を言うも、そのまま最初の船へと移される。 

 そして「野郎どもお宝を探し出せ」その掛け声とともに海賊たちが船内に入っていく。


「お頭、若頭めっちゃ怒ってやすがいいんすか」

「ほっとけ、あいつは御家人としても半人前で、海賊としてもこうやって出し抜かれる甘ちゃんだ。こうやって痛い目に合わせて経験を積まなきゃ河野氏の家督は務まらねぇな」


「お頭ー、こっち来てください」


 大船の中を調べていた部下たちが何かを見つけた。

 通時は船の中へと入っていく。


「暗いな。おい松明を持ってこい」

「燃えないっすよね」

「お前は馬鹿だな。船がそうそう燃えるわけねえだろう」


 この時代は木造船が主流だ。

 木材ならば燃えやすいかというとそうでもない。

 木造船は乾燥した木で船を建造した後に海に浮かべ水を含ませる。

 すると水分で木材がふくれて、すき間を密着させる。


 この手の木造船を燃やすのは容易ではない。


「お頭、財宝はなさそうでっせ」

「あの小僧が金印を見たというから被害を覚悟で乗り込んだってのに、この船はハズレか……」

「かしら! 奥に妙なものがありやす」

「なんだこりゃ、木炭のようだな」

「へい、あとこっちには硫黄がありやした」

「木炭に硫黄ねぇ」

「あとよくわからない土も大量にありやがりやす」


「うん? この臭いはどこかで嗅いだことがあるぞ?」



 もし木造船を燃やしたいのならそれ相応の燃料が必要になる。

 例えば――。



「コイツは……もしや噂の敵の兵器か!」

「お頭! 松明をもってきやした!」

「バカ野郎! こっちにくっ――」














「若頭とお頭は本当に仲が悪いっすね」

「まあ、親父の代からの因縁があるからな」

「たしかお母っさん巡って殺し合ったんでしったっけ?」

「あ~~そんな所なのか? 何が悲しくて親の代の色恋沙汰の尻拭いせにゃならねぇんだよ。おかげでまともに顔合わせたくねぇんだよ叔父貴とはよ~」


「おいこら! 暴れるな!」

「どうした?」

「うっす、さっきからこの王冠の男が暴れて――」

『ぶはっ、その船に松明を入れるな!!』


「なんだいきなり叫びやがって――」




 そのとき、〈帝国〉船が大爆発を起こした。




『あ、だめだ……』


 その爆風に船が大きく揺れる。


「うわああ!!」

「ひぇ!」


 大船は炎上しながら徐々に沈み始めるのだった。


「な、なにがあったんだ。叔父貴は? 叔父貴はどうなった!」

「若頭、あぶねえって、ありゃ駄目だ。みんなやられちまった。若、いや頭も見たでしょう」

「くそっ。一体何がおきたんだ!」



 このすぐ後に志賀島から撤退を告げる鐘の音が鳴り響いた。

河野通有関係は有名かつ昔から人気があって、そのせいで通説、俗説が数多く存在して逆に何が起きたのかよくわからないという贅沢な問題があります。


二隻の船を敵船に偽装する。

それに乗って夜間に襲撃する。夜襲するなら船偽装する必要なくない?と言ってはいけない。

石弓で射られる、自分の船の柱を切って倒してハシゴにする。日本の船に柱ないじゃん、と言ってはいけない。

乗り込んで敵将を捕らえる。

王冠の男を捕らえたらしいが名前を含めてその後は一切不明。

伯父である通時が船内で戦う。

海賊なのになぜか火をつける。なぜか重傷になる。なぜか船の中で没する。

なぜか水を含んだ木造船なのに燃える。

なぜか遺体を持ちかえらずに船と共に沈む。


――というどれが創作でどれが事実なのか不明確となっています。

本小説では今までの物語の流れから黒色火薬に引火で沈没としました。


前作同様、爆発は作者の趣味だからしょうがない。


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